第83話 帝都消失

"魔瘴砲、圧縮限界まで、8分・・"


 薄暗い室内に機関室からの報告が入る中、ゼイラール・コモンは真白い平皿に載せられた分厚い肉にナイフを入れていた。

 地下にある指揮所である。すでに、部屋の闇には煙草の紫煙が立ちこめ、壁に投影される映像を遮るほどになっていた。

 もっとも、ここ十数分ほど映像には何も映っていない。

 魔瘴砲の初期起動で膨大な電気を使用した関係で、一時的に電源を落としてあったのだ。

 

「ガレシア様・・」


 給仕役をしていた少年が青年将校に一声かけて近づいてきた。

 

「おまえも行くか?」


「お許し頂けるなら」


「・・よし」


 青年将校が頷き、給仕の少年が丁寧に頭をさげて部屋を退出して行く。


「おぅ・・ようやっと追いついたようだぞ」


 ゼイラールは手にしたフォークで映像の一つを指した。


 ルイダン・カルネという巨漢が、白いドレスの闇エルフを見付けて何やら吠えている。


「フィスも捕捉しましたね。これは・・中二階の格納室か」


「おっ!?・・おおっ、面白くなってきたな!」


 ゼイラールは切り分けた肉にフォークを突き立てて勢いよく自分の口へ押し込んだ。


 フィス・オーラという背の高い女が甲冑姿で短槍に円楯を持ち、魔界の娘戦士を前に佇んでいる。


「一度は合流したのですが、また散開していたのですね・・他の者達が見当たりません」


「あの闇エルフの女騎士と獅子の姉ちゃんか・・・どっちも物騒な雰囲気だったが?」


「危険度で言えば獅子種の方が上ですが・・・魔術を操る可能性があるため、闇エルフの騎士から狩るべきでしょうね」


「ほう・・そういう感じか」


"魔瘴砲、圧縮限界まで、3分・・"


「・・いよいよだな」


「ウル・シャン・ラーンめが、いかなる秘術を用いようと完全には防ぎきれないでしょう。こちらも、中央街区の中央塔から3、4番街にかけてを消失しますが・・」


「構わん。外縁の街区など元よりあってないようなものだ」


"魔装兵、侵攻者と遭遇戦を開始・・"


「場所はどこです?映っていないようですが?」


"・・ち、地下の安息池っ・・第9槽です"


「なんだとっ!?」


 声をあげたのは青年将校だった。端正な顔が怒気で歪んでいる。常に沈着冷静な青年にしては珍しいことだった。


「貴様等の寝所・・・だったな?」


 ゼイラールは、肉を平らげた皿にナイフとフォークを置いて襟元のナプキンを外した。


「我らが一族の戦士達が眠っています」


「おいっ、観測班、そこは映せんのかっ?どうなっておる?」


"魔装兵・・全滅です・・"


「・・敵は?そこに何が居るのです?」


 どうして、侵攻者を迎撃に出たはずの魔装兵が地下へ向かっているのか。

 青年将校は壁の映像を見た。壁の映像には、それぞれ4体の侵攻者を映し出している。すでに、ルイダン・カルネという巨漢と白いドレスの闇エルフが戦いを始めていた。膂力に任せて真っ向から襲いかかったルイダンを、白いドレスの闇エルフがひらりひらりと舞うように回避している。


"・・小柄な少女です・・"


 押し殺した小声で兵士が報告をしてくる。


「少女・・また小娘か?」


 ゼイラールが卓上のマイクをひったくって訊いた。


"・・す・・水槽・・全員が"


「どうしました?何が起きているのです?落ち着いて報告しなさい」


"あら・・通信機かしら?"


 それまでの兵士に替わって、澄んだ少女の声がスピーカーから聞こえてきた。


"魔瘴砲、圧縮限界っ!"


 機関室からの報告が重なる。


「う、撃てっ!」


 ゼイラールが怒鳴りつけるように命じた。


"撃て?・・何を撃つのかしら?"


"魔瘴砲、発射します"


「貴様は何者だ?なぜ、そこに居る?」


"まず、そちらから名乗りなさい?その名に覚えがあれば教えて差し上げましょう"


「・・ガレシア・バーンハイド」


"ガレシア・・隠者のガレシアだったかしら?面白いところでお会いするわね"


「何者だ?」


"クロニクス皇国第三妃、ジスティリア・ホウリウス・・・何をするために来たか・・などとお聞きになりませんわよね?"


「ホウリウスだと・・どうやって、その地へ・・我が祖の結界内だぞ」


"あら・・可愛らしいお子様が御登場よ。バーンハイド家のお小姓さんかしら?"


