第4章
第78話 夢じゃない・・よね?
罪を償わなければいけない。
俺は駄目な奴なんだ。だから、人より頑張らないといけない。
犯してしまった多くの罪を償うために・・。
(世界には困ってる奴が居るってんだから、まずはそいつらを助けてやろう!)
弱きを助け、強気を挫くのだ。
それが正義というものだ。
・・・だったよね?
あれ、逆だっけ?あ・・でも弱きを挫いたら弱いもの虐めじゃん?
よく分からなくなったが、基本、困ってる人を助けて回れば良いんじゃないかな?
なんとなく善行って感じじゃん?
「そうだな・・・帝都へ行こう」
重厚な造りの玉座の上で、俺はぽつんと呟いた。
玉座の正面に伸びた深紅の絨毯を挟んで左右に佇立していた女達が、ハッと表情を引き締めると同時に一斉に身を折って床に片膝をついた。
少し前までは、レナンが造ってくれていた飛行船で世界旅行でも・・と、お気楽に考えていたが、今はそういう気分になれない。
何しろ、俺は罪人なのだから・・。
何を隠そう・・・春が嵐のように噴出し続ける物騒な香油で理性を飛ばし、ここに居並ぶ美人さん達に襲いかかった挙げ句に蹂躙し尽くした悪魔なのだ。皇帝の権力に逆らえないまま、女達の操を踏みにじった悪魔なのだ。悪魔の皇帝なのだ。悪魔の・・・。
(むぅ・・悪魔皇帝・・・なんか、格好いいかも?)
俺は、そっと手を伸ばして、玉座の右に立っている銀髪の麗人の手を取った。続いて、左に立つ狐耳の美人さんの手を握る。
2人が小さく息を呑みながら、そっと手を握り返してくれた。
不安そうな双眸が俺を見つめてくる。
「ジル・・膝に来て」
玉座のある壇上に一番近い位置に立っていた吸血姫に声を掛けた。
「はいっ、お兄様!」
小躍りするように、軍服姿のジスティリアが壇を上がって来ると、するりと俺の膝に登って横座りになる。
「うん・・よし」
妙な香油など必要無い。俺の男の子は蘇ったぜ!
あれから、精神的にキテしまって、ちょっと女性陣を避けていたんだ。
ちょっぴり・・いや、色々と不安だったんだ。
でも、大丈夫。
おかしな薬なんか要らない。俺の情熱は枯渇しませんでしたっ!
俺は、完全回復を直感していた。
「ヨミとウルも・・」
握っていた手を引いて、ヨミとウルを引き寄せると腰へと手を回して強引に玉座の上に抱き寄せた。
「うん・・」
戻ったぜ!戻ったんだぜ!
俺は、また戦える!
漲って来たぁーーーーーっ!
「・・心配を掛けた。いや・・・ゴメン、いっぱい迷惑を掛けたね」
小さく謝って抱き締める俺に、3人が無言のまましがみついて来た。
アレ以来、男子の根幹がすっかり元気を失ってしまって、なんやかんやと理由をつけて独り寝を続けていたんだ。
ひとしきり抱き締めて、甘く薫る体臭を胸一杯に吸い込んでから、俺は玉座から立ち上がった。それに合わせて、ヨミとウル、ジスティリアが名残惜しげに離れると、静かに歩いて階段下に居並ぶ女達の列へと加わって行く。
「まずは・・薬油での暴走で、みんなに嫌な思いをさせてしまった事を謝罪する。その上で、ヨミがみんなに伝えたとおり、この場の全員を俺の妻として迎えることを改めて宣言します。みんなも知っているように、俺はアンコのおかげで距離に関係無く影を使って移動が出来るから。この3人と等しくとはいかないけど、それぞれを俺の・・クロニクス皇帝の妃として扱うことを約束する。これは・・・宣誓だ」
「勿体なき御言葉っ!」
男前な獅子種の美人さんが膝を折ったまま頭を垂れた。
それに習うように、残る面々が安堵の笑みを浮かべながら低頭した。
「それから・・・俺はクロニクス皇帝として世を治して行くつもりだけど、領土を求めるものでは無い。女はこの場に居る者達で満ち足りた。財貨は宝物殿を埋め尽くして置き場に困るほどだ。この上、俺は何を求めて行動するべきか・・・俺の力を何に使うべきなのか・・・今の俺には定められない。だけど・・・出来ない、分からないを言って良い立場では無くなった事は理解している。俺は誰かが決めた事の善し悪しを評論する側では無くなった。俺が世界の規則を決める側になった。なので、批判上等・・・俺が好きなようにやらせてもらう」
そう、俺は決める側になったんだ。
少なくとも、クロニクス皇国における総ての事を決定する立場になったんだ。
クロニクス皇国の何処をどうする、誰をどうする、どうやる・・総てを考えて決めて行かなければならない。それが皇帝なのだ。
やや硬い表情だった俺は、ここで大きく息を吐いた。
「まあ、やる事はこれまで通りだけどな。ヨミ、ウル、ジスティリア、レナン、シュメーネ、ユーフィン、リーン・・・・ラージャ、これまでに引き続いて宜しく頼む。俺はやりたい事を言う。お前達が形にしてくれ」
「陛下のよろしいように」
ヨミ以下、女性陣が息の合った動きで華麗に腰を折って低頭して見せた。
俺が自己嫌悪で鬱ぎ込んでいる間に、女性陣は意識の調和が図られたらしい。
「まずは帝都へ行く。ジスティリアに絡んできた吸血鬼は、方法は分からないが、帝都の辺りに潜んでいる奴・・奴等によって意識操作を受けていた可能性が・・まあ、無い事も無いらしい。監理者がそれらしい事を言っていた。あの性癖だけは・・個人の固有のものだったと信じたいけどな」
あれまで刷り込まれていたとか、さすがに無いだろう?
