第60話 底辺はどっちだ!?
ちょっと大きな事を言ってみたかったんだ。
綺麗な女の子の期待を込めた眼差しに見つめられて、ちょっぴり盛った野望を語っちゃったんだ。それだけだったんだ。ほら、ちょいと可愛い子に、期待を込めて見つめられたら、少し格好つけちゃうだろう?俺だけじゃないよね?男の子なら、みんなやるよね?
(盛り過ぎたぁ・・)
後悔しています。
嫌な予感しかしません。
どこでどういう伝達になったのか、俺の前には、ルーキス商会の会頭ラン・フィール、副会頭マイルス・ドーン、警護隊の隊長ケニー・サイクス。ガンドスからはエビルドワーフのルダー・バッゴ。そして、魔界からは、闇妖精の姫シュメーネ・サイリーン、古老ユーフィン・ローリン、侍従長リーン・バーゼラ。クロニクス近衛隊長ジンボオ・ロイグ、なぜかラージャ・キル・ズール。ハイアード国を代表してシーゼル・モア。そして、レナンとヤクト。
ヨミとウルに、ジスティリア・・。
ずらりと勢揃いをして、壇上の俺を熱い眼差しで見つめている。
押し寄せる期待の熱量が凄い。
もう戻れないの?
喰う寝る寝るだった、あの頃に・・。
忙しい美人さん達の仕事の邪魔をして香油を塗り塗りしていたあの日々に・・。
「いよいよ世界を征服なさるのですね?」
近衛隊長のジンボオ・ロイグが双眸を輝かせて距離を詰めてくる。
「い、いや・・とりあえず、城を・・」
「急ぎ兵を集めなければなりませんね。魔界から参集させますか?」
闇妖精のローリンが地図らしき物を差し出して来た。拡げてみると、ミニールを中心にした大陸図が描かれており、北は帝都まで載っていた。南は魔の森を抜けた先にある龍人族の国々、東は塩湖を境に山岳地帯、西は沿海州を抜けて大海の先にある別大陸の沿岸部まで記載されている。いつの間に、こんな物を作っていたのか。闇妖精って、人界でも隠密行動やってんの?
「いやぁ・・はは、まあ、まずはほら・・お城を造りますよって、みんなに報せてみようかなぁって・・?」
「布告ですね?」
「え・・ああ、うん、そんな感じ」
「御師様?」
ヨミがウルを見る。
対して、ウルが笑顔で頷いた。
「今の私なら大陸図にある国々くらいなら幻視投影できますよ」
「御旗はいかがしますか?」
ジスティリアが何かをせがむ子供のように纏わり付いてくる。そういえば、旗はあった方が良いな。クロニクスの使い回しは嫌だし、ここは新しい図案を・・。
自分で考えるのは面倒なんで・・。
「あぁ・・ジルが考案してみてくれ」
「宜しいんですの!?」
「うん、ジルに任せるから格好良いやつを頼むぞ」
「お任せ下さいっ!頑張ります!」
「では、御旗ができあがり次第、まずは大陸全土に宣戦の布告を致しましょう。魔界の方はいかが致しますか?」
ウルが訊いてくる。
なんだか、どんどん段取りが策定されていくような・・。気のせいだよね?まだ、戻れるよね?俺が大将なんだもんね?
あ、あれっ?
城を建てる話が、なんで宣戦布告に?
どこでどうなったの?
「魔界は・・とりあえず、今の領土を護るくらいで良いのでは無いでしょうか。領地の復興に時間がかかるでしょうし、当面は皇都にあるルーキス商会の商館が機能する程度に維持できれば十分だと思いますが・・どうでしょうか?」
できる女達がテキパキと発言して下さいます。
どうしたら良いですか?
「あぁ・・うん、いや、俺は城が欲しいなって・・それだけなんだけどね、あはは?」
「廃墟となったフリーグならば城塞としての体を成しておりますが・・お兄様には相応しくないと思いますの」
ジスティリアがヤクトに持たせた地図の上に指を走らせる。
「帝国だけを相手と考えるなら、ミニールでも良いのですが・・南の龍人族、西の海向こうの大国を考えると、少し西側に位置取る方が良いのでしょうか?」
ちびっ子のくせに良く考えているんだぜ?たぶん、いや間違い無く、俺より先のことを考えてるよね?
