第2話

おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、

電源が入っていないため、かかりません。


****


僕が彼氏彼女部に入ってから、

いや違う、彼女を彼氏彼女部に誘ってから、

一年と九ヶ月が経過した。

部内メニューは、毎日一言でも良いからメールを送る事、

そして一ヶ月に四回以上はデートをする事。

クリスマスはゲレンデが溶けるほど

恋しちゃうような演出をする事。


「あと、私以外の女の子でそういうことしちゃだめよ」


まあこれは、彼女の小粋なジョークだ。


「あら、本気でそう思ってる子もいるんだから」


そんなわけで、一年九ヶ月という長い時間を経て。

彼氏彼女部の部長であるところの僕に、

後輩からわりと悲痛な声で連絡がよこされた。


「部長、最近幽霊部員と思われる人がいます」


もちろん、彼氏彼女部には僕と彼女しかいないので、

(他の女子部員を入部させたいと

思わないことはない事はないが

部員を増やすほど崩壊の危機が増したり、

一部の人が排斥されたりするのはどの世界も同じである)

後輩とは僕の脳内にいる誰かなわけだが、

とりあえず、ここ二週間電話もろくにつながらない。


「…………」


あ、つながった。


「何? 旅行から帰ってきたら、

着信履歴が君色のどすぐろい黄色に染まっているんだけど」


「僕の色はそんなに気持ち悪い色なのか?」


「冗談よ。冗談じゃないけど」


「冗談じゃないのか……」


「旅行に行っていました。ただいま」


「おかえりなさい。旅行に行ってたのかよ、言えよ」


「細かい事ばかり言いやがってこの人生黄土色」


どちらかというと、黄緑色。


「僕はそう言うこと気にしないけど、

いや、気にしないと言えば嘘になる気がしなくもないけど、

一応部内の規律違反です。規則は規則なのでね」


「そんな規則はじめて聞いた」


「今作った」


「これからはなるべく守るようにするわ」


今作った、に対して反応がない事と、

無駄に素直に受け入れられた事。

僕はどちらに優先して反応すれば良いのだろう?


「ところで、最近デートしてないので寂しいです」


「学生にとって、勉強こそがお仕事です」


「そうだったのか」


「オマエハ、カテイトシゴトドッチガダイジミタイナ、

バカナオンナミタイナコトヲキクノカ?」


何故片言。


「旅行は仕事じゃない」


「でも隊長、私もう今月空いてないよ。

別の友達と旅行の約束あるし、論文一つ出さなきゃだし」


「うそだろ……それじゃ幽霊部員だ」


「私は友達部の活動も忙しいのです。

最初に入部するときに聞いたでしょう?


『私、たくさん部活やってるけど、掛け持ちなら、いいよ』


今更それをとやかく言われても仕方ないわ」


「優先順位はどうなの。なんか俺かなり低くない?」


「最底辺ね」


「そんな、ニコニコ動画みたいな言い方を」


「まあ、それだけ信頼しているという事」


そんな言い方も出来るのか、日本語は便利だな。

と思ったけど、口には出さなかった。


「貴方みたいな童貞野郎、私がいないからって、

他の部員を誘うみたいな真似はできないと言ってるの」


「何故酷く言い換えた!」


「あはは」


「いいもんね、女友達に映画に誘われてるから、

今度二人で見て来る。別にそれぐらいいんだろう?」


怒られたくて言った台詞だと、

残念な強がりの台詞だと、

気づいた人はどれだけいるんだろう?


「いいよ、行ってきな」


「なんか、普通に返されると困る」


「あなたが困っても私は困らない」


リピートアフターミー。困らない。


「もういいや、来月は?」


「来月の事は来月にしか分からないけど、

来月から私新しくバイト始めるから。

旅行代がバカにならなくてね。今貧乏なの。

だからさらに会えなくなるかもね」


僕が悲しむべきなのは、

彼女の声に1%も残念そうな、

ウェットな響きが含まれていない事なのだろう。

まるで冬の空気のように乾いたトーン。


「もういいや」


さっきからこんな台詞ばっかり言っている。

ほんとうは、よくなんかない。

もっと話したいし、来月に僕との予定を入れさせたい。

それでもそっけない言葉を選ぶのは、

彼女の気を惹きたかったからなんだろう。

ごめんね、のあとに続く申し訳程度の愛の言葉を、

期待してすがっているからなのだろう。


しかし、言葉は言葉通りの意味で受け取られた。


「わかった。じゃ」


そして、恋が終わる、音がした。

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