第二十八話 勿忘草の記憶・3 

「やれやれ。まだあれから大して時間も経っていないというのに……」

 刹那、貫かんばかりの鋭さを帯びていたガラハッドの口調が唐突に甘くなり、ユダは大きく目を見張っていた。

夕餉ゆうげには早い気もしますが、腹持ち具合は如何ですか?」

 今の、誰に言ったんだ……?

 それは空耳を疑うほど微かな呟きで、ユダでも異形でもない、傍らの何者かに向けられたものであることは間違いないと感じた。

 露骨な敵意はなく、しかしそこには、およそ親しみからは程遠い〝確執〟めいたものが漂っている。薄っぺらな敬意でもって、はち切れんばかりの苛立ちと嘲弄とを包み隠しているかのような、ひどく上っ面な距離感をおぼえたのだ。

 とにかく、確かめなくては。

 口許から零れ出た泡を掻き分け、詰め牢の側壁へどうにかへばりついたユダは、不鮮明な地上の景色に目を凝らす。

「何だ、あれ――!」

 漏れ出た声はたちまち濁った水音に飲まれ、文字通り泡と消えていったが、それに気付く余裕さえなく、ユダは眼下の光景に目を奪われていた。

 相棒の背後に、四角い何かが佇んでいる。

 それは細長く扁平な板状のもので、相棒の背丈よりも一回りほど大きい。

 闇を押し固めて作られたかのような、真っ黒い〝板〟がそこにある。さらによく目を凝らすと、板の端には〝取っ手〟と思しき、金具のようなものが取り付けられているのが分かった。

 もしかすると、あれは。

 ぴんと閃いたのは、おおよそ場違いな光景ビジョンである。ユダの目にはどうしてもあの板きれが、〝ドア〟のように見えて仕方がなかったのだ。何もない砂地の上に、一枚きりの扉板がぽつんと佇んでいる様は、異様の一言に尽きる光景であった。

 まさか彼は、あの扉板の向こうにいる誰かと話しているのだろうか――そう考えてすぐ、ユダは自らのイメージを真っ向から否定した。

 何を馬鹿な、そんなことがあるものか。正真正銘あの板は、ただの一枚きりで立っている。板の前にも後ろにも、人影などひとつとして無いというのに。

 だが己の何処かが、その道理に強い違和感を示している――これほど判然とした光景でありながら、それを迂闊に受け入れてはならないと警告されているような気になるのだ。

「どちらにせよ、このままではらちがあかない。体力不足は否めませんが、ここはあなたの力をお借りすることにします。よろしくお願いしますよ、

 言い終えた途端、ガラハッドは革手袋に包まれた指先を軽快に弾いた。

 それは彼が、編み上げた魔術の発現時に決まって行う、小さな〝儀式〟のようなものだ。その所作を皮切りにして、どこからか錠の回る音と思しき厳かな金属音が響いてくる。

 その瞬間、下方に立ち込めた空気が気配を塗り替える感触があり、ユダは反射的に扉板を見遣っていた。激しい冷感が四肢を疾り抜け、肌という肌を粟立たせてゆく。胸の真ん中が、ひときわ大きく跳ね上がるのを感じた。

 何かが、来る――!

 膨大な質量を備えた何かが、扉板の片側にねっとりと纏わりつく気配があった。

 鈍い軋みとともに、黒塗りの扉が少しずつ開いてゆく。するとそこからは、想像を絶する世界が顔を出したのである――

 扉枠の向こうに現れたのは、無限に広がりゆく夜であった。闇を溶かした絨毯のそこかしこに、色とりどりの星々がさんざめいている。それはまさに、先ごろ相棒とふたり、樹上の楽園から仰いだ〝星空〟そのものであった。

 だが星河の輝きに見惚れていたのも束の間、そこから得体の知れぬ何かが這い出してくるのを目の当たりにした途端、ユダの全身は金縛りのように硬直し、微動だにしなくなっていた。