「東の山岳地は?」
俺はとりあえず、それっぽい質問をしてみた。
何か言っておかないと、置いてけぼりをくらいそうだった。いや、置いて行かれるくらいなら良いんだけど、世界征服とか、そっちに行っちゃいそうで・・。
「あちらは、旧世界の時から国として纏まった民族がおりません。帝国も、ほぼ無関心でしたし・・」
答えてくれたのは、ルーキスのラン・フィールだ。
もちろん、新世界となった今の実情は分からない。ただ、険しい山々を抜けて組織だった大軍が姿を見せる可能性は低い。せいぜいが、数十、数百程度の魔物の群れだろう。
「南に住むという龍人達はどう?」
「小集落に別れて土地争いをやっているようです」
ローリンが答える。
本当に、いつの間に、こちらの世界で諜報活動をなさってるんですか?どなたの指示なんですかねぇ?
俺は、ちらりとヨミの顔を見た。
「ミニールを中心とした安全な生活圏を維持するため、近隣地域の情報を集めさせております」
ヨミが生真面目に答えてくれる。キリッとした怜悧な美貌がとっても素敵です。
「う、うん・・なるほど、大切な事だね」
俺が喰う寝る寝るをやっている間に、なんという働き者なんでしょう。ミニールのみんな?俺のお嫁さんに足を向けて寝たら駄目だぞ?雷の雨が降っちゃうんだぞ?
「・・ふむぅ」
俺はジスティリアの横に立って、ヤクトが頑張って掲げ持っている地図を眺めた。
ミニールの北側にはちょっとした山脈が横たわり、越えた先には広大な砂漠がある。旧帝国の帝都があるのはその先だ。砂漠地帯は大陸を東西に横たわっており、東端とされる位置に塩湖で有名なオーニッドの町がある。ただ、あそこは商人達の塩採り場が発展した町だ。急造の土塁などで護っているらしいが、拠点として考えるのは無理だろう。ガンドスは護るのは易いが、地下街化した工房町だ。人を受け入れるという雰囲気では無い。
「取り急ぎ・・フリーグを手入れして、人が住めるようにするか。そして、ここの山脈を取りあえずの北側の国境にして・・」
なんだかんだと、流民なり、成りすましなりが、流れ込んでくるだろう?ミニールとかに住まわせるのは危ないから、とりあえず流民を収容するための町を用意しておいた方が良い。
「北の山地を越えた辺りに、魔物用の防柵を巡らせておいても良いかもしれません」
ジスティリアが北側にある山脈を指でなぞる。
なんにせよ、しばらくは魔界の方はおざなりになる。あちらの面倒事は、誰かに丸投げしておくしかあるまい。
・・ふむ。
「シーゼル・モア」
俺は、魔界の龍族の古老を見た。
「はい」
「ハイアードからの返答はとても残念だった」
自分達の治療の対価として提示した金額が、ションボリとした額だった上に、ハイアードの財政が悪化していて云々という情けない弁明書まで添付されていて、使者の前だったが俺は爆笑してしまったのだ。
「・・はい」
シーゼル・モアが項垂れるようにして首肯した。
「留守中は、魔界の俺の城を任せる。ここにいるロイグや他の新領主連中の相談役をやってくれ」
「えっ・・し、しかし、私は新参者で・・」
「ハイアードが滅びるかどうかの瀬戸際だぞ?返答は慎重にするべきだな?」
「・・つ・・謹んでお受け致します。非才の身ですが、全力で努めさせて頂きます」
龍族の古老が平伏した。
「よろしい。ジンボオ・ロイグ近衛隊長」
「はっ!」
蛇身の大男が、右腕を胸の前で横一文字にして低頭する。
「お前だけで無く、他の新領主にも伝えておけ。シーゼル・モアの助言に従わない奴は、俺の命に背くに等しいのだと。あれだけ残念な王を担ぎながら、今のハイアードを築きあげた手腕は見事だ。シーゼル・モアに、微に入り細に入り相談しながら領地の政を進めろ」
「ははっ!大変に、心強く・・感謝致します!」
