第59話 クロニクス皇帝として
「お兄様ぁっ!」
ジスティリアが声をあげてしがみついてきた。ふわりと柔らかい香りが俺の鼻腔をくすぐる。ちびっ子だが美人確定の姿の綺麗な女の子だ。歓迎されて嬉しくないわけが無い。
「待たせたな」
「お待ちしておりました。お姉様、小母様も!」
「魔族の鎮圧に手間取りました。ごめんなさいね」
ヨミとウルが謝っている。
鎮圧とか言ってますけど?掃討って感じでしたよねぇ・・。
まあ、原因は俺です。
クロニクスの領主達が信用ならんので、まるっと退治してしまおうという事で、皇帝の直轄領以外は全て独立した国であると宣言しました。
内外が混乱を極めること1ヶ月ほど、すり寄ってくる領主もいれば、どっち付かずに交渉を持ちかける領主も居た。そこへ、諸外国が攻め込み、元クロニクスの領土を切り取っての奪い合いを始めたのだが、もちろん、俺は傍観していました。だって、うちの国じゃないって言ったでしょ?
元領主同士で助け合うのかと思っていたら、どうやら領主同士が互いを出し抜いてクロニクス皇帝の座を狙っていたらしく、互いに疑心暗鬼になったまま、各個に撃破されていくという哀れな展開に・・。
諸外国によって旧領地がしっかり占領されたのを確かめてから、ヨミ、ウルの二枚看板を投入しての殲滅戦である。周辺諸国の魔族の戦士達はごっそりと他界しました。
そうやって取り戻した領地は、近衛隊の連中に与えていった。
ラージャの兄貴もちゃっかりと恩恵にあずかっている。
「新領主達の才覚によって治めてみせよ!俺を失望させるなっ!」
などと、荒廃しまくった領土の復興という面倒事を新領主達に丸投げし、俺はミニールへと帰って来たのだった。だって、各地からの陳情やら嘆願やらが五月蠅くって・・。
「そういえば、ミニールに被害が出たって?」
こちらの方が、俺には大切なのだ。
「そうなのです。ごめんなさい、お兄様」
ジスティリアが悔しそうに言って頭を下げた。
「いや、別に良いんだが・・ジルを出し抜くような魔物でも居たの?」
「魔物の討伐をしている時に、あの町の貴族達が兵を連れてルーキス商会を襲ったのです」
「・・ああ、そういうのか。そいつらは?」
「火葬しましたわ」
さすがの吸血姫です。容赦無し。
旧世界で権力を持っていた貴族連中が新世界では民草から相手にされなくなって、前々から、ぐずぐずと文句を言っていた。領主だと威張ろうにも、魔物から町を守る力を持たず、旧来通りに税を取ろうとして住民総意で断られてしまい、武力で脅そうにも、ルーキス商会の護衛隊の方が遙かに強い。町の衛兵は全てルーキス商会からの派遣という有様だ。自然、町の長はルーキス商会であり、領主とか要らないよね?・・という事になったのだ。
それが不満で兵を挙げて、丸焼きになったと・・。
ご愁傷様としか言い様が無い。
「町の被害はどのくらい?」
「ルーキス商会の倉庫の一つが半壊しました。中身は家畜用の穀物だったのですが無事でした。どうも、倉庫にお兄様の秘薬が貯蓄されていると勘違いしていたようです」
俺の傷薬が手に入れば、何とかなるのだと夢想しちゃったらしい。
「なるほど・・ただのお馬鹿さんか」
「教会の者達の手引きがあったようですわ」
「ふうん・・坊さんは神に祈るのが仕事だろうに、倉庫を襲うんだ?」
「捕まえて少し訊いてみたんですけど、帝都にある本殿から指示を受けていたと申しておりました」
少し訊いたとか・・さらっと言っているけど、この吸血姫は色々と怖いので怒らせちゃ駄目なんだぞ?お人形さんのような綺麗な外見に騙されるとお尻から鉄串に刺されて焼かれちゃうぞ?
