第77話 弾劾裁判っ!?

 まあ、色々あったんだ。


 ・・・・以上


 では、済みませんでした。



*****



「皆、聞こえていますね?」


 司会進行役は、我が家の第一夫人のヨミさんです。


 レナン、シュメーネ、リーン・バーゼラ、ラージャに加えて、たまたま魔界の近況報告に訪れていたユーフィン・ローリンが並んでいた。


 俺は寝台に横たわったまま、じっと知らない天井を見上げている。

 寝台のすぐ脇に、ウルとジスティリアが立っていた。


「まず、初めにお訊きします。ご主人がおられる方、もしくは将来を誓い合った男性がいる方は、いらっしゃいますか?おられましたら、挙手を・・」


 しん・・と静まった部屋の中に、ヨミの声が硬質に響く。


「では、皇帝陛下のお側を離れたい方・・・いらっしゃいますか?この件に限り、一切の罪に問いません。遠慮無く申し出て下さい」


 再び、静寂が訪れた。


(うぅ・・ゆ、許して・・)


 俺はじっと天井を見上げたまま泣いていた。いや、涙は流していない。

 心の中で、胸の内で盛大に泣いていた。


「では、この場にいる全員が、引き続き皇帝陛下のお側に仕えることを希望しているものとして進めます」


 ヨミの澄み切った声が、部屋の中に響き渡る。


「これからお伝えする事は、私と第二夫人であるウル、第三夫人であるジスティリアの三名で腹案をまとめ、皇帝陛下にご承認頂いたものです。ここで申し伝えて後、異を申し出る事は許されません」


 ・・とっても怖いです、ヨミさん・・。


「もう一度問います。皇帝陛下のお側を離れたい方は挙手して下さい。誓って罪に問うことは致しません」


 しばらく沈黙したまま待っているようだったが、静まりかえった室内には何の動きも起こらなかった。


「では・・御師ウル様、お部屋に結界を」


「承知しました」


 じっと天上を見つめている俺の視界の隅を、金色の尻尾がふわりふわりと揺れて見えた。あれは、結構な複雑な術式を操っている。


「皇帝陛下は、クロニクスの主・・・しかしながら、お側にある者・・お情けを受ける者達はこちらの人界の者ばかり。これでは先々において魔界の中で面白く思わぬ者が現れる事でしょう」


(・・ごめん・・みんな)


「よって、これを機に、両界より女性を集め、魔界の女性を多く登用することに致しました」


 ヨミが言葉を切って室内を見回したようだった。


「ただし、すべての者を同格とすることは、皇帝陛下がお許しになられませんでした。曖昧にせず、序列を設けよとのご意向です」


「善きご判断かと存じます」


 答えた声は、ユーフィン・ローリンのものだった。


「序列については一任して頂きますが・・対外的には、全員が夫人となります」


「決定の総てに従います」


 レナンの声だった。


「第四夫人には、闇妖精を代表する形で、シュメーネ・サイリーン」


「はいっ」


「第五夫人には、同じく闇妖精の長老、ユーフィン・ローリン」


「精一杯お仕えいたします」


「第六夫人には、我らと祖を同じくする獅子種のレナン」


「ははぁっ!」


「第七夫人は、闇妖精の衛士、リーン・バーゼラ」


「はっ!」


「第八夫人は、近衛を代表して、ラージャ・キル・ズール」


「光栄の極みに御座いますっ!」


「略式ですが、これを信印とし、クロニクス全土へ公表致します。なお、夫人として任じられたからには、いついかなる時も、皇帝陛下のご要望を総て受け入れ、誠実にお応えして頂きます。宜しいですね?」


 ヨミの淡々とした問いかけに、室内に集められた女達がそれぞれ誓いを述べた。


「役割はこれまでどおりです。お務めに変更はありません。この度は神々との戦いの果てに傷つき臥せられた皇帝陛下のために、その身を差し出してくれたこと心より感謝致します。いずれ、ご快癒の後、陛下より直々に御言葉を頂けることでしょう・・・本日は、僭越ですが、夫人第一位にある者として差配をさせて頂きました。御師ウル様・・」


「では、結界を解きましょう。皆の者はそのまま寝台にて体を休めなさい。治癒は施してありますが、消耗した体力は早々には戻りません。滋養豊かな物を運ばせますから、そのまま回復に努めるよう」


「畏まりました」


「・・ご配慮、感謝致します」


 女達が口々に謝辞を述べた。


「ジル・・よく頑張りましたね。立っているのも辛かったでしょうに・・」


 俺の側に戻って来たヨミが、ジスティリアに優しい声を掛けている。


「いいえっ、お姉様・・お役目お疲れ様でした。とても、素敵でした」


「ありがとう。ユート様は・・」


 ヨミの手が、そっと俺の額のあたりに当てられた。


「お熱は鎮まってきたようですね・・良かった」


 まるで底意の無い、純真に喜んでくれる声音に、俺はポロポロと涙を流していた。心の中で・・。


(あぅぅ・・・ほんとにゴメンよぉ・・)