「ユーフィン・ローリン」
「はい!」
闇妖精の古老が進み出て地面に片膝を着いて頭を垂れた。
「シーゼル・モアの耳目として補佐をよろしく頼む。お前達の情報が頼りだ」
「畏まりました!」
「ルダー・バッゴ」
俺はガンドスのエビルドワーフの長を呼んだ。
「はっ」
「魔界にも工房を造ってくれ。あちらの金属も集めてある。結構、面白そうなのがあるぞ」
「おおっ・・直ちに!」
「工房に必要な設備・・そのための費用は俺が準備する。手配はシーゼル・モアに依頼しろ」
「ははぁっ!」
「ラン会頭」
「はい!」
ルーキス商会の女会頭が表情を引き締めて返事をした。
「俺の支配下に入る町を一つ一つ増やしていくことになる。手始めに、フリーグを人が住める町として蘇らせるから、ある程度、纏まった量の物品を購入したい」
「準備しておきます」
「必ず、ルーキス商会に損が無いようにね?たぶん、町という町を交易路で結んで貰わないといけなくなるから」
「もちろんです」
ラン・フィールが満面の笑顔で頷く。
難しい事は分からないが、貨幣の打ち直しとかやって、こちらと魔界の両方で新貨幣による流通貨幣の塗り替えをやっているらしい。魔導の仕組みで、貴金属の配合量が誤魔化せなくなっているとか何とか・・。まあ、良く分からない。とにかく、楽しそうに何やら活躍してくれている。
「さて、後は城の建築場所を探しに行く訳なんだけど・・」
俺は大陸図を眺めながら、ふと熱気を感じて振り向いた。
ジスティリアとラージャ、シュメーネの、ちびっ子3人衆が期待に充ち満ちた眼差しで見つめていた。
(えぇぇ?・・なに、このちびっ子達・・ジルはともかく、他の2人は無理だろぉ?)
俺は救いを求める視線をジンボオ・ロイグへ向けた。しかし、申し合わせたかのように、ロイグが視線を外して地面の辺りを眺めている。
「バーゼラ?」
俺は闇妖精の侍従長を見た。
「・・姫様、たってのご希望でして・・いえっ、お止め致したのです。ですが、その・・」
「いや、分かってるよね?俺の周囲は危ないんだぞ?やっとこさ健康になったような女の子が旅とか無理でしょ?」
「大丈夫です!あれから、いっぱい訓練しましたっ!もう元気ですから」
シュメーネ姫が両手の拳を握って力強さをアピールしている。
うん、お人形さんみたいで可愛い。きりっとしたジスティリアとは違う、ふんわりと柔らかい感じの顔立ちをした女の子である。
じゃなくって、どう見ても不安要素でしか無い。
「陛下っ、このラージャめにお任せ下さい!シュメーネ姫は不肖ラージャが御守り致します」
「いや、お前が一番の不安要素だから」
「へ、陛下ぁっ!?」
「ヨミとウル、ジルとレナン、後はヤクトを連れて行こうと思ってたんだけど・・」
「何故、このラージャをお弾きになられるのですかっ!」
「いや、お前って騒ぎの元じゃん。火が無い所に放火して火事だって叫んで回る奴だろ?」
「陛下ぁっ!?」
ラージャが驚愕に眼と口を開いて声をあげた。
いや、むしろ、ここで驚けるお前が凄いよ。尊敬するよ。どんな神経してんだよ?
「お兄様、シュメーネとラージャの同行をお許し頂けませんか?」
いつの間にか側に寄っていた吸血姫が俺の腕を胸元に抱き締めるようにして上目遣いに見上げてくる。
「む・・」
可愛い顔したって駄目なんだぞ?俺のラージャ評価は、ほぼ底辺なんだからな?
「だって、うちの駄犬をお連れになるのに、シュメーネとラージャが駄目だなんて悲し過ぎます」
「・・ヤクトかぁ」
俺は呻いた。ほぼ底辺の、ラージャのさらに下が居た。さすがに、あいつより下ってのは・・。
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