第45話 ガンドス採掘場
角付きのドワーフは、エビルドワーフという種族らしい。
アンコ先生が教えてくれた。
「こいつらが龍種の魔獣に襲われてたのを見てね、つい助太刀に入っちまって・・」
なんとか龍種は斃したものの、エビルドワーフ達も多くの死者を出し、レナンも完全な死に体となってしまった。
「まともに歩けない、眼も見えないじゃ、旅も終わりさ。それでこいつらの世話になってたんだ」
そう語るレナンは、もうすっかりと、以前の男前な美貌を取り戻し、失った片足も再生されて健康そのものになっている。まあ、治療で剃った真っ赤な頭髪は生え揃うまで、それなりの時間が掛かるだろう。
「しかし、先生には恩義ばかりが増えちまう。どうしたもんかね?」
レナンが逞しい腕を組んで困り顔のまま、ヨミに助けを求めた。ヨミの方は俺の傍らに座って、お茶を煎れてくれている。いつもと変わらない鉄面皮・・もとい、冷たい美貌ながら、これでも上機嫌なのである。一緒に居る時間が長くなったおかげで、ようやく見分けがつくようになった。
「レナンはどうしたいの?」
ヨミが茶葉を蒸らしながら訊いている。
俺は、アンコを膝に抱いたまま、ぼんやりと岩の天上を眺めていた。
奥の小部屋では、ルーキス商会がエビルドワーフ達を相手に商取り引きをやっている。アンコによると、種族としては魔人に属するそうだが、すっかり恭順の意を示している。どうやら、ジスティリアとヨミが躾をやったらしいが・・。
怖いので詳細は訊かない事にする。
大将は細かいことは気にしないのだ。
なぜか、エビルドワーフ達がジスティリアに向ける視線は、恐怖と同時に、憧憬というのか熱っぽい眼差しのような気がする。同じ魔人として何かあるのだろうか。
『オヤブン ネムイ?』
「いや、ちょっとぼんやりしてた」
「どうぞ」
ヨミが小さな盆に載せてお茶を出してくれる。
御礼を言って受け取りながら、ほどよく冷まされたお茶を口に含むと、柔らかい香りが鼻腔をいっぱいにする。ヨミの煎れてくれるお茶は本当に美味しい。
「先生・・」
呼ばれて顔を向けると、何がどうなったのか、レナンが床に片膝を着いて見上げていた。やけに神妙な大人しい雰囲気になっている。
「へ?・・ど、どうしたっ?」
「先生について行くよ・・行きます」
「俺に?・・いや、獣人捜しはどうするの?」
「闇雲に捜し回っても駄目だって思い知りました。目障りかも知れませんが、どうか同道をお許し頂きたい。無論、どのようなご命令、ご指示にも忠実に従います」
「ええ・・と?ヨミさん?」
「はい?」
「レナンって、部隊の偉い人じゃなかった?俺なんかと、ふらふらしてて良いの?ほら、色々やらなくちゃいけない事があるんじゃない?」
「ユート様にお仕えする以上の使命など存在しませんよ?」
ヨミが小さく眼を見開いて驚きを表す。
(それを真顔で言っちゃう貴女が素敵です。もう、抱き締めて口づけしちゃいたいです)
俺は沈黙したまま軽く咳払いをしてレナンを見た。
「少し鈍ってますが、一月ほど頂ければお役に立てるように鍛え直してみせます。どうか、お側に置いて下さい」
猫科に特有の瞳が、燃えるような熱を宿して見つめてくる。
(・・決心が固そうです。どうしますか?)
