第5話 料理人の暮らし

 料理人が暮らしているいわゆる使用人の部屋は、城の地下の奥にあった。

 基本的に使用人は相部屋らしく、小さな部屋にベッドが備えられておりかなり手狭だった。

 本当に……寝に帰るだけの部屋って感じだな。

 ベッドの他にあるのは小さなクローゼットで、部屋着が一着、ハンガーに吊るされて入っていた。

 衣類が支給品になっているというのは、使用人にしては好待遇かも。

「風呂とトイレは共用だ。この後案内する」

 グレンは壁に掛けられている時計に目を向けて、顔を顰めると時計を壁から取り外した。

 針の位置を微妙に変えて、溜め息をつき、呟く。

「……また遅れてるな。そろそろ魔力を充填してもらわないとな」

 よく正確な時間が分かるな。獣の勘とかでそういうのが分かるようになってるんだろうか。

 時計を元の位置に戻し、俺に問いかける。

「狭い部屋だと思っただろう」

「……まあ」

 俺が相槌を打つと、グレンは尻尾を揺らしながら室内をぐるりと見回し、言った。

「狭いだけじゃない。壁も薄いから隣の物音がよく聞こえるんだ」

 いびきがうるさいと苦情が飛んでくるぞ、と付け加えて、俺に注目する。

「お前は、寝る時いびきがうるさいとか寝言を言うとか、そういうのはないよな」

 どうだろう。自分が寝てる時の状態なんて分かるわけないじゃないか。

 修学旅行の時にそういうことを言われたことはないから、ないとは思うけど……

「言われたことはない、から多分ないと思う」

「それならいい」

 グレンはゆっくりと俺の横を通り過ぎ、部屋を出た。

「前に相部屋だった奴が、物凄いいびきをかく奴でな」

 立ち止まり、こちらの方に振り返りながら続ける。

「うるさくて眠れない上に隣からも苦情が来るんで落ち着かなかったんだ」

 ……何か、人間みたいだなって思ってしまった。

 魔族にも、そういうことを気にする奴がいたりするんだな。

「さあ、浴場を案内する。付いて来い」

 言って歩き出すグレンの後ろを、俺は慌てて追いかけた。

 何だか旅館の中を案内してもらってる気分だ。

 思っていたよりも……人間の暮らしとそう変わらない暮らしができそうで、安堵している。

 これが勇者のする生活なのかって思うとちょっと情けなくはあるけどな。


 浴場は温泉施設の屋内風呂のような広さと設備を備えていて、まんま温泉じゃないかって思ったのが俺の感想だ。

 岩を組んで作られた浴槽を満たしている、透明な湯。

 どういう仕組みになっているのかは分からないが、日本の水道とそっくりな形の蛇口。シャワーまで備えられているのには驚かされた。

 流石にシャンプーやリンスといった品はなかったが、身体を洗うタオルは備えられているので、魔族にも人間のように身体を洗って清潔に保つという習慣があるということが分かる。

 共用施設だからこの広さを一人で使うといったことはまずないだろうが、それでも気にならないくらいの環境だ。

「此処は我々料理人だけではなく兵士たちも使っている。長湯して叱られないようにな」

 グレンは入口の横に備えられている棚から、タオルを一枚取り出して俺に見せた。

「身体を拭くタオルは此処にある。使い終わったら此処の籠に入れておけ。浴場の外を濡れた足で歩かないように気を付けろよ」

 その辺のルールも日本の温泉と一緒だ。

 この世界に召喚されてからは何のかんのですぐ旅に出ちゃって野宿生活ばっかりだったから、魔族の城でこんな文明人らしい生活ができるなんて思ってもみなかった。

 身体を濡れタオルで拭くとか病人の汗の処理みたいなことをせずに済むのは有難い。

「さあ、厨房に戻るぞ。仕事は山のようにあるからな」

 タオルを元の場所に返して、浴場内を見て回っている俺に呼び掛けるグレン。

 早速今日の夜に全身をくまなく洗ってやろうと考えながら、俺はグレンの後に付いて浴場を出た。

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