八月(君と彼女のための習作)
八月――
彼女は君に憧れていた。
君は夏の日差しを浴びて、その肌を蜜のようにきらめかされていたから。
十年前、少女だった君にかなう人を私は知らない。
誰もが君に憧れてはいたけれど、
丘を駆けくだる野鹿のように
まっすぐにひたむきに
彼女は君に憧れていた。
君の四肢はいつも完璧で、
長い髪は風を受けて魔法のようになびいていた。
君の内側では美と野性とが絶えずせめぎあっていた。
その様は君の呼吸が胸を透かして表れるような、
そんな瞬間によく見られた。
十七の君と十七の彼女
走る君を彼女は追った。
彼女の瞳はいつも君の瞳のみはられ方を眺めていた。
長い睫毛の反り、すらりとした鼻梁が落とす影、
暑さに乾いたうすい唇。
彼女の憧れはセーラーの下ににじみでる汗となった。
君は涼しげに目を細めてそれを検めたこともあった。
交情?友情?
それよりももっと淡く、清らかなものが君と彼女の間を行き交った。
例えば、ひまわり畑を横切りながら、
暑さに倦み、ひまわりの悪口を言い出す君と、
なおも枯れたひまわりに青春を託そうとする彼女と。
真昼の道に、影ひとつ見出せない君と、
搔き消えそうな雀の影をひとつ見つけ出した彼女と。
そして夏祭り、
せせらぎ、
踏み寄る下駄と触れ合う裾
蛍の灯は黒い水面の秘密を映し得ず……
彼女は火照っていた。一瞬と一瞬のはざまにも、狂おしい憧れを燃え立たせて。
新しく生まれた星のように。
その胸に炉を抱えていたかのように。
八月――
十年後の同じ八月の今日、彼女は白いヴェールを纏う。
彼女は憧れの重さに疲れ、遂にそれを手放したのだ。
白い鳩のように。
ライスシャワーのように。
ああ君ひとりだけだ。
長い睫毛を伏せて、物憂げに立っているのは。
君は嫉ましいのではないと私は知っている。
君は相変わらず美しく、幸せで、驕慢に満ちているから。
今この瞬間でさえ彼女より美しいから。
だが、君はかつて彼女から受けた憧れを忘れられないのだ。
あの熱!あの重たさ!
さながら恩恵のように、
君は彼女の憧れを忘れない。
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