新世界遊戯 ~神の指で天下盗り~

ひるのあかり

第1章

第1話 軍医じゃありませんよ?

「あんたが、新任の軍医さんかい?待ちくたびれたよ、なんだって、こんなに時間がかかったんだい?」


 着いて早々に、防寒着で着ぶくれした大女に荷物ごと腕を掴まれて引きずられるように連行されていた。身長が2メートルありそうな大女だ。彫りの深い男前な感じの端正な顔に、猫科の獣のような瞳孔をした双眸が険しい。


 乗ってきた大型の車を降りた途端の出来事である。

 雪面で道がろくに見えず、運転に必死で注意を払っていなかったが、乗ってきた大型車はどうやら軍医を乗せた車両だったようだ。


(誰も乗って無かったんだけどなぁ・・)


 何となく車を振り返りながら、引きずられるままに野戦用の大型テントに連れ込まれてしまった。

 正直、不眠不休で運転していたせいで精も根も尽き果てており、地面を踏む足が頼りない。

 寒さで口も思うように動かせず、顔全体が凍ったんじゃないかと心配していた。ほぼ吊るされるような格好だが、建物の中に運んでくれたのは助かった。

 俺は16歳という歳の割りには背丈があって大柄な方なのだが、この大女は片手で吊り下げていた。


「車から、医療道具を持ってきたよ」


 そう言って、黒革の大きながま口鞄を押し付けられる。

 さあやってくれと、指さされた先には、血がにじんだ包帯を巻かれただけの男達が並べられていた。

 風が当たらないだけで、寒さは多少和らいだが凍った手袋が脱げるまで時間がかかりそうだった。何がなんだか分からないが、医者の真似事をやるのは初めてじゃない。指圧や按摩の方が本業だったが・・。


 ぼんやりとした足取りで、負傷者達の間を歩きつつ観察してゆく。


(獣人ばかりだな)


 尻尾と獣耳のついた者しかいなかった。

 医方導師のような治療の魔法は使えないし、正直なところ、血も得意じゃなかったが、医者もどきをやらないと食えないことが多く、モグリで治療っぽいことをして日銭を稼いだこともある。

 切り傷や骨折くらいなら、何とかなるだろう。


(・・・なんて思った俺を殴ってやりたい)


 肉を抉られ、骨が砕け、火傷して、木石や金属の破片が刺さっている者ばかり。

 場所も、手足はもちろん、顔、頭、首に胴体・・・と幅広く、直視できないような状態だった。


(まあ、やれというなら、やりますけどねぇ・・・駄目だと思うなぁ)


 心の中でボヤキつつ、黙々と手を動かす。

 包帯を解いて、傷口を探査して、血肉以外の異物を取り除いて受け皿に載せ、適当に消毒液をまぶして、砕けた骨があれば取り出して捨て、太めの血管が切れたり裂けたりしていたら、刺繍するように縫ってしまう。


「ありゃ、消毒液が無くなるな」


 ドボドボかけてれば当然だ。

 薬が無くなったからもう無理かなぁと、さりげなく休憩しようとすると、


「車から取ってきておいた」


 と、軍服の女が薬瓶を差し出した。

 先ほどまでの大女と交代したらしい。なんとも、愛想の欠けた冷んやりとした目付きの若い女だった。美人さんぽいけど、鑑賞している暇が無い。


「・・・どうも」


 がっかりしながら受け取って、治療再開である。

 結局、一睡も出来ないまま、83人を治療するはめになった。


「誰か、ヤバそうなら、起こして」


 傷病者の寝かされている毛布に崩れるように横になると、すぐに鼾をかきはじめた。

 そして、 すぐに揺り動かされた。


「一人死にそう」


 軍服の女だった。

 案内されると、確かに男が死にかけていた。


「よいしょ」


 重たい鞄を開けて気付薬を取り出し、注射器に吸わせて欠伸をしながら腕の辺りへ射つ。

 後ろから抱えるようにして座らせると、冷え切った首筋を指圧しながら、背中のツボを押して回った。


「う~ん・・・生き残ったっぽいね」


 不満そうにも聞こえる呟きを漏らすと、痛みで呻く男を脇へズラして隙間に身を入れ、即寝息をたてる。


 そして、また起こされた。

 さっきの男が無事に息をしているのを横目で見ながら、手をひかれ連れていかれた場所には女が寝かされていた。


「どうも、気持ち悪いオブジェだね」


 窓枠のような金属が脇腹から背中に貫き抜けていた。

 横に女が一人頭から血を流して倒れている。屈んで診ると、もう死亡していた。

 金属棒が生えた方は、まだ息がある。


「これで、よく生きてるなぁ」


 素直な感想を口にしつつ、


「金鋸ある?」


 軍服の女を振り返った。


「ある」


「じゃ、持ってきて。引き抜くから」


「・・分かった」


 女は早足に出て行って、すぐに金属用の鋸を手に戻ってきた。


 金属の切断や加工は得意分野だ。鼻歌混じりに金属棒を切断すると、無造作に引き抜いた。

気付薬を注射し、見るからに適当な感じで腋を押さえたり、首筋の側面を押したりしながら、腹から背に空いた穴をゴソゴソといじくって、文字通りに縫ったり貼ったりしてから、ドボドボと盛大に消毒液をかける。


「まだ生きてるかな?」


 女のまぶたを開かせ、呼吸を確かめると、手の指先から腕、肩、首筋、頭の付け根・・・と指で押してまわり、今度は足先からふくらはぎを念入りに押す。生きている女の身体をこれだけ触ったのは、久しぶりの事だった。おまけに、若くて結構な美人さんだった。


(ついてるね)


 血の気の無かった女の顔にわずかに赤みが戻ってきた。呼吸もはっきりして、痛みで身体を引攣らせたりし始める。辛そうに歪められる美貌と、女の匂いが若者の冒険心をぐいぐい刺激する。

 軍服の女の眼が無ければ、違った所を撫でたり摩ったりしちゃうところだ。


(・・・ふっ、死にそうな女に欲情とか、自分にドン引きするぜぇ)


 女に血色が戻ったところで増血だ。

 血の巡りは良くなったが、そもそも血の量が足りてない。


「う~ん・・・」


 鞄を漁って薬瓶を取り出しては、ラベルを見るが本来の持ち主が相当な癖字でまるっきり読めない。


(多分、どっちかなんだよなぁ)


 2つに絞り込んだ薬瓶を見つめて唸る。


(こっち・・・?)


 右の瓶をつまみかけ、


(・・・やっぱ、こっち?)


 どちらかが、血を増やしてくれるはずなのだ。


(まあ、両方いっとく?)


 いい加減な事を考えつつ、結局は左に置いた瓶を選んで注射器に吸わせた。

 間違ってたら、もう片方も射てばいいじゃない?とか、考えている。

 

 俺の名は、ユート・リュート。

 本名とか知らない。場末の花街で生まれて、ドブ川に浮かんだ小舟で育った。

 リュートというのは、そのドブ川の名だ。

 歳は16歳くらい。

 

 医師ではない。

 もちろん、医法導師でも治癒師でも無い。

 ドブ川の小舟で、売れ残った立ちんぼやら、腰を痛めちゃったお客さんの腰やら背中やらを揉んでお金を貰っていた事はある。なので、指圧・按摩などは得意だ。

 注射器の扱いとかは別の用事で覚えた。


(責任は取りませんよぉ)


 俺は疲労と眠気で朦朧としたまま女の腕に注射器を当てた。

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