ささやかなきっかけ

湯煙

第1話 出会い

 「隆平はお盆で帰省? 」

 「ああ、たまには顔見せないと母さんが五月蠅いから」


 お盆休みを利用して数年ぶりに故郷へ戻った。

 この地で暮らしてる時から付き合いのある友人から聞いて、幼なじみ立花裕美たちばなゆみがホステスとして働いてるスナックで飲んでいる。

 裕美は家が近所で小学中学とずっと同じクラスだった。

 

 「隆平は全然変わらないね。あんたのこと知ってる同窓生なら顔見たらすぐ判るんじゃない? 」

 「そうみたいだ。今日も駅前歩いていたら高橋先生に呼び止められたよ。卒業してからだから、そろそろ十五年も経つのにさ」


 担任ならまだしも、中学生時代、国語の時間にだけ顔を合わせてた高橋先生が俺を覚えていたのは意外だった。


 「へえ、高橋がねえ……」

 「ああ、そんなにインパクトある生徒じゃなかったと思うんだけどな」


 グラスを手に取りスコッチ……ジョニーウォーカーの黒をトクトクと注ぎ、氷を足して銀のマドラーで軽くステアして俺の前に置く。

 裕美にマスターが近寄ってきて何か耳打ちした。


 「ごめんね。呼ばれたから行ってくる。また寄ってね」


 マスターも「すみませんね」と謝罪の言葉を言って居なくなる。

 他の客から声がかかった裕美が去ると、別のホステスが来た。


 「裕美さんの幼なじみなんですってね? 咲恵さえです。宜しく」


 グラスを少し持ち上げて挨拶してから「何か頼んだら? 」と伝える。

 「じゃあ、ジンジャーエールを」と言って、数人離れたところで客と話してるウェイターに声をかけた。


 その様子を見ながら、煙草を箱から一本取り出し咥える。咲恵さえがライターの火をつけ目の前に出してきた。


 「ごめん。他人に火をつけられるの苦手なんだ」

 「ああ、いいのよ。そういう人たまに居るから」


 一言断ってから自分のライターで火をつける。

 ライターを手元に置き、ウェイターがジンジャーエールを持ってくる様子を見て、「はじめまして」と咲恵さえとグラスを合わせる。

 咲恵さえは何かに気づいたように顔を近づけてきた。

 微かに香る香水の匂いが咲恵さえの存在を強く意識させる。


 「ねえ? あなた学生時代バス通学してなかった? 」

 「ん? 冬はバス通学だったけど? 」

 「南万田町で乗ってなかった? 」

 「そうだけど……乗ってたの? 」


 俺をマジマジと見ながら、驚いている。


 「変わらないのねぇ……」

 「先ほども、俺が昔とちっとも変わらないって話してたんだけど、今日はそういう日なのかね」


 グラスに口を付けて喉を通る酒の熱さを感じながら、咲恵さえの顔を見ていた。

 目鼻立ちのはっきりとした整った顔立ち。

 口元の小さなほくろが紅の唇を強調していて艶めかしい。

 やや派手と受け取られがちな作りだが、美人なのは間違いない。

 

 ――ああ、何となく見覚えがある。


 若く見えるけれど俺と同年代だろうから、三十歳前後。

 田舎のスナックでよく見るホステスらしい薄いピンクのスーツ。

 胸元がやや広めで目のやり場に少し困りそう。


 「あなた、私服で通ってたから私立の男子校に通ってたんでしょ? 」

 「ああ、そうだよ。あと名前言ってなかったね。俺は真田隆平。隆平でいいよ」


 俺は名刺を渡して、咲恵さえの顔を見ながら高校時代を思い出していた。

 

 確かに咲恵さえには見覚えがある。

 バス通学の話をしていたから、通学時に会ってたんだろう。

 だが、当時の俺には気になる女の子が居て……黒いショートヘアの大人しめに見える子のことしか覚えていない……。


 バスで見かける程度で言葉を交わしたこともなかったし、告白して……というところまで気に入っていたわけでもなかった。

 名前も知らない彼女のセーラー服姿を思いながら、彼女といつも一緒に居た咲恵さえのことも思い出していた。


 「じゃ、遠慮無く。あの頃の隆平は私のこと見てたでしょ? 」

 

 はぁ? いや、見ていたのはあなたじゃないとつい口に出しそうになったがなんとか飲み込む。


 「……どうだったかな……。何せ男子校通ってたから同世代の女の子はみんな眩しかったからねえ」

 「ううん、見てたって。いつも目が合っていたもの」


 うーん、自意識過剰な子だったんだな。


 「そうかい? だったら気になっていたんだろうね」

 「昔のことなんだし、素直に言えばいいのに」

 「ハハハ」


 笑って誤魔化し、再びグラスを傾けて喉を潤す。


 「いつも玲奈れなにからかわれたんだから……。いつ告ってくるかなって思っていたのに」

 「そうか。俺はきっと根性無しだったんだろうな」


 玲奈れなとは多分一緒に居た子……俺が気になっていた子だろう。でも、今更会いたいわけでもないし、目の前の咲恵さえの機嫌を損ねるかもしれないことを言うのは馬鹿らしいと確認せずに流した。


 「フフ……隆平の学校は進学校でさ、私の通ってた商業高校から見たら違う世界を歩く人達が通うところって思っていて……告られたら付き合ってたかもしれないのにね」


 咲恵さえの口ぶりには残念そうな感じはしない。クリッとした瞳に茶目っ気を感じたから俺の反応を試そうとしているのだろう。


 「へえ、ガリ勉なんか相手にされないと思ってる奴らが多かったけどな」

 「そうね。無駄に突っ張って格好つけてた子も居たわ。でもそうじゃない子も居たよ」

 「ふーん、若いときの俺に教えてやりたいね」


 しばらく昔話……と言っても、どこそこにあった店が今では違う店になってとかそんな話をした。軽い酔いを感じて、俺は腕時計に目をやる。


 「いつまでこっちに居るの? 」


 俺がそろそろ帰宅すると察したのだろう。

 滞在期間を確認してきた。


 「あと三日は居るから帰るまでにもう一度は来るよ」

 「携帯の番号登録しといていい? 」

 「ああ、構わないよ」

 

 カウンターに置いてある俺のスマホを手に取り、手慣れた手つきで操作している。お客としばしばやり取りしてるんだろうなと漠然と見守っていた。

 俺から彼女にかける用は無いし、彼女からかかってくるにしても「客として店に遊びに来て」という話だろう。

 気が向けば来るし、そうじゃなければ来ないだけのこと。

 咲恵さえに番号知られていようと問題はない。


 「はい」

 

 スマホを俺に手渡して


 「本名も入れておいたから。じゃあ、お会計の準備するね」


 咲恵さえはウェイターのところへ伝票を持って行った。

 渡されたスマホを確認すると『相沢瑠美』と見知らぬ名前が登録されていた。


  

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