第38話 俺様、最高!
「あっ、リュート様!」
ルーキス商会の建物に入った途端、喜色満面に店員の女性が声をあげた。
ミニールの町だ。
俺達は久しぶりに人の町に戻って来た。なんかさ、色々あってさ、人の世界が恋しくなったのさ。
もうね、馬鹿犬のやらかしちゃった騒動のおかげでね・・。
ボク、頑張ったよ?
「会頭がいらっしゃってます!すぐに呼んで参りますから、お待ちになって下さい!」
忙しく言い置くなり、大急ぎで奥の部屋へと駆けて行った。
返事を返す間も無い素早さである。
「治癒師殿っ!」
見覚えのある大柄な体躯の女が勢い込んで走って来た。後ろから副会頭のマイルスがついて来る。
「何かあった?」
二人の顔に余裕が無い。
「それが・・ああ、いや、こんなところで立ち話も何だから奥へ・・いや、時間はあるだろうか?」
なにやら、支離滅裂である。
「ええと・・ウル、ジル達が戻るだろうから、ここで待っててくれ」
「分かりました」
丁寧なお辞儀をした狐耳の美人さんを残して、俺とヨミはラン・フィールについて奥の部屋へと向かった。
(あらら・・)
長椅子の上で、見覚えのある男が倒れていた。隊商の護衛隊を率いていた隊長だ。確か、ケニーとか言ったか。脇腹から腹部にかけて大きな爪のような物で貫かれている。刺さった爪をそのままに連れてきたらしい。
俺は、爪を手に持つと、ぽいっと引き抜いて治癒光で包んだ手を腹部へ当てた。そのまま脇腹にかけて治療を施していく。ついでに、傷めていた首の筋と太股の後ろの筋を治療した。
ここまで、わずか30秒足らずである。
「それで、話というのは?」
俺は引き抜いた長い爪を長椅子に立てかけながら、ラン・フィールを見た。
「・・・」
ランが何かを叫ぼうとしたのか口を開いたまま動きを止めていた。
「何?」
俺は隣のマイルスを見た。
副会頭も凍り付いたように動きを止めていた。
「ああ・・いや・・お嬢達がああなるのも仕方がねぇですよ。死にかけてた俺がこの通りだ。もう何処に傷があったのかさえ分からねぇんですから」
男が苦笑しながら立ち上がって自分の腹や脇を撫でている。
「ん?ああ・・これが用事だった?」
「そうだったんだけど・・本当に、とんでもない御人だねぇ」
しみじみと呆れた口調でランが呟く。
「世界一の治癒師だと言ったろ?」
ふふんと胸を張る俺の横で、ヨミが小刻みに何度も頷いている。
「いや、参った・・参りました。本当に世界一だと思うわ。こんなに凄い腕の治癒師が居るなんて聴いた事が無いよ。ねぇ、マイルス?」
「まったくです。ですが・・おかげ様で、我が商会は優秀な護衛役を失わずに済みました。何と感謝を申し上げれば良いのか」
マイルスが感に堪えないといった顔で息をついた。
隊商を率いての商取引は順調に終わったらしい。ただ、ミニールへ戻る途中、魔の森からはぐれて出てきた大爪猿の襲撃を受けて、何とか撃退はしたものの、隊長のケニーを初め、多くの護衛役が瀕死の重傷を負ったそうだ。
つい先ほど帰着したところで、町の治癒師などに使いを走らせようとしたところに、俺達がふらっと現れたという事だった。
「じゃあ、その人達もささっと治療してしまおう」
のんびり話をしている場合じゃ無いだろうに・・。
治療は早ければ早いほど簡単だ。
「えっ?あいつらも治してくれるのかい?」
「まあ、何でも良いから、さっさと終わらせよう。ほら、俺も色々忙しいし・・この後も用事が山積みなんだからな」
「う、うん・・まさか、治癒師様が全員の治療をやってくれ・・下さるなんて」
俺の気が変わるのを心配したのか、ランが急ぎ足で店の裏手へ続く扉をくぐって案内に立った。
