第65話 天空の王者?

 大砲という物は、真っ直ぐ撃てば当たるものでは無い。

 鉄砲のように照門のような物で狙って撃っても当たらない。


 練達の射手が射角を調整しつつ、試し打ちをして誤差を確認した上で、ドカドカ撃つものだ。

 まして、空を浮かんで移動している乗り物から撃つとなると、地表に着弾するまでの時間を考慮し、偏差を計算しつつ撃たなければならない。


 まあ、よほど性能に優れた大砲でも無い限り、移動している乗り物から撃っても狙った所には当たりません。


 俺達が見守る中、ヨミさんの打ち上げた信号弾モドキに対する返答として、空飛ぶ何かは大砲らしき物を撃っていた。


 火薬が無い世の中だ。

 まさか、撥条などで打ち出しているわけは無いだろうから、魔導による仕組みかもしれないが、矢をそのまま大きくしたような物が打ち出されているらしい。鏑矢という物に似ているらしく、空洞があって笛のような音色を響かせて落下している・・という状況だった。


 もちろん、俺には遠くて見えない。

 ただ、そういう物だと、ヨミさんから説明を受けただけである。


「・・何がしたいんだろ?」


 俺は率直な疑問を口にした。


「まだ人類が刀剣のみで戦っていた時代、笛音を出す鏑矢にはそれなりに意味があったそうですが・・申し訳ありません。勉強不足で、どういう意味を持つのか理解できません」


 ヨミさんが律儀に謝罪を口にした。


 うん、大丈夫。

 ここに居る誰もが知りませんから・・。


 そりゃあ、鉄と火薬が取り上げられたから色々と原始的になっているにしても、まさかの鏑矢とか・・それで何の連絡をしているんですか?


「あの船・・っぽいやつの先っちょを撃ってみて。とにかく、向きを変えさせよう」


 俺がそう言った直後に、右側で紫雷の閃光が明滅して、一条の光線が遙かな遠い空を灼き貫いていた。


 そう・・このくらい弾速が速いと、偏差とか考えなくて良いからね?

 光った時には着弾してるんだから・・。


 遙かな遠い空の上で、半分ほどになった浮遊物が上から下へと崩れるように飛び散りながら落下して行った。


「先端のみに当てたのですが・・」


 ヨミさんが狼狽え気味に呟いています。


「気球を金属か何かで包んでいた乗り物のようですね。穴が開いて、浮いていられなくなったのでしょう」


 ウルさんが穏やかな声音で解説してくれた。

 風船が萎んで小さくなった感じらしい。


「後続して、似たような船が6隻・・雲間に見え隠れしていますが・・」


 ヨミさんが困り顔で俺の方を見る。


 いや、困っているのは、俺も一緒です。まさかのハリボテ船でした。風船に薄板を貼り付けただけの射的の的でしたよ?これ、どうしますか?


 撃っちゃって良いの?


「う~ん・・」


 俺は考えた。


「まあ、一隻だけ撃つとか不公平だし、全部撃っちゃおうか」


 熟慮の末に、厳正な結論を下した。

 公平無比。

 間違いの無い結論だと自負できる。


 きっちり6回、俺の右側で閃光の明滅があり、雲間から色々な物が崩落していった。

 

(まあ、浮遊魔法なり、そういう魔導具なり使って命を落としはしないでしょ?)


 空を飛ぶ乗り物を使っているくらいだ。墜落時の備えくらいはしてあるだろう。


 問題は、墜落しそうな場所だが・・。


 野生の獣と魔獣が混在する平原で、俺の知る限り、人は住んでいない。

 まあ、旅人とかは知らん。

 ミニールまで馬に乗って直線で駆けて来ても、半月はかかる距離だ。

 しかも、間には魔魚が蠢く大河がある。

 何が目的であったにせよ、軽々には押し寄せては来れないだろう。

 

