第44話 再会

「これは・・ドワーフではありませんね」


 ジスティリアが傍らのヨミに囁いた。


「そうね」


 頷いたヨミの視線の先で、十数人の負傷した男達が岩床に転がっている。背丈はジスティリアよりも低いくらいだが、体の横幅、首や腕の太さが尋常では無い。ただ、みんな頭の左右に水牛のような角が生えていた。

 ちなみに負傷しているのは、ジスティリアに襲いかかったからだ。

 

「話が出来る者が居ますか?」


 ヨミに声を掛けられて、男達が怒りに燃える眼を向けてくるが答える者は居なかった。


「行きましょう」


「はい」


 ヨミとジスティリアは男達を無視して奥へと向かった。


 ルーキスの隊商、避難民、そしてヤクトを上に残して、二人で来ていた。

 二人とも明かりが必要無い。真っ暗な隧道を迷い無く歩いている。


「獣人の姿があったのですけど、どこかへ隠れてしまったのでしょうか」


「気配はありますが、遠く・・深いですね」


「拘束された様子はありませんでしたから、逃がされた・・隠されたのでしょうか?守られていると考えるべきですわね」


 ジスティリアが手を振った。

 闇中を飛来した矢が逸れて岩肌に命中しつつ火花を散らす。


「良い鏃です。ミスリルとは違いますけど・・」


 足元へ落ちた矢を観察しながら、ヨミがちらを前方を見つめた。

 直後、眩い電光が前方の隧道を跳ね回って抜けて行った。引き連れた悲鳴が短く聞こえて、すぐに静かになった。


「・・少し、マシな方がいらっしゃいますわ」


 ジスティリアがわずかに眼を細めた。

 今の電光流をぎりぎり回避して、息を殺して潜んでいる気配が2つあった。


「話し合いに来ました。応じる気があるなら姿を現しなさい。その気が無いなら、この隧道ごと焼却します」


 ヨミの硬質な声が静まりかえった隧道の中に響き広がっていった。

 返事を期待しての呼びかけでは無い。

 攻撃を前提に、とりあえずの間を測っただけだったが、


「ヨミなのかい?」


 やや掠れた女の声が奥の方から聞こえてきた。


「・・レナン?」


 ヨミの双眸が驚愕に見開かれた。


「本当に、ヨミか!まさか・・こんな南まで」


「酷い傷・・」


 呟きながらヨミが足早に奥へと向かった。ヨミ自身が手元に魔法の照明を灯して姿を見せている。ジスティリアは少し距離を置いて背後を護りながら続いた。


 先へ進むと隧道が少し広い空洞になっていた。

 そこに、数人の獣人達、角のあるドワーフもどきが集まって居た。

 そして、見覚えのある丈高い大柄な獣人の女が杖を片手に立っていた。その右足が膝の辺りから無くなっている。顔全体が焼けただれたようにして無惨に溶け崩れ、両眼は見えないようだった。


「レナン・・貴女・・」


「へへっ、ざまぁねぇだろ?ちと、ドジっちまったよ」


「他の皆は?」


「さあね・・なんとか逃れたはずなんだけど、あたしがこのざまだ。捜しに行くことも出来ずに、ここで世話になってたんだ」


「・・そう」


「あんたの方は無事そうだね?」


「ええ・・御師様・・ウル様も一緒に居るわ」


「そうかい!ウル様も・・それじゃあ、カーリー達も?」


「いいえ、カーリー達は北に残って、あそこの部族を纏めるつもりみたい」


「・・そうか。でも、みんな生きてるんだね。良かったよ・・」


「アンコちゃん?」


 ヨミは自分の影に向かって声を掛けた。

 待つほども無く、


『ヨミ ヨウジ?』


 黒い玉が浮かび上がってきた。


「喚び出して御免なさい。大事な用事です。ユート様をここへお連れして」


『ダイジ ワカッタ』


 アンコが影へと沈んで行く。


 今度は少し時間が掛かった。


『オヤブン ツレテキタ』


「おっ・・と、ヨミ?と・・誰だっけ?確か・・ああ、レナンだ」


 黒い玉に掴まるようにして、影からユートが這い出して来た。


「この声・・あんた、あの軍医さんかい?」


「ありゃりゃ・・眼が見えないのか?それ、火傷?酸かな?」


「レナンの治療をお願いします」


 ヨミが縋り付くような気弱な表情で頼み込む。


(いやぁ、良い顔見れたねぇ・・)