 だいたい想像がついたと思うが、さらっと解説しておこう。


 自称"完全なる監理者"とその愉快な仲間達を殲滅した俺のお嫁さん達によって、俺は救助され、そして手厚い看護を受けていた。

 お風呂に入れて貰ったり、体を摩ったり揉んだりしてもらったり・・まあ、極楽な感じだ。そこまでは良いよね?


 聴いたところでは、俺は三ヶ月も倒れていたらしい。

 それでも、俺はしぶとく蘇った。

 事件は、意識が覚醒した日に起きたんだ。

 体のちょっとした部位が元気になった俺を見て、優しいお嫁さん達が喜んで、より元気になるよう新作の香油を塗ってみようという事になった。

 そう・・問題は、その新作の香油だった。

 

 魔界の深奥に棲む、ディアダムという魔物から採取された稀少なボールに極少量含まれる成分を集めて素材とした逸品で、いや、もちろん何か目的があって創ったのでは無く、いったいどんな事になるんだろう?といった興味本位で創り上げた代物だった。

 精製途中の小さな事故で、ちょっと悲しい事件が起きたりしたので、戦慄すべき効能があるのは分かっていた。分かってはいたのだが、男子の本能が・・男の子としての興味が・・情熱が俺を突き動かしてしまった。


 有り体に言うなら、回春薬だ。

 春を忘れた老人が、限界を突破して常夏まで激走し続けるやつだ。心臓が止まっても体は動き続けるという恐るべき品だ。


 さすがに恐ろしくなって封印していたのに・・。


 物も言えず、人形のように動けなくなっていた俺は、3人の美しいお嫁さん達によって悪魔の香油を足の指から頭のてっぺんまで、丁寧にしっかりと塗り込まれてしまったのだった。


 そして、事件は起こった。起こるべくして起こった。


 俺は猛々しい咆哮をあげる一匹の魔狼と化した。


 最初に犠牲となったのは、かいがいしく看護をしてくれていた3人の美女達だった。

 元より否は無い3人だったが、俺の噴出する情熱の総てを受けきれなかった。奮闘虚しく倒れ伏してしまった。

 それでもなお、悪魔のように挑み続けていた俺だったが、あまりに長い時間が経つので心配をして様子を確かめに来た獅子種の美女を見付けて襲いかかったらしい。それから先は正に地獄絵図だった。


 解き放たれた野獣によって、報告のために控えの間に来ていたユーフィン・ローリンが犠牲となり、物音を心配して駆けつけたシュメーネ、リーン・バーゼラが襲われ、さらには何が何だか分からないまま混乱して立ち尽くしたラージャ・キル・ズールが貪り尽くされた。


 被害の拡大を食い止めたのは、ここで復活して駆けつけたヨミ、ウル、ジスティリアによる奮闘であった。なんとかして宥めよう、鎮めようと力の限りを尽くす3人に、不死性を活かして早々と蘇ったラージャが加勢、事態を理解して何とかしようとするシュメーネ、ユーフィン、レナン・・と、次々に返り討ちにあい、死屍累々たる惨状となって、もう誰1人として立ち上がれない状況となった時、俺の精も根も尽き果てたらしい。

 外へと続く扉に手を差し伸ばす形で、俺は倒れていたそうだ。


 そして、


(・・ゴメンなさい・・・ゴメンなさい・・)


 身動き出来ない俺は、心の中で泣きじゃくりながら謝り続けているのだった。


 つまり、そういう事があった。

 犠牲となった女性陣は全員が精根尽き果てて倒れ伏してしまった。

 たった今の話し合いは、病床に横たわったままに行われた。立ち上がれたのは、さすがの3人だけである。ジスティリアは第三夫人の意地で何とか意識を保っていたが、正直なところ、相当に辛い状態だったろう。ヨミが話す間、幾度となくふらついて、俺の寝台にしがみついていた。


(うぅぅ・・許して・・許してくれ・・ください・・)


 俺は胸中で手を合わせて必死に謝り続けていた。

 限界を突破して暴走し続けたために、指一本動かせなくなってしまった。

 いや、むしろ、その方が良いんだ。

 俺みたいな猛獣は動いちゃ駄目なんだ。

 このまま転がっていた方がみんなの為なんだ・・。


(許して・・ゴメンよぉ・・)






**** 新世界遊戯 第3章 『 完 』 ****

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