 細長い白銀の発光体が、ぬらりと扉枠にしがみつく。それが人の手のようだと感じたのは、ほんの一瞬のことであった。それはまるで流れる水、あるいは風に吹かれた煙のようにひどく流動的で、瞬時に形を変えてしまうのだ。

 やがて、そのと思われる大きな塊が這い出してくる。風圧の音に似た奇怪な唸り声をあげ、それは扉枠からほとんど滴り落ちるようにして、ぼとりと着地した。その様は生き物のようにすら見えなかったが、ユダはあれこそガラハッドが《女神》と称し、語り掛けていた〝何か〟であると直感していた。

『ああ――どうしてあなたが、こんなところに――?』

 すると、先ほどまで激しく憤りを露わにしていた異形の声音が、突如として柔らかくなるのを感じた。這い寄る光の塊を呆然と見つめた彼女の表情は、まるで愛しいものと相対しているかのように安らかで、恍惚としてさえ見える。

 あの光の塊が、敵意をもってけしかけられたものであることは明らかだが、どういう訳か彼女はそれを綺麗さっぱり忘れてしまっているらしい。

「言われなくたって護るさ。たとえどんな手を使おうとも、彼女は僕が護ってみせる」

 相棒の発言に呼応するかのように、正体不明の光の怪物が、無防備に立ち尽くす異形の体表へ取り付いた。抗う気配すらなく塊の中へ飲み込まれた異形は、それでもまだ魅入られることをやめていないように見えた。

 ――やがて。

 愛おしげに光を抱いたまま、異形は微かな音すらも立てず瞬時にして七色の塵と化し、安らかに散り落ちていった。


 不意に、身を切るような鋭い風を感じたことで、ユダはいつの間にか自身が補虫器の拘束を逃れ、葡萄色の液体とともに地へ叩きつけられていたことを自覚する。

 虹色の乱れ舞う中に、獲物を喰らい終えた〝それ〟が佇んでいる。

 唖然としながら再びユダが見つめると、〝それ〟は唐突に煙のように揺らぎ、大きく形を変えていた。

「え――?」

 直感的に、と思った。

 そう感じたのとほぼ同時に、〝それ〟はもうユダの目前にまで距離を詰めていた。

 風に揺蕩たゆたう、しなやかな長髪。

 悩ましげな膨らみとくびれとを備えた、華奢なボディーライン。

 か細い指先が、ユダの頬へゆっくりと伸びてくる。

 そのあまりの美しさに息を呑んだユダは、瞬きすらも忘れて〝彼女〟の抱擁を受け入れようとしていた。

 しかし。

「調子に乗るのはやめていただきましょうか。既に空腹は満たされているはずでしょう?」

 吐き捨てるように言ったガラハッドの背中が目の前に現れたのを見て、ユダは再び我に返っていた。

 ユダと〝彼女〟との間に割って入った相棒は、瞬時に築いた光の障壁でもって〝彼女〟の接近を阻んでいる。不敵な笑みこそ健在であったが、頬を滴る多量の汗と、激しく上下する両肩を一目見れば、微塵の余力も残されていないことは明らかであった。

「おやすみなさい、《女神様》。お帰りはあちらですので、お間違いの無きよう」

 右手で障壁を維持したまま、逆の腕を高々とかざしたガラハッドが、再び指先を弾く。すると〝それ〟はまたも耳障りな唸りをあげ、たちまち人の形を手放していた。

 続けざま、前方で開け広げになっていた漆黒の扉がカタカタと小刻みに震え出したかと思うと、光る煙となった〝それ〟は大きな渦を描き、扉枠の向こうの星空へ瞬く間に吸い込まれていった。

 ばたん、と乱雑な音を撒き散らして扉が閉まり、やがてその板切れは、粉灰のごとくさらさらと崩れ落ち、風に溶けていった。気がつく頃には、朽ちた集落を再び分厚い静寂が覆っている。


 茫然自失とはまさにこのことであった。

 山積みになった疑問を抱えて、ユダはひたすら途方に暮れている。混乱のあまり、口を開くことはおろか、身じろぐことさえままならなくなっている。

 記憶を喰らう妖花。妖花の見せた夢。黒い扉。

 そして、〝女神〟と称された謎の光と、恍惚に濡れた妖花の最期。

 ――?

