第54話 クロニクス包囲網・・なの?

 人界と魔界を行き来するようになって3ヶ月が過ぎた。半分以上、クロニクスの城に引き籠もっていた俺だったが、そろそろ充電期間も終了だ。


(アンコとの鬼ごっこには勝てそうも無いし・・)


 何か新しい楽しみを見付けなくてはなるまい。お嫁さん達が居てくれると、とっても楽しい紳士な遊びが出来るのだが・・。忙しそうだから仕方無い。

 

「御館様?」


 部屋の前で侍していたレナンが素早く立ち上がって近づいて来る。


「ちょっと散歩するから護衛頼むね」


「はっ」


 気安げな俺の頼みに、嫌な顔をせずに首肯する。頼もしい護衛さんなのだ。


「ヨミとウルは?」


「ヨミ様の元に、闇妖精の者達が数名・・ウル様は新しい魔法陣を考案されたとか仰り、練兵場で試験をされておいでです」


「そっかぁ・・ジルは?」


「ミニールへ向かった隊商の護衛についておられます」


「ふむぅ・・」


 みんな働き者だねぇ・・。


 俺も何か仕事っぽい事をやってみようかねぇ・・。


 弛緩しきった身体を大きく伸ばしながら、俺は城館裏にある厩舎へと向かった。

 そこに、俺専用に訓練されたグリフォンが繋がれている。厳密にはグリフォンの上位種ハイエンドらしいが詳しい事は知りません。


「少し飛んでみようかな」


「お供します」


 最敬礼をして硬直した厩舎番をねぎらいながら視察に行くことを伝えると、厩舎番が真っ黒いグリフォンを引っ張り出して専用鞍を取り付けてくれた。


「あっちに飛んで」


 専用鞍の把手に掴まって、俺は西方の空を指さした。

 グリフォンは手綱では操れない。きちんと主従関係下において指示をしなければ飛んでくれないのだ。


 俺の真っ黒いグリフォンと、レナンの灰色のグリフォンは嬉々として高空へと急上昇していった。雲の上まで約6秒。恐ろしく速い。


「どこか、適当な町まで行ってみよう」


 俺の声に、グリフォンが喉の奥でクルクル何かを転がすような音で鳴く。

 普通に乗っていたら呼吸もままならず、体温は失われて凍えてしまうだろうが、俺にとっては心地よい微風だ。あまりの心地良さに眠りこけて落ちた事があるほどなのだ。


 東の空に太陽が2つ。

 まるで追いかけっこをしているように東から昇って西へ沈んでいく。双子の太陽だった。あれを見ると魔界に居ることが実感できる。


(他は、そんなに変わらないんだよなぁ)


 まあ、魔素の密度は濃いし、魔物も強いものが多いが、分布している地域は決まっていて、町がある辺りには滅多に魔物はやって来ない。

 面白いのは、人界と同じように、鉄と火薬が取り上げられている事だ。

 そして、同じように各地に魔瘴窟が出現している。

 つまり、この魔界も、世界の監理者による支配下にあるという訳だ。

 

 不意に、グリフォンが低く鳴いた。

 見ると雲の切れ間を小山が動いている。なおも眼を凝らすと、甲羅に山を載せた陸亀だった。


「アンコ?」


『リクオウトータス レベル キュウセンニジュウハチ』


「何食べてんだろうね?」


 あれだけの巨体をどうやって維持しているのだろう?あんな巨大な口に似合う果物とか想像できないが・・。やっぱり肉食?龍とか食べてるんだろうか。


「お兄様ぁ~」


 不意に声が聞こえて顔を向けると、背に黒い翼を生やした吸血姫が高空を飛翔しつつ追いついてきた。よくヨミが着ている細身の軍服っぽい衣服の腰に黒い革鞭が吊されている。


「お帰り!ミニールどうだった?」


「あまり、良くない感じです」


「え?・・ミニールが?ルーキスに何かあった?」


「いいえ、あの町では無く、オーニッドという町に兵隊が攻めて来ているようなのです」


「・・・城へ戻ろう」


 俺はレナンに声を掛けると、黒いグリフォンに大急ぎで戻るように伝えた。

 お散歩どころでは無くなった。

 オーニッドというのは、ミニールから見て東北部にある塩湖の町だ。ルーキス商会の有力な交易地だった。町の守護隊もしっかり訓練されていて、簡単には陥落しないとは思うが・・。