連れられて入ったのは、納屋のような造りの建物だった。大勢の怪我人が死を待つ顔で横たわったり、壁に背を預けて座ったりしている。血や膿の臭いが酷い。
放っておけば、半分は今日中に冷たくなるだろう。
「じゃ、あんたからやろう」
手前で倒れていた男を手早く治療する。そのまま、隣で座っている二人をぽいぽいと治療し・・。ほぼ流れ作業で、23人の手当を完了した。
「ええと、そういう訳で、治癒師様が手当をしてくれる事になったから・・・ああ、うん、良いよ。みんな治っちゃったんだよね?」
ランが笑おうかどうしようか迷った顔をして、結局、腰に手を当てて溜息を盛大に漏らした。
何が起こったのか、ようやく理解が追いついた男達が歓声をあげて自分の身体を触ったり、動かしたりして互いに肩をたたき合って喜んでいる。
「そ、そうだ・・隊長は?」
男達の一人が慌てた声をあげた。
そこへ、ケニーが頭を掻きながら入って来た。
歓声だか驚きだか分からない、男達の大音声が建物を揺るがした。
「そういう訳でな、こちらの先生に治して頂いた。あっさりとな」
「ふっ・・俺の指にかかれば、あんな怪我なんか転んだ擦り傷と変わらないんだぜ?」
にんまりと笑いながら、両手の指をワキワキと動かしてみせる。
警護隊の男達の笑顔が良い。男のくせに、生還した高揚感でやたら輝いて見えやがる。
良い顔してんじゃねぇか。
あぁ、なんか呑みたくなってきちゃった!騒ごうぜ?呑んじゃおうぜ?
呑んで、駄犬の事なんか忘れちゃおうぜっ!こう、モヤモヤした疲れを吹き飛ばそうぜっ!
行っちゃう?酒場へ突撃しちゃうかぁ?
「ようし、みんなに質問だぁ!」
俺は声を張り上げた。
いきなり何事かと、居並ぶ男達が耳を澄ます。
「世界最高の治癒師は誰だぁーーー?」
「まともな治癒師なんざ・・あんたぐれぇしか知らねぇぜ」
戸惑い顔で近くの男が答える。
「俺の名は、ユートだ!ユート・リュートが世界最高の治癒師だっ!そうだろうっ?」
「おおっ!あんたが一番だっ!世界最高だぁっ!」
ようやくノリに気付いた男達が声を張り上げた。
「聞こえねぇ!誰が最高だぁーーーー?」
調子に乗った俺が、声と一緒に拳を突き上げる。
「ユートだ!あんたが最高だぁ!最高の治癒師様だぁ!」
強引な俺のふりに、ノリの良い男達が大唱和をした。
「ようし、ケニー隊長の快気祝いだ。酒場へ繰り出すぞぉ!俺のおごりだぁ!酒という酒を根こそぎ飲み尽くそうぜぇ!」
「うおぉぉぉぉぉ!」
本気の大絶叫が起こって建物がみしりと揺らいだ。
「さあ、行こうぜ!」
俺は呆れ顔のケニーの背をばしばし叩いて歩き出した。
「あははは・・良いねぇ!久しぶりに呑もうか!」
ランが豪快に笑いながら、同じようにケニーの背を叩く。
「ちょっ、お嬢、痛ぇよ!」
「お頭ぁ!行きましょうぜ!せっかく生き返ったんだ!」
わいわいとはしゃぐ男達に揉まれながら、俺達は大通りの酒場へと雪崩れ込んだ。何か言い掛けた店主の前に、革袋ごと金貨をどしりと置いて黙らせると、さらに隣に、もう一袋、ランが金貨の袋を置いた。男前なんだぜ!
「これより、死に損なったケニーを肴に、倒れるまで酒を呑む会を開催するっ!酒場を出る奴は敵前逃亡と見なすぞぉ!」
ランが声を張り上げた。
男達の興奮しきった声が大通りまで響き渡り、町の衛兵まで駆けつける騒動となった。
ごめんなさい。
ちょっと騒ぎたい気分だったんです。ヤクトとか、駄犬とか、地雷犬とか・・。あいつの尻ぬぐいで心が疲れ切ってたんだ・・。
ボクは、悪くないんだ・・。
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