俺は、居心地の悪い思いをしつつ二の腕をぽりぽり掻いたり、ふむむ・・と唸ったりしながら考え込んだ。
「もう一度だけ訊くよ?」
俺はレナンを正面に見据えた。レナンが両膝を岩床に着いた姿勢て、じっと見上げてくる。
「俺は、俺のやりたいようにやる。行きたいところへ行くし、何もしたくない時は何もしない。そして、俺は獣人のためじゃなく、俺のために・・俺自身のためだけに考えて行動している。つまり・・ええと・・」
なんだっけ?なんか決まり文句を忘れちゃった。
「ええと・・?」
ちらとヨミを見る。
「聖人では無い・・でしょうか?」
「そう、それっ!そういうやつ!」
さすがは美人さんだ。デキる女は違う。
「俺は聖人とか、英雄とかじゃないよ?とんでもない悪の組織を作っちゃうかもよ?悪事に荷担することになっても良いの?」
「何でもと申し上げました。獅子種のレナン、二言はございません」
男前な彫りの深い美貌に、獰猛ともとれる笑みが浮かんでいる。大きな双眸には爛々と猫瞳が輝いているようだった。
好意的な眼差しだから良いけど、これで敵意を込められたらどうなるんだろう?
(な、なんという・・眼力か)
すでに敗色濃厚です。自分、色々と圧され気味であります。
ちらりとヨミを見る。助けて・・という思いを込めて。
「アンコちゃんの言う、"パーティ"というものは6名なのだそうです。レナンに入って貰えればちょうど良いかと思います」
ヨミがいつもの冷静な口調で言った。
そういえば、この美人さんは推進派でした。ブレーキを踏むつもり無いですよね?
「・・パーティ?」
『ケイケン イッショ モラエル』
黒い玉がふわふわと浮かびながら説明する。新世界の法則の一つで、契印によって魔導的な繋がりを持ったグループは、魔物を斃した際に得られる経験を均しく分配し合うという。6人で1セットなのだそうだ。
「あぁ・・なんか、そういうの言ってたな。6人というと・・俺、ヨミ、ウル、アンコ、ジル・・で、レナンか」
なんだか、良さそうに聞こえるじゃない?
まさか、アンコまでレナン加入の推進派なのか?
いつの間に!?
「と・・とにかくっ、本当に俺の言うことには従って貰うよ?気に入らない命令は無視して、やりたい事だけやるとか、そういうのは無しだからね?あと、人の話を聴かずに、一人で盛り上がって突貫して行くとかも無しね?」
その辺りはくどいほど念を押した。
しかし、獅子種だという大女は、全てに従うと男前な宣言を繰り返した。どう語りかけても微塵の揺らぎも感じさせない。鉄壁の意思表明である。
よろしい。ならば引き受けようじゃ無いか。
まあ何だ。隅々まで見ちゃった責任ってものがあるのさ。
「・・よし、レナンの同行を認めて、俺達のパーティに加える!」
俺は腰に手を当ててふんぞり返った。
「有り難き幸せ!」
「なんだか時代がかってきたけど・・うちに入った以上はもう抜けられないぞ?他にやりたいことが出来ても一切認めない。後悔するなよ?」
「承知」
ううっ、だんだん男前度が上がっていきますよ、この獅子種のヒト・・。
「さて・・まずは、ここにいるエビルドワーフだっけ?獣人も全員を治療するから案内してくれ。それから、そこの避難した人達も診る。ジル?」
呼びかけると、
「はい、お兄様」
霞でも集まるようにして宙空に小柄な少女の姿が現れて、ふわりと俺の前に降り立った。さすが吸血姫、多芸だぜ。
「ウルに、ここの状況を伝えて来て。治療が終わったらレナンを連れて戻るってね」
「お任せ下さい」
小さく膝を折って礼をしつつ、また空気に溶けるようにして消えて行った。
「レナン、重傷者から治療していくから案内してくれ」
「はっ!」
短く答えて、レナンが立ち上がる。何やら活き活きとした雰囲気で、ともすれば抱きついてきそうな気配すらある。
断言しよう。
この獅子種の女性に抱きつかれたら、間違い無く俺の腰がへし折られるという事を・・。
ちらと横目でヨミを見ると、俯いて茶器を片付けている、その口元が微かに綻んでいるようだった。
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