 ジスティリアに手を引かれ、レナンを従えて玉座の間へと入ると、すでにヨミとウル、闇妖精の姫シュメーネとお付きのリーン・バーゼラが待っていた。


「待たせた」


 足早に歩いて玉座へ座る。


「ジルから報告があったが、オーニッドに軍勢が迫っているって?」


「はい。それだけでなく、クロニクスの北辺地域にも侵攻してきている者達がいるようです」


 ヨミが報告する。


「あらら・・あっちも、こっちもか」


 血気盛んな事で結構だ。


「オーニッドを攻めているのは人・・人間だよな?」


「はい」


「で、北の奴らは魔族?」


「そのようです」


「・・もしかして、ミニールにも来てる?」


「ガンドスでは斥候のような者が目撃されています。おそらく、近々には」


「ふむ・・」


 クロニクスの北部と言っても範囲は広い。


「とは言っても、両方を同時にやらないと駄目かな。なんだか、あちこちで多発しそうな感じだし・・」


「なお、クロニクスの北部を侵している者達は自らを不死者の王だと称しているようです」


「へぇ・・」


 俺は魔界の勢力図を眺めた。

 本当に不死者の王なら、俺にとっては雑魚だ。

 しかし、俺の事を知っていて吹聴しているなら、俺を招き寄せるための虚言だろう。

 俺が骨の王を滅した事はそれなりに知られている。城に引きこもってる俺を釣り出したいのかな?


「ジル・・」


「はい、お兄様」


「ヤクトにオーニッドを護らせたい。構わないか?」


「勿論ですわ」


「それから、ジルにはミニールと付近の魔の森を含めて広域に目を光らせておいて欲しい。どうも賑やかになりそうだ」


「承知しました」


 吸血姫が微笑んだ。


「レナン、まずはガンドスを護れ。胡散臭い奴らは徹底して排除だ」


「はっ!」


「アンコがそれぞれの町に薬品類を搬送する。俺からの連絡もアンコがやる。みんな頼んだよ」


「お任せください、お兄様」


「承知致しました」


 ジスティリアとレナンがそれぞれ低頭して退出して行く。


『オヤブン クスリ ハコブ?』


「後でね。今はまだ大丈夫。アンコは俺と一緒に、この城で留守番だ」


『ワカッタ アンコ オヤブン イッショ』


「ヨミとウルは北で派手にやってくれて良い。闇妖精の誰か、ヨミ達とこの城の間の伝令役を頼む」


「・・この城が攻められるとお思いなのですね?」


 ウルがじっと見つめてくる。


「うん、来るでしょ?どっから来るのか知らんけど、ヨミとウルが居ないって分かれば攻めて来るんじゃない?みんな、俺はオマケくらいに考えてるだろうから。まあ、二人が戻るまでは俺が護ってるよ」


 俺が動けば一緒にヨミとウルが同行する・・はず。

 ヨミとウルだけが動けば、俺一人が皇城に残る・・はず。

 どちらにしても、皇城が手薄になる・・はず。

 誰が旗を振っているのか知らないが、せいぜいそんな程度の考えだろう。


 この際、俺が独りになって、オトリ役をやろうじゃないか。どうも、嫁さん達ばかりが怖れられて、俺は弱っちぃと思われている風潮きらいがある。良い機会だから、俺様のやる気を見せつけて、不満分子をまるっと処分しちゃおう。そうしよう。


「分かりました。北部の事はお任せ下さい。手早く終わらせて戻って参ります」


「うちに敵対すれば根絶、そうじゃないなら無視。それがはっきりと伝わるようにやって来て」


 俺の甘々な引き籠もり生活を邪魔する奴は絶対に許しません。

 駆逐しちゃいます。


「畏まりました」


 ヨミがいつもの冷静な表情で頷いた。

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