 すると、数多の疑問に翻弄されていたユダの眼前を、黒ずくめの人影が崩れ落ちてゆく様がよぎっていた。はっと我に返ると、膝元に相棒の脱力した体が転がっている。

「ガラハッド!」

 慌ててそれを助け起こしたユダにはもう、諸事に思いを巡らす余裕などなくなっていた。

「大丈夫? しっかりして!」

 ただただ今は、蒼白を呈した相棒の顔色のことが気掛かりでならない。満身創痍を押し切って、彼は最後の〝切り札〟を繰り出してくれたのだ。妖花に捕われたユダを救う、その為だけに。

「はは……流石に僕も、今回はちょっと無理しすぎちゃったかな」

 どうやら気を失った訳ではなかったらしい。あるいはそうならぬよう、懸命に踏み止まっているだけなのかもしれないが――苦々しく笑みを向けてきた相棒の声音は、想像より幾分しっかりとしていた。

「ガラハッド……」

 話したいことは山ほどあったはずなのに、何ひとつ言葉が出てこない。今にも途切れそうな意識を奮い立たせ、尚も笑顔を見せようとする相棒の姿を目の当たりにした途端、ユダの喉元は熱で溢れかえり、涙が込み上げてきたのだ。

「何だいユダ、急に泣いたりして。もしかして、また寝ぼけてるのかい――でも、安心して」

 震える指先で、ユダの頬を伝い落ちてゆく雫をそっと拭った相棒は、「仕方のない奴だ」とばかりに、苦々しく笑って息を吐いていた。

「約束したはずだよ、君を護るって。僕はそのために生まれてきたんだから」


*****


「流石に無理をしすぎた」などと、己の限界を語るような台詞を彼の口から聞いたのは、初めてのことではなかったか。

 いつ何時も溢れんばかりの自信をみなぎらせ、如何なる敵にも無敗を貫いてきた相棒を、こんな風に肩に担いで歩く日が訪れようなどとは、考えてもみなかった。

 満身創痍のガラハッドに導かれるまま辿り着いたそこには、王都のルース川を想起させる、澄みきった清流が横たわっていた。

 相棒の話によればこの沢は、天空樹の根が直接脚を突っ込んでいるおかげで、瘴気の汚染を受けることなく流れ続けているのだという。当然のことながら沢の周囲に立ち込める瘴気は薄く、異形に出くわす可能性も限りなく低いと言えよう。

 意外にも安全地帯はあるものだ――そんな風に思ってはみたものの、その比率は広大な樹海の内のごく僅かにすぎない。転移した位置が悪ければ、ここまで辿り着くのは至難の業であったに違いないだろう。

 早速とその聖なる川べりへ腰を落ち着けることに決めたユダとガラハッドは、枯れ木を掻き集めて焚火を作り、野営を始めていた。

「何だか天国みたいだなぁ。まさかこんなところで水浴びが出来るなんて、思ってもみなかったよ」

 清らかな水をすくい上げ、凝り固まった全身を優しく揉みほぐすと、心までがすっきりと浄化されてゆくような気持ちになった。

 夜更けの樹海は、気温の低下に伴いやや過ごしやすくなってはいたものの、相変わらずひどく蒸し蒸しとしている。鏡のような水面みなもに足先を浸した時は、飛び上がるほど冷たく感じたが、一度どっぷり浸かってしまえば、その後は断然心地好かった。

