第34話 訪問者
「あぁ・・良い子ちゃんは疲れた。もう駄目だぁ」
俺はふかふかの寝台に埋もれて唸っていた。
紳士っぽくキャラ作りをして町の人に接していたんですが、もう無理です。
疲労困憊、青息吐息でございます。
申し訳ありません。背伸びをし過ぎました。
「そうですねぇ」
魔導書を読んでいたウルが静かに微笑んでいる。ふんわりと柔らかに身を包む淡い緑色の長衣を着ていた。腰にはミスリルの細鎖を巻いている。
「獣人の軍事キャンプの・・あの時のユート様の方がよろしいかと」
ヨミの方はベージュ色の乗馬ズボンに細身の長靴、純白の絹シャツに、ゆったりと丈の長い黒色の上着を羽織っていた。あれで、楽な服装らしいが・・。丈の短いスカートとか穿いて下さっても宜しいんですよ?いや、ズボン越しでも脚の線は素敵なんですけどね?肌色が見えないのが・・。
「だよなぁ、俺は地金がこんなんだからなぁ。もうね・・紳士は辞めました。紳士廃業です」
寝台の上で唸りながら転がる俺を横目に、ヨミがくすくすと笑っている。
日差しの穏やかな昼下がりだった。
窓から差し込んでくる陽光はさほど強くもなく、風に翻るカーテンの影を床の上に遊ばせている。
「冷やした蜂蜜酒はいかがですか?」
「頂きます」
俺はむくりと身を起こした。
このところ、名医としてもてはやされ、ルーキス商会で歓待されたり、治療した患者が元貴族だったりして、あちらこちらで上流階級っぽい接待を受けたり・・と、完全に分不相応なお付き合いに奔走していた。
ボク、もう疲れたよ。
(あ・・美味しい)
ヨミに作って貰った冷たい蜂蜜酒がイガイガした気分を和ませてくれる。
「もう一杯下さい」
俺は空になったグラスを差し出した。
「はい」
すでにお代わりが用意してありました。
出来る女は違うんだぜ。
「ユート様」
ウルが窓の方を指さしている。
(・・誰か居る?)
ウルの指の感じからして、窓のやや上方のようだ。
「・・ったく、用があるなら、ドアから来いよなぁ」
俺は寝台の上で胡座をかいて愚痴った。
しばらく沈黙が続いたが、
「害意は無い」
潜み続ける事に諦めたのか、低く掠れるような声がどこからともなく降ってきた。
「当たり前だ。俺に害意とか向けたら、うちの美人さんにサクッと狩られちゃうよ?」
「・・失礼する」
一言断って、窓からするりと痩せた男が入って来た。すらりと背丈がある、革鞭のような引き絞れた体付きの男だった。獣耳と尾のある獣人だ。銀色の髪に、金色の瞳、褐色の肌をしている。
「ヤクト・ノームだっけ?」
俺はウルを振り返った。
「ええ・・森で樹の上から覗き見をしていた人ですね」
ウルが魔導書に栞を挟みながら立ち上がった。
気がつくと、痩身の獣人は蒼白になって眼を見開いていた。
「なに?」
「我が名をどこで?」
自分の名を知られていた事に恐怖したらしい。
「そういう魔法があるんだ」
実際はアンコの特殊技能だが・・。
「そう・・なのか。そうか・・名まで知られていたとなると・・」
痩身の獣人が俯いて何やら呟いている。
「何の用?」
「治療をお願いしたい者がいる」
「どこに?」
「場所はまだ言えぬ。私の主筋にあたる方だが、許しを得ずに来ている」
「ん?他の医者に診せたことは?」
「ある・・だが、その治癒師は亡くなった」
「・・へ?」
医者が死んだ?殺された?病気がうつった?
「呪いの可能性がある。恐らくだが、呪いと病の両方なのでは・・と」
「ふうん・・」
俺は腕組みをして唸った。
治せるだろうとは思う。今の俺なら、呪いだろうが病気だろうが問題無い。
ただ、俺が頑張る必要があるかな?こんな胡散臭い訪問の仕方をする奴なんか相手にしない方が良さそうだが・・。
(・・断ろっかなぁ?)
ちらっとそう思った時、
「ユート様に足を運んで頂きたいなら、すべてを詳らかに説明なさい」
いつの間にか、ウルが近くに立っていた。俺が座っている椅子の後ろに立って、窓辺の男を見つめている。
まるで、今にも断りそうだった心を読んだかのような物言いに、俺は肩越しに狐耳の美人さんを振り仰いだ。
「お断りになるおつもりでしょう?」
ウルが蠱惑の瞳で優しく見つめてくる。
「う~ん・・どうしよっかねぇ」
俺は頭の上で手を組んで天井を見上げた。
「白状しますと、ユート様には治療をお引き受け頂きたいと思っております」
「ふむ?」
「ただし、その者が誠意を持って全容を話したならば・・という前提ですけどね」
ウルの双眸が窓辺の男へ注がれた。
同じ獣人として、これが精一杯の援助だと、その眼差しが告げている。
なお、しばらく逡巡した後、
「・・我が主は魔人だ」
男が静かに口を開いた。やっと気持ちを定めたらしい。
「旧世において、平人より吸血鬼などと呼ばれて怖れられていた」
「吸血鬼って、若い女の血を吸って回るっていうやつ?」
「私は古くから主家にお仕えしている銀狼種だ」
「その吸血鬼の人が病気?」
「・・死病あるいは死に至る呪いかと。しかし、不死ゆえに、死と蘇生を繰り返しておられる」
「うわぁ・・それは下手な拷問より酷いな」
ちょっと想像して背筋が寒くなった。俺なら気が狂う。
「原因は?」
訊いたのはヨミだった。
不意の声に、男の痩せた体が微かに震えた。ヨミが静かに窓辺へ移動して、男の斜め後ろへ回り込んでいた事に気付いていなかったらしい。
「信じて貰えるかどうか・・・ある日、いきなり砲撃を受けた。まだ旧世の頃・・。そして、見たことも無い形をした霊鎧が上空から襲ってきた。我が主は大いに奮戦し、霊鎧を何体も屠った。しかし、空から光を照射されて、何かを御身に撃ち込まれた。それからだ・・」
「砲撃されてからの・・霊鎧?」
俺はヨミとウルへ視線を向けた。二人がそれぞれ小さく首肯して見せる。
「あんた達、北に居たのか?」
「いや・・我が主は、平人との接触を嫌って、南の果てにある氷の島で隠棲していたのだ」
「・・なるほど」
確かに、あの"赤頭"は極北だけでなく、南極がどうのと言っていた。
・・・言ってたよね?
あれ、南なのに氷の島があるのか?南って暖かいんじゃないの?
「なぜ、北と?」
男が訝しげに俺を見た。
「俺達は北で同じような攻撃を受けた。空飛ぶ島みたいなのから砲撃をされ、やけに細身の霊鎧が大量に降って来た」
まあ、氷で閉じ込めて、ヨミが射的の的にしたのだが・・。
「あれに狙われて無事に?・・いや、あの島は北へも現れたのか?」
「ええ・・私達の同胞はかなりの被害を受けました。こちらの、ユート様がいらっしゃらなければ、為す術無く全滅していたでしょう」
ウルが俺の肩に手を添え置いた。これは、もう治療しなくちゃいけない流れだ。どういう訳か、今回は狐耳の美人さんが推してくるようだ。
「うん、あんたの主人を治療しようかな」
俺は苦笑しながらも治療を引き受けることにした。
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