「他には何か居る?」


「はい・・距離はありますが、大きな岩がこちらへ近づきつつあります」


 ヨミさんが空へと視線を向けたまま呟いた。


「・・岩?空から?」


「相当な大きさです」


「そいつも風船かな?岩を貼り付けただけとか?」


「どうでしょう?そのようには見えませんが・・試してみましょうか?」


「こっちに向かってるんだよね?」


「はい、ゆっくりとですが・・いえ、進路を変じました。ここから見て、北北東へ・・御師様?」


「あれは魔導光ですね。かなりの魔力が渦巻いているようです」


「ふうん・・?」


『メタゼーレナイト レベル ナナセンゴヒャクジュウハチ』


「へっ?・・あれって、魔物か何かなの?」


『アルシュノ セイメイタイ マドウノ イノチ』


「ふうん、変なのが居るんだなぁ」


 空飛ぶ岩みたいな魔物か・・。

 何だかレベルも高いみたいだ。空への攻撃手段を持っていなければ脅威に感じるだろう。

 まあ、うちにとっては鈍足な的に過ぎないが・・。


「あれの連れでしょうか。小型の飛行物がこちらへ接近してきます」


 そう言って吸血姫が指さした先に、こちらめがけて降り注いでくる大きな岩の集団があった。一つ一つが家くらいもある大岩だ。

 ちょっと数えられないくらいなので、いっぱい・・と表現しておこうか。


「アンコ?」


『ゼーレンボム ヘイキンレベル キュウヒャクロクジュウ』


「・・ボム?爆弾か!?」


「ヨミ、さっきのデカイ奴を撃ち落として!」


「はい」


 ヨミがわずかに足場を固めて長銃を構え直した。銃口が狙っているのは、もちろん、メタゼーレナイトとかいう巨大な浮遊岩だ。


「ウルっ、こっちに来る爆弾岩を防げる?」


「お任せ下さい」


 狐耳の美人さんが降り注いでくる岩を見上げながら防御の法陣を組み上げて行く。


「レナン、ヤクト、デカイ奴が落ちたらトドメを刺して来い!」


「承知っ!」


「ははぁっ!」


 レナンとヤクトが片膝を着いて低頭するなり、競うように身を翻して駆けだして行った。まだ撃ち落として無いんだが・・。まあ、時間の問題か。ヨミの手元で、圧縮された何かがバチバチと怖い音を鳴らしているし・・。


「ジル、シュメーネ、先に落とした風船の残骸を見て回ってくれ。乗ってた奴らは浮遊魔法とかで生き延びているだろうから気をつけて」


「はい、お兄様!」


「畏まりましたぁ~」


 ちびっ子二人が手を繋ぎながら連れ立って出立して行った。シュメーネはウルが褒めるくらいの魔術の使い手で、他の魔術についても高位の術まで使い熟していた。さすがは闇妖精の姫君といったところか。当然のように、シュメーネについて行った侍従長リーン・バーゼラを見送って、俺は一仕事終えた気分で息をついた。


「・・あれ?」


 ぽつんと、ちびっ子が一人残っていた。

 

「陛下?」


 ラージャ・キル・ズールが、片膝を地に着けたまま、こちらを見上げていた。


(あぁ・・・こいつも居たな)


 レナンやヤクト達と一緒に行かせれば良かった。


「あのぅ・・陛下、私はいかが致しましょうか?」


「・・・そういえば、おまえって何が得意なんだっけ?」


「よくぞ、お訊き下さいましたっ!我らがズール一族は、不死の肉体を誇っております!」


 俺の治癒があれば、大抵の奴が不死に等しくなるぞ?


「他には?」


「えっ・・と、ちょっと身体の力が強いです」


 レナンとか見慣れちゃうと、ちょっと腕力があるくらいじゃなぁ・・。


「・・他には?」


「平均を上回る魔素量を有しております」


 隣のヨミさん、ウルさんに比べると、しょぼすぎでしょ・・。シュメーネの魔素量も、デタラメっぽいぞ?


「もっと・・こう、何か無いの?」


「陛下に捧げる忠誠の心は、何者にも負けませぬ!」


 ふうん、そうなんだぁ・・?


「得意な魔法とかは?」


「総ての属性魔法を習得しております!」


「おおっ!?魔法を極めた感じかっ?」


「いえ・・総ての属性魔法を使えるのですが、その・・ほどほどです」


 少し、可哀相になってきた。


「ええと・・腰に剣をさげてるけど、使えるのか?」


「よくぞ、お訊き下さいましたっ!幼少の頃より鍛錬を重ね、師である祖父より皆伝を与えられております!」


「おおっ!やるじゃないか!しかし・・・」


 俺は、高空を見上げた。ちょうど、ヨミの放った魔光が遙かな高空の岩っぽい魔物を貫いたところだ。ここからでも見えるほどに、大きな穴が開いている。


「剣は届かんな」


 俺は、ぼそりと呟いた。


「・・・無念にございます」


 やや目尻の吊った、一見すれば物静かで秀麗そうな容貌の少女が唇を噛みしめて俯いた。


「まあ良い。不死身が売りなら、俺の楯として働け」


 エビルドワーフに頼んで、専用の楯やら鎧やらを造らせよう。自己申告の通りなら、色々と器用に出来そうだ。いずれ、使い所があるだろう。


「ははっ!光栄至極にございますっ!」


 ラージャ・キル・ズールが満面を喜色に染めて跪いた。


 直後、頭上で爆発音が轟いた。

 見上げれば、ウルの張り巡らせた防護結界の外で、ゼーレンボムとかいう岩の爆弾が爆ぜている。すぐに爆発音まで聞こえなくなった。ウルが結界を組み替えて、防護の最適化を図ったのだろう。


(空を飛ぶ巨大な岩の魔物・・当たれば爆発する岩の爆弾・・先に墜とした風船っぽい連中はあれから逃げていたのか?)


 アンコの測ったレベルは、かなり高い数値だった。

 ヨミやウル達が居たからこそ、のんびりと見学していられるが・・。


(もっと危ない奴も居そうだな・・)

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