「ねえ、ガラハッド。君は入らなくてもいいの?」

 相槌さえ寄越さなくなってしまった相棒の具合が気に掛かったユダは、川底から間仕切りのように突き出した岩の陰から、ひょいと後方を覗き見ていた。

「ガラハッドってば。ねえ」

 見張りを意気込んでいた相棒は、焚火の前でちんまりと膝を抱え、静かに目を閉じていた――分かりやすい居眠りである。何度目かの呼びかけでようやっと薄目を開けたガラハッドであったが、すぐさま顔中を引きつらせたかと思うと、呆れたように頭を抱えていた。

「ああもう……そんな格好で、不用意に顔出さないでくれる?」

「だって、返事がないから心配で」

「僕は大丈夫だってば。それより君、他の人の前でもこういうことしてないだろうね」

「する訳ないでしょ。そもそも、今まで君と別行動をとること自体がほとんどなかったんだから」

「それはまあ、そうだけど……」

 どうにも釈然としない様子で口元をへの字につぐんだガラハッドは、再び「入らなくていいのか」と間仕切りの向こうへ乗り出したユダから、わざとらしく目を逸らしていた。

「僕は後でいいよ。二人して川に入ってたら、何かあった時に困るだろ」

「そう? じゃあ、何でもいいから話をしようよ。無理をさせるようだけど、居眠りされちゃうと見張りにならないからね」

「う、うるさいな……分かってるよ、そんなこと」

 論破するつもりなど毛頭なかったのだが、ガラハッドは不機嫌を露わに目を据わらせ、そっぽを向いてしまった。これでもかと言うほど皺くちゃになった相棒の横顔を認めたユダは、腹からせり上がってくる笑いをどうしても噛み殺すことができなかった。


「それで、〝あいつ〟はメリルに擬態して君を油断させようとしたんだね?」

 ひとまず互いの見聞を突き合わせることに決めた二人は、廃村での顛末を思い返していた。

「うん。コアの気配まで完全に消し去ってたから、本当に分からなかったんだ」

「そうか……たぶん、食いかけた僕の記憶を頼りに擬態したんだね。メリルの体そのものを食らって同化していたとしたら救いがないけど、おそらく可能性は低いだろう。あいつは人間の記憶を餌にはするけど、物質的なものを取り込む性質はないはずだから」

 思案顔のガラハッドが口にしたとんでもない可能性に、ユダは激しい身震いをおぼえる。あの奇怪な妖花ならば、頭からばりばりと人を喰らう程度のことなど、朝飯前にやってのけそうな気がしたからだ。思い返せば返すほど、夢路の途中に垣間見た小振りな鉢植えのそれとは、似ても似つかぬ怪物であったと思えてならない。

 ――夢? そういえば。

「そういえばさっき、不思議な夢を見たんだ」

 なるたけ順を踏まえて整理していくつもりだったのだが、唐突にユダは、脳裏に蘇った景色のひとつを語らずには居られなくなっていた。

「え――ああ」

 不意に相棒はぎくりと両肩を強張らせたが、すぐさま観念したように大きく息を吐いていた。

 それが彼なりの〝続き〟を促す合図であったことには、すぐさま察しがついた。

 目を閉じ、深々と呼気を入れ替えたユダは、瞼の裏に焼き付けておいた景色を隈なく見渡し、再びそれらをゆっくりと噛み締めていた。

「君と僕が、どこかの村で一緒に暮らしてる夢。目覚めるとね、君が枕元でおはようって声を掛けてくれるんだ。窓辺にはさっきの青い花が――〝勿忘草わすれなぐさ〟が置いてあって」

 傍らの相棒は何も答えない。代わりに彼は、憑きものが落ちたかのように柔らな表情で、ユダをまっすぐ見つめていた。

「君はさっき、あの村のことを〝僕たちの故郷〟って言っていたよね。きっとあれは《審判》が起きるずっと前の村だったんじゃないのかなって」

「僕が言ったことを覚えてるのかい……? いつもならすぐに忘れちゃうのに」

 相棒の言及をもって、ユダは改めて〝それ〟を自覚していた。

 そう――今回は何もかもが違う。いつもは痛みとともに綺麗さっぱり忘れてしまう諸々を、はっきりと記憶にとどめることができている。

「自分でも不思議なんだけど、ちゃんと覚えてるよ。それに今は、前みたいに頭が痛くなったりもしてないんだ」

 もしかすると、たった今見ているこの景色こそが、夢の産物なのでは――

 記憶の復活に長らく苦心してきたユダにとって今は、そんな勘繰りが次々と湧いて出てくるほど、奇跡的な状況である。再び黙り込んだ相棒を尻目に、ユダは胸の高鳴りを抑えつつ切々と語った。