 俺は宥めるようにヨミを抱き寄せて軽く抱き締めると、しばらく甘い肌身の香りを愉しんでから、


「よしっ、元気出たから治療しちゃおう!」


 やや置いてきぼりな感じのレナン達を振り返った。


「治療って・・あたしはもう・・」


「はい、怪我人は黙って医者に従いたまえよ・・ああ、そのまま立ってて」


 レナンを立たせたまま、俺はヨミにレナンの右足を包んでいる布を取り除くように指示した。すぐさま、ヨミがレナンの傍らに屈んで膝下の布を裂いてめくりあげる。


「囓られたのか?歪に切れてるな・・」


 率直に感想を述べながら、俺は膝に指を這わせつつ圧してゆくと、生命樹から伝授された再生術によってレナンの右足を再生していった。


「ヨミ、そのまま体を支えて動かさないように」


「はい」


「ちょ、ちょっと・・これって、足っ?あたし、足が生えた?」


「はい、そのまま、じっとする!先に顔を・・ああ、胸元からやってるのか・・ええと、ここって横になって治療する場所ある?・・って、何ここ?洞穴か?」


 俺は薄暗い岩の空洞を見回した。


「レナンを治療します!手伝いなさい!」


 ヨミが、生えたレナンの足を呆然と見ている獣人達に向かって鋭く指示を飛ばした。住まいは大きな空洞を衝立で仕切ったような場所で、男女隔てなく雑魚寝をしていたようだ。

 その一つにレナンを横たえて、ヨミに手伝わせて衣服を剥ぎ取る。


「良く耐えたな」


 俺は感心したように呟いた。

 レナンの首筋から背中、頭部から顔、喉元から胸元まで皮膚が溶けたような痕が拡がっていた。


「気色悪くて見れたもんじゃないだろ?ざまぁ無いや・・」


「触らんと治せんからね。痛くても我慢するように」


 俺はレナンの呻き声を無視して、遠慮無く傷跡に触れていった。ヨミにお願いして、髪の毛をすべて剃って貰う。頭には骨が陥没した痕と癒着していたが裂傷痕が残っていた。


(この感じだと、臓腑もやられてんだろうなぁ)


 俺は大柄なレナンの肉体をじっくりと眺め回しつつ、どこから手をつけたものかと長考していた。いや、あれですよ?観察していたんじゃ無いですよ?真面目に、治療の順番とかを熟考していたんですよ。

 ウルさんも言ってたでしょ?劣情に流されず・・云々って。俺って、高潔なんだからね?


「さて・・」


 まずは頭の骨を弄って、破片を元の場所へ移動させます。

 刺さったら駄目な場所に破片が刺さってるので治療します。

 変な血溜まりも治します。

 詰まった血の管も正常化します。

 頭皮を少しずつ圧して回り、ケロイド状の傷も治します。

 三角の獣耳も治します。

 頭から顔、首にかけて皮膚を治し、喉から胸元にかけて肌を再生していきます。

 それから、眼玉とその周りを慎重に圧していき、光源を見せて瞳孔の動きを確かめます。


「はいっ、静かに!治療はこれからだからね」


 目が見えたと騒ぎそうになるレナンをヨミに手伝って貰って押さえ付け、極めて自然な手つきで大きな乳房を持ち上げつつ心臓周りから腹部へと指圧を続けます。綺麗に割れた腹筋から下腹部へと指を這わせ、付け根ギリギリの所から太股の内側にある血の管を摩り、膝関節の周囲を確かめてから脹ら脛、そして足首へ。


「ん、じゃあ、俯せになって」


 何やら言いたげなレナンに、あくまでも治癒師として冷静な声を掛ける。

 普段からヨミとウルという、とんでも美人をおさわりしているのだ。俺の女体耐性は高レベルなんだぜ?

 いや、初めての女体は、それはそれで・・・じゃなくって!高潔なんだからなっ?

 俺の理性は半分以上残っているはずだ!

 まだまだ戦える!俺は冷静だっ!


「大丈夫、傷も毒も・・傷んでる内臓もすべて綺麗に治すから」


 俺は穏やかに声を掛けながら、じっくりと時間をかけて、大きく伸びやかな肢体の隅々まで指圧と按摩を繰り返していくのだった。この身体だと、もう裏表3往復くらい指圧をしないとイカンだろう。見落としとかあってはイカンからね。念には念を入れておかないと・・ね?

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