夜鴉(いまぼんやりと頭に浮かんだものだけ)

夜鴉よがらすの色は闇に溶けてどこまでが彼とももはやわからなくなった


彼は自分自身さえ見失ってしまった


夜が来るたびに夜鴉は重たい闇をひきずって


苦しみ喘ぎながら天翔けようと試みていた


昼には孔雀のきらめきが


雀の喧騒が


夜には番う野鳩の眠りが


梟の羽音が


夜鴉をおびやかす


夜鴉はこの世でたった一羽なのか


それともその翼の中に大勢の仲間たちが身をひそめているのか


闇に溶けてしまった今となってはわからない


孤独の悲しみと孤独でないことへの恐怖と怒りが夜鴉を襲う


ゆえに夜鴉は何でもない坂道をその足で歩いてみたり


ビンのなかの顔をじっとのぞきこんでみたり


意味もなく誰かの鳴き声をまねてみたりするのであったが


自分が自分であることに耐えきれず


夜の海に溺れようとする


しかしあれほど希った死は、なにか特別のものに思えた死は、


生の苦悶の延長線上にあり


夜鴉の望んだものではなかったのだ


重たく濡れた闇をひきずって、夜鴉は歩いていく


朝陽が照ればまたなんでもない自分が明らかになってしまうから


「急がなきゃ急がなきゃ急がなきゃ……」


滴る海水がアスファルトを黒ずませる


まるで次々と羽が抜け落ちていくようだった


夜鴉は立ち止まり


こうして我が身が夜とともに朝に消えてしまえればと思った


痛みなくただひたすらに我が身が抜け落ちて消え去ればと思った


その時一台のトラックが通り過ぎて夜鴉の身体を撥ね飛ばす




ああ、生きている間はあれほどものを思っていた夜鴉よ


今はなにも考えられなくなってしまった


お前はただの死骸、お前はただの肉塊


道行く人の朝目にも忌み嫌われ、ごみ袋に投げ込まれる


こんな存在に成り下がるために死を乞うたのか夜鴉よ


だが、夜鴉よ


朝陽に照らされたお前はたしかにお前の望むほど偉大ではなかったが


濡れた翼の先にまだ海の小さな小さな一滴が朝露を結んでいる


それはたまらなく美しいのだ




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