第37話 ヤクト・ノームの悲哀

 会議が開かれている・・・らしい。


 俺は蚊帳の外だ。

 いや、仲間はずれにされたわけじゃなく、どうにも居心地が悪いので離れている。


 議題が怖い。


 議題は、和やかに表現すると、「衛士ヤクトをどうするのか?」である。


 別の衛士を捜すべき・・。


 見込みが無いので放逐リリース


 故郷へ帰して墓守を命じる。


 どれが誰の発言かは伏せさせて貰うが、当初の過激な発言は鎮まり、今はこういった感じになっていた。


 俺は寝台に寝そべったまま、ちらちらと視線を遠くで正座している駄犬ことヤクト・ノームへ向けている。獣人は耳が良い。離れていても、しっかりと聞こえているはずだ。


 ヤクトは眼の光を失い、虚ろな表情のまま自分の膝頭を見つめていた。

 そよ風でも、吹けば倒れそうな頼りない雰囲気である。


 ・・やれやれ、


「ああ・・ちょっと良い?」


 俺は女達に向かって声を掛けた。

 

 ぴたりと会話を止めて、ヨミ達が振り返る。

 

「ユート様?」


「衛士の役を解任して、下僕にでも落としたらどうかな?」


 俺はあえてジスティリアだけを見た。


「庇えるほどに、あいつの事は知らないが・・罰を与えるだけでなく、機会も与えてやるのが主人というものじゃないか?いや・・まあ、俺なんかが偉そうに言えた事じゃあ無いんだけども」


 一度の失敗で、これまでの全てを否定するのは可哀相だろう。

 色々とやらかしているのかも知れないが・・。


「俺達に助けを求めた・・その一点は評価してやるべきじゃない?」


 言うだけ言って、俺は元の姿勢に戻って寝転がった。三人の女達が何やら嬉しそうな表情を浮かべたからだ。

 

(ちぇっ・・乗せられちゃったか)


 厳しい会話を聞かせて、俺から寛容な言葉を引き出そうとしていたらしい。

 

「違います!ユート様っ!」


 ジスティリアが慌てた声をあげて駆け寄ってきた。


「違うのです!そんな・・そういうことなど考えておりません!」


「・・そう?」


 俺は寝転がったまま、ちらっとジスティリアの顔を見た。

 俺の邪推?

 俺はウルの方を見た。

 ウルが人差し指をそっと口元に立てて見せる。目元が悪戯っぽく笑っていた。


「・・ですよねぇ」


「えっ?ええっ?」


 ジスティリアが慌てた声をあげて、ウルを振り返った。

 乗せられたのは、吸血鬼の娘さんも同じらしい。


(化かし合いで、狐さんには敵いません)


 俺はごろりと向きを変えて女達に背を向けた。まあ、元から敵う要素など何処にも無いのだったが・・。

 ほら、俺って美人さんには弱いじゃん?


「まあ、とにかく、ヤクトを許してやろうよ」


「ユート様がそうお望みならば文句など御座いません」


 ヨミの静かな声音が聞こえる。たぶん、3人の中で、彼女だけは本気でヤクトを切り捨てようとしていた。そして、たぶん、この場で唯一、ウルの思惑に流されていない。


(・・ん?あ・・あれ?)


 俺はもう一度寝返りを打ってジスティリアを見た。


「もしかして、俺の思ってることが分かる?」


「え・・は、はい」


 バツの悪そうな顔で、ジスティリアが俯いた。


「アンコ」


『オヤブン?』


 黒い玉がふわりと姿を現した。


「心を読まれない方法って無い?」


『ココロ キモチ?』


「まあ、そんな感じ。考えてることとか・・」


『セイシンタイセイ アゲル』


「ほう?」


『セイメイジュ シッテル ナエギ モラッテクル』


「頼むぞ」


 俺はアンコを送り出した。

 16歳の少年には秘密にしておきたい感情とが劣情とかがいっぱいなのだ。覗き見厳禁なのである。


「ええっ?ユート様は、16歳だったのですか?」


 幼い女の子が仰天して声をあげた。


 ええ、ええ、どうせ老け顔ですよ。20代半ばとかよく言われますとも・・。

 体格もそれなりですし?背も高めですし?でも、まだ髭とか無いですよぉ?肌もぴちぴちですよぉ?ばっちり少年期ですよぉ?


「御免なさい!」


 真顔で謝罪されてしまった。


「まあ、良いや。こんなだけど、16歳だから覚えておくように」


 そう、俺は度量の広い男なのだ。


「ヤクト、こちらへ来なさい」


 ウルが遠くで畏まっている銀狼種の男に声を掛けた。こちらのやり取りが聞こえていた証拠に、尻尾が忙しく振られている。俺の方を見る眼は、神を崇めるがごとき熱を帯びていた。

 早足に近づいて来て地面に跪いたヤクトを、ジスティリアが両腰に手を当てて無言で見下ろしている。


「ユート様から恩情ある御言葉を頂きました。衛士の任は解きますが、下僕として仕えることを許しましょう」


「はっ!感謝致します!・・ユート様、このご恩、我が身、我が生ある限り忘れませぬ!」


「まあ、頑張れよ」


 俺は寝台に寝そべったまま、ひらひらと手を振った。


「それで確認なのですが、ウル・シャン・ラーン様がユート様の奥方様という事で宜しいのですよね?」


 ヤクトが地雷を踏み抜いた。いや、自分で地雷を置いて自分で踏んだ。

 まさかの自殺願望者でした。君の身も、君の生もここで終わりかもしれません。


(うっ・・)


 ヨミの双眸が絶対零度アブソリュートゼロだ。冗談で無く周囲の気温が下がったようだった。ウルが頭痛をこらえる顔で額に指を当てている。


 ヤクトの耳と尻尾が気弱そうに垂れさがり、怯える視線が救いを求めて俺の方へと向けられる。


「無理です」


 俺はきっぱりと宣言して寝返りを打った。


「ここで、処分しますか?」


 ジスティリアが小さな声で訊ねたのが聞こえた。誰に訊いたのかは知らないが・・。


「ああ、今回に限り、死なない程度で許してやって!」


 俺は背中を向けたまま叫ぶように言った。

 誰か助けて・・。

 うちの女共が剣呑過ぎます。犬が馬鹿過ぎます。


(アンコ、早く戻って来てくれぇ!)

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