「へぇ・・帝都と連絡取ってるのか。魔導具かね?」
「いいえ、伝書鳩でした」
「・・わはは」
何とも可愛い連絡手段だ。
しかし、未だに帝都とか頼りにしている奴が居るんだな。
帝の御威光とやらに何を期待しているのか訊いてみたいなぁ・・。
「森の方はまた魔瘴窟が生まれたようです。魔物の強さも増したように見えます」
「ヤクトはどうしています?」
ウルが訊いた。確か、今は塩湖の畔にある町を護っているはずだ。
「兵隊くずれのような者達が攻めて来たようですが問題なさそうです。レナンさんの方にも武装した集団が来たようですが、まあ、あの方が護っているのですもの」
ジスティリアが小さく苦笑して見せる。
レナンの戦闘力は桁外れだ。クロニクス皇帝を相手に一騎打ちをした後から、ぐんぐんと力を伸ばしたようで、獅子種の名に恥じない強者になっている。ヤクトはともかく、レナンが護るガンドスは難攻不落だろう。
「ガンドスのエビルドワーフ達の調練をやっているそうですわ」
「厳しくやってそうだなぁ」
「うふふ・・レナンさんに、うちの駄犬の訓練もお願いしたいくらいです」
相変わらず下僕に厳しいな・・。俺がいない間にも何かやらかしたのだろうか?
「ははは・・・まあ、あいつも頑張ってるんだろ?」
「力が無いのに吠え立てるのは見ていて哀れですもの。時々、あの子にはもっと相応しい場所があるのでは・・と考えるんですよ」
「う・・うん、まあ・・」
頑張れっ、ヤクト!もっと頑張れよっ!おまえの底力を見せてみろよぉっ!
「お兄様、これからどうなさるおつもりですか?」
ジスティリアが小さく首を傾げて見上げてくる。
「ん?これから?」
「ご予定・・いえ、目標のようなものがあればジルにも教えて欲しいのです」
「ふむ・・目標か。野望ってやつだな?」
「はい」
ふふふ、ちゃんと考えてありますよ。伊達に引き籠もって惰眠を貪っていたんじゃありません。その辺りはきっちりと考案済みです。
「クロニクス皇帝として、この土地を治めることにした」
そう、俺様は皇帝なのだ。
魔界の皇帝だって、皇帝は皇帝だろう?新しい国を興すとか大変そうだし、もうクロニクスで良いよね?
「まあ!とっても素敵ですわ!」
「だろう?」
ふふんと胸を張る。
「全世界を支配なさるのですねっ?」
「ぇ・・いや、この辺だけで良いんだけど」
「なぜですの?お兄様なら世界を統べられますわ」
「俺はねぇ?箱の中に腐ったリンゴがあったら、傷んでないリンゴだけを選んで食べる主義なの。一番良いところをパクッと食べたいわけ。分かるかな?」
適当な事を言う俺の顔を、吸血姫がじっと瞬きをしない瞳で見つめている。
皇帝陛下なのに、こんなちびっ子の眼力に圧されるとは・・。
「その通りですわね、全てを支配するのは無駄が多いですもの」
「そこで問題になるのが、どこが一番良い場所かということなんだ。もちろん、ミニールもガンドスも支配下に入れるんだけど、俺のお城を築く場所として最良かと言うと、どうなんだろうねぇ?」
「・・確かに、お兄様のお城を建てる場所となりますと、慎重に選ばないといけませんね」
「だろう?」
「すると、ご視察に?」
「うん、もうこの辺は落ち着いただろうから、みんなで少し旅をして回ろうよ。俺達なら、何処に居たって一瞬でミニールでもガンドスでも戻れるんだし・・」
「きゃぁーー素敵ですっ!ジルも同行をお許し頂けるのですよね?」
飛びつかんばかりに大喜びして迫ってくる。
「うん、もちろん。ヨミとウルからもお願いされてるし、俺もジルと一緒の方が楽しいからな。そういうわけで、面倒そうな事はルーキス商会に押しつけ・・お願いして、レナンやヤクトも呼び戻そう」
「あら、うちの駄犬をお連れになりますの?」
どうしてですの?・・と視線で訴えていらっしゃいすよ?
「・・そりゃ、下僕は必要でしょ?」
ヤクトに替わって俺が泣いちゃいそうです。
「そうですわね・・お兄様がそう仰るなら連れて行きましょうか」
(ヤクトぉ!何やったんだ?何だか、お前のご主人様が冷え切ってるぞぉっ!)
ああ、もう放って置いた方が良いのかな。考えてみたら、犬だし・・。居なくても困らないよね?留守番させといた方が良いのかも・・。いや・・いっそ、放逐か?
「まあ、まずはレナンとヤクトを招集。ああ、ロイグとローリンくらいには通達しておくか」
俺はミニールの方から近づいて来るルーキス商会の会頭達を眺めながら、ちょっと話を大きくし過ぎたかなっ・・て、後悔していた。
だって、なんだかジスティリアの興奮度が半端ないんだもの・・。
ちょっと旅をしようかって言っただけなのに、どうしちゃったの?
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