亡失ノ刻
ゆうひ
第一刻 目覚め
最初は、親友だった。
俺と一緒に海に行った時だった。
二番目は、両親だった。
原因は、火事だった。
そのあとも、周りの人が次々と俺の傍から消えていった。
遊びに行った時、旅行に行った時、ただただ一緒に日常を送っている時。
誰も、俺の傍には残っていなかった。
頭部の強い痛みと共に、意識が深い眠りから戻ってくる。
目を開くと見知らぬ白い天井が視界に入った。
背中にはベッドのような柔らかい感覚がある。
体を起こし、周りを見渡すとそこは病室のような部屋だった。
白い壁に白い床、入口であろう木製のような茶色の扉、窓には山に囲まれ夕日に照らされている住宅街が写っている。
ベッドの横にある小さなテーブルの上には花が活けてある
もう少し周囲を見てみようと思いベッドを抜け出し扉のほうに向かうと、タイミングよく扉が開く。
その先には白いワンピースを着た少女が立っていた。
「目を覚ましたんだね」
中学生ぐらいだろうか、小柄な
そして吸い込まれそうなほど深く暗い黒色の瞳と同じ色をした腰まで届く長い髪。
まるで作り物のような少女の姿に目を奪われる。
それと同時にひどい頭痛に襲われる。
強い痛みに頭を押さえていると、少女は心配そうな表情で俺の顔を
「頭痛いの?大丈夫?」
彼女の可愛らしい顔がすぐ目の前にあるということに胸が高鳴ってしまう
「い、いや、なんでもない……。ところで君はなんでここに?というかなんで俺はここで寝ていたんだ?」
「私?私は君の様子を見に来たの」
なんでこの少女が俺の様子を見に来たのだろう。彼女に見覚えはないし、初対面のはずだ。
そんな疑問が表情に出ていたようで少女は答える。
「だってここに君を運んだの私だもん。って言っても手配したのが私ってだけだからね。私非力だから重い物とか運べないし」
聞いて、ふと疑問に思う。
「運んだってどういうことだ?なんで俺はこんな病室みたいな部屋で寝てたんだ?そもそもここはどこだ?」
「もしかして覚えてないの?」
そう言われてここで起きるまでのことを思い出そうとするが、なにも思い出せない。
必死に思い出そうとすると、先ほどの頭痛が更に強くなり思考の
「……なにも思い出せない」
「自分の名前も?」
「……ああ」
そう聞くと彼女は一瞬
「詳しいことは私の口からは言えない。一つ言えるのは君が特殊な力に目覚めてしまったためにここに運ばれた、ってことくらい」
「特殊な能力…?」
「そう。君は『アンチ』と呼ばれる能力に目覚めてしまったの。それも放置しておけないほど強力な能力。だから私たちは君をここで保護することに決めた」
「ちょっと待ってくれ。そもそも俺には記憶がないし、特殊な能力に目覚めたとか、強力すぎるから保護するとか……いったい何がどうなっているのか、理解できない。それに保護なんてそんな勝手に……」
「ごめんなさい。でも保護しなきゃいけない理由があるの。今はまだ言えないけど……」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
部屋に気まずい空気が流れる。
「…………はあ、わかったよ。その保護ってやつの詳細を教えてくれ。保護されるにしろされないにしろそれを聞かなきゃ始まらん」
彼女はバッと勢いよく顔を上げ、きょとんとした顔を浮かべている。
「今の俺に記憶はないし、もし記憶があったとしても意識がない間に運び込まれたみたいだから帰り道わからないし」
「えっと……つまり、私たちに保護されてくれるってことでいいの?」
「ああ」
頷くと彼女は満面の笑みを浮かべ、何かを思い出したのか急いで部屋を出ていく。
いつの間にか、頭痛は収まっていた。
少し待ってもドアの向こうから何かを報告しているような声が聞こえてくることを考えると、保護のことについて電話か何かで話しているのだろう。
時間がかかりそうだったので、いまのうちに着替えておこうと
少し周りの様子を見てみようと窓際に向かって歩く。
ふと、ベッドの枕元の壁に掛けられているプレートが目に入る。
プレートには「
(これが、俺の名前……)
自分のものであろう名前を見ても、実感が湧かない。
記憶喪失とはこんなものなのだろうか、などと考えながら窓の外を眺める。
ここは山にでもあるのか、窓の外を