「帝都近辺に蔓延っているだろう魔瘴を消滅して回っていれば、向こうから接触があるんじゃないかと思う。まあ、こちらも積極的に狩り出すつもりで動いて貰うから、発見は時間の問題かな?」
「申し訳御座いません。魔瘴による汚染区が広大で、我らの探索も十分ではありません」
ユーフィン・ローリンが謝罪を述べた。
「構わない。むしろ、迂闊に近づく方が危険だと思う。魔瘴そのものを帝都の連中が生み出している可能性がある・・と、考えておくべきだろう」
「ご明察のとおりかと・・ただ、魔瘴に感冒した者達を軍などの管理下に置いておけるかと申せば、どうでしょうか・・手に負えなくなっているのでは無いかと、これは状況からの推察です」
「ふうん・・ありえるな。案外、自分達まで魔瘴に侵されているかもしれないし・・まあ、どうであれ、まずは帝都の支配者層に話を通さないとな」
「書状には返答が御座いませんでしたわ」
ジスティリアが紅色の瞳で俺を見つめる。サクッと乱暴な手続きを求めている眼の色だ。この、とても顔立ちが綺麗なちびっ子さんは、かなぁ~り短気である・・という噂だ。やれと言えば、即日にでも帝都を灰にするだろう。
「帝都の民に向けての報せは?」
「夢にて報せてみましたが・・思ったほどの反応が見られません」
答えたのは、ウルである。
「そうなると言葉とかの問題じゃないんだな・・もう、絶望とかで麻痺しちゃったか?」
「こちらへの返答手段が無いのかもしれませんね」
「ふむん・・まあ、そうかもな。帝室は?」
「見事なまでの操り人形です。皇帝並びに、皇后、側室やその子達まで、木偶人形も同然の・・生ける屍と化しています」
ユーフィン・ローリンが、闇妖精が調べた帝室を取り巻く状況を説明した。
「なんだか哀れだなぁ・・昔はあんなに威張ってたのに」
俺は素直な感想を述べた。
「現在、宰相・・いえ、宰相の子息にゼイラール・コモンという者が居ります。この者が実質の差配を行っております。この者は正気を・・というより、自身の意思を保っている様子です」
正気とは思えない素行を見せるらしいが、それは"新世界"と成る前からの事らしい。
「他に有力者は?」
「セインカース教の教皇、大司祭・・こちらは神殿の護士部隊を含めて比較的無事のようです」
「あはは・・まんま怪しいねぇ?まあ、少なくても魔瘴がどう感染するのか、どう防げば良いのか知ってるんだろうね」
神殿は"黒"で決まりだろう。
帝都の宰相グループに、セインカース教団か。
単純な軍事力なら、どちらも問題にはならないけども、宗教がからむと普段は武器を持たない庶民まで刃物を振り回すようになるので厄介だ。
「他には?」
「西の大陸はほぼ魔瘴に呑まれました。残るは、ミニールの南方および東方・・ですが、そちらは商会の交易路が確立されており、いくつかの氏族とは交易が行われております」
多少の諍いはあるようだが、大きな揉め事は無いらしい。
他は、国というほどでは無いが、ミニール付近の森に住む森人達、ヤクトを崇拝する狼人族の集落がいくつか・・。
(後は・・)
西の大陸が魔瘴に呑まれたとしても、それで国という国が全滅したとは考えにくい。人間というのは存外にしぶとい生き物なのだ。ぎりぎりのところで生き延びている連中が居るだろう。
「レナン、船の改修は終わりそう?」
「はっ!先ほど、ガンドスの者達から連絡がございました。艤装を含め、すべての調整を完了いたしました」
獅子種の美人さんが引き締まった表情で一礼した。
怪我の功名・・というと良く聞こえるが、俺が開発していた香油の一つが奇跡的にも魔瘴除けに効果が高いことが判ったため、ガンドスで造らせていた船にも防護膜の一つとして採用することにしたのだ。そのため、換装作業に時間がかかっていたのだったが・・。
「ようし・・じゃあ、引き続きユーフィンにはシーゼルを補佐しながら皇城の留守を護って貰う」
「尽力いたします」
ユーフィン・ローリンが神妙な面持ちで膝を折った。
「他のみんなは、それぞれ準備を整えて明後日にガンドスに集合だ。船で帝都へ行く」
そして、魔瘴を潰す。
自称"完全なる監理者"の言葉通りなら、魔瘴を操って拡散させている連中がいるらしい。監理者の定めた"理"の一部としての魔瘴については、あえてその源泉を潰すつもりは無い。ただ、何者かが意図して操っている魔瘴窟などは積極的に潰して回るつもりだ。
「今後は、その船を俺達の拠点として、こちらと魔界を行き来する。アンコ、できるよね?」
『カンタン オヤブン クロニクス バショ オボエタ』
「さすが、俺の子分だ。偉いぞ」
ピカピカ光って回る黒い球をぺちぺち叩きつつ、俺は居並ぶ女性陣の顔を見回した。
(・・・ドブ川のユートさんも、ずいぶんと偉くなったもんだぜ。高いところで偉そうな事を言って・・・それに、とっても綺麗な奥さんが、8人も出来ちゃいましたよぉ?)
自分の事ながら、何だか笑えてくる。
「陛下?」
ラージャが気遣わしげに声を掛けてきた。
知らず笑みを浮かべていたらしい。
「うん・・・いや」
アンコを小脇に抱えつつ、俺は自分の手を面上にかざし見た。
(これ・・長い夢でしたぁ・・って、オチじゃないよね?)
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