「あの夢はきっと、本当にあったことなんじゃないかって思うんだ。つまり僕は、記憶の一部を取り戻せたんじゃないかって」

「ああ……きっと、そうだね」

 熱を込めて語るユダに対し、相棒の返事は妙に途切れ途切れで、どこか寂しげにさえ思えた。

「今まで記憶の一部についてさえ語ることのなかった君が、こんなにも鮮明に昔のことを話すのは初めてだよ。頭痛に苦しまなくて済むのなら、僕から話せることもずっと多くなるかもしれない」

 しかしそれはほんの僅かの間のことで、ユダが言い及ぶより先に、相棒はいつもの調子を取り戻していた。

「いつかこんな日が来るって思っていたよ。だって、君の魂はもう――」

 ところが流暢に話し続けていた矢先、唐突に相棒の語尾が曇るのが分かった。

「ガラハッド……?」

 驚きに振り向くと、いつの間にやらガラハッドは目を閉じ、ふらふらと両肩を揺らしている。支える力を手放し、後方へと倒れかかったところで、彼はぎょっとしたように目を見開き、キョロキョロと辺りを見回していた。

「何だい……? ああ、ごめん。何の話をしてたんだっけ」

「辛そうだね、ガラハッド。そんなに眠いなら無理しちゃダメだ。もうあがるから、僕が代わりに起きてるよ。少しでも眠らなきゃ」

 これ以上はもう見ていられない――

 脱ぎ捨ててあった衣服が瞬く間に濡れそぼつのも気にせず、手早く着衣を済ませたユダは、水の滴る髪を無造作に絞りつつ、相棒のいる焚火の側へと駆け寄っていた。

「いいの? ごめん、どうしても我慢出来なくて……」

 普段なら無闇に意地を張るところだが、よほどこたえているのか、相棒はユダの言葉を素直に受け入れてくれるようだ。

 促されるまま、煌々と燃える朱の傍らに寝そべったガラハッドは、一張羅の黒衣をシーツのように被ると、すぐさまうつらうつらと漂い始めた。

「でも、君が眠る前に必ず起こして欲しいんだ。僕が眠るのは、短い時間だけでいいから」

「大丈夫だよ、ちゃんと起こすから」

「必ずだよ、ユダ。必ず起こして」

 ところが、憔悴しながらも彼は、最後の最後まで懸命に踏み止まろうとしている。

「二度と起きられなくなったら――君に会えなくなってしまう、から――」

 だがそれも束の間、話すうちに相棒は、遂に深い眠りの中へと落ちてしまった。

「おやすみ、ガラハッド。少しでも楽になれるといいね」

 願いの言葉を呟いてから、ずり落ちた黒衣を掛け直してやると、相棒は口元をいびつに歪め、もごもごと言葉にならない呻きを漏らしていた。

 こうして見てみると、ガラハッドってわりと子供っぽい顔してるなぁ……年は僕より少し上のはずなんだけど。

 滅多とない機会である。いつかのラナの問い掛けを思い出し、ここぞとばかりにまじまじと観察してみたものの、やはりユダには、彼の顔立ちが〝かっこいい〟のかどうかはよく分からないままであった。しかし、普段の尖りっぷりが嘘のように幼気いたいけなその寝顔を見つめていると、胸のどこかがくすぐったくなるような心地がする。

「……流石にちょっと冷えるなぁ」

 がっしりと両手で口元を覆ったユダは、堪え切れなくなったくしゃみをなるたけ控えめに、そっと零していた。

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