 スピーカーの声を聴くなり、ガレシア・バーンハイドがゼイラールが掴んでいたマイクを引き毟るように奪って声を張り上げた。


「よせっ!リーリン、そいつに手を出すなっ!」


"無礼だこと・・・バーンハイドごとき下賤の者に、そいつ呼ばわりされたく無いわ"


 冷え切った声がスピーカーから聞こえてきた。

 直後に、耳をつんざくような轟音が鳴り響き、激しい地揺れが地下施設全体を震動させた。


"今度は何ですの?・・賑やかだこと"


 呆れたように少女が言っている。


「ど、どうなったのだ?当たったのか?」


 ゼイラールが揺れの続く室内を見回しながら声をあげた。


"こちら・・第52魔法師団・・指令室・・応答を"


「指令室だ。状況を報告せよ」


"中央塔付近にて高威力の爆発・・中央街区を含め地上の施設が全て消滅した模様・・繰り返します、中央塔付近にて・・"


「・・なに?」


"中央塔を中心にしたドーム状の結界が展開されており、我が方の魔瘴砲により地上の構造物が消失・・・中央街区へ近寄れません。現在、第6街区の監視塔より目視にて観測中であります"


「結界・・だと?」


「中央街区を・・ここだけを結界で覆った?」


 ガレシアが呻くように呟いた。


"哀れだこと・・そのような玩具など夏夜の花火にもなりませんでしょうに・・"


「くっ・・くそっ、ウル・シャン・ラーンだな!あの女狐めの結界かぁっ!」


「ガ、ガレシア・・あれを・・」


 ゼイラールが壁の映像を指さした。

 そこで、ほぼ相打ちのように互いを槍と剣で貫いた形で、フィス・オーラと魔界の娘戦士が体をぶつけ合っていた。互いに胸から背にかけて刃物の切っ先が貫き抜けている。

 

「相打ちとは意外でしたが、フィスならば死にはしません・・数日で蘇ります!」


「しかし・・あの魔界の娘・・やけに元気だぞ?」


 胸に槍を生やしたまま、魔界の娘戦士が剣を高らかに掲げて勝ち名乗りをあげている。魔界の娘戦士は、ひとしきり何やら叫んで満足したのか、まだ倒れ伏したままのフィス・オーラを仰向けにすると、腰の短剣を引き抜くなりフィスの眉間に突き立てた。

 直後に、光る粒となってフィス・オーラの体が崩れて消えていった。


「まさか・・まさか、あれは・・怨死の毒棘!?」


"あら、どなたかお知り合いがお亡くなりになったの?どなたかしらね?・・ああ、それは怨死の毒なんて可愛らしいものでは無いわ。我が君・・皇帝陛下が調合なされた秘薬が塗ってあるんですよ?我が君の寵愛を受けていない吸血鬼は、たちどころに消滅してしまうわ・・未来永劫にね"


「くっ・・フィス・オーラだぞ・・太古より我が家に仕えし最強の衛士だぞっ!ありえんっ!」


"まあ?私達は吸血鬼狩りを楽しみに来たのですよ?不死者を塵に返す準備くらいしておりますわ"


「き、貴様も、その吸血鬼だろうがっ!」


"うふふ・・その通りね。このジスティリア・ホウリウスは古めかしい吸血鬼よ。もしかしたら、最後の吸血鬼になるかもしれないわ"


 くすくすと少女らしい笑い声が聞こえてくる。


「我ら吸血の一族に、安息の地を・・そのために我らは戦ってきたのだ!貴様は何だっ?なぜ我らの邪魔をするっ!」


"あら?平人だって、平人の邪魔をするでしょう?同じことですわ?"


「おのれ・・おのれっ・・覚えておくがいいっ!我らは・・我らのような存在には、この世に居場所など無いのだと!貴様を庇護する皇帝だろうと何だろうと、我ら時の流れを失った一族は必ずや常世の支配者にうとまれ闇夜へ追いやられることになるのだぞ!」


"我ら・・などと、同類として扱わないでくださいな。隠者さん?・・このホウリウスは、永遠なる居場所が見つかったからこそ、この世に戻ったのですよ?それが、お分かりになりませんか?"


「ガレシア・・デカイのがやられたぞ」


「・・・ぐぅ・・っく、くそぅっ!」


 ガレシア・バーンハイドはマイクを床へ叩きつけた。

 映像の一つで、巨漢ルイダン・カルネが空中に持ち上げられ、水袋でも絞るようにねじ切られていた。それを少し離れた空中から白いドレス姿の闇エルフが見つめている。その華奢な手を舞わすと、どこからともなく抜き身の短剣が出現し、指さされるままに飛翔して、ルイダン・カルネの眉間を深々と貫き徹した。


"さあ、こちらにおいでなさい。隠者のガレシアさん?あなたの可愛いお小姓さんは先に逝きましたよ?主人の務めを果たすべきではないかしら?"


「いかにも参ろうっ!我を信じ、我に付き従ってくれた者達のため、貴様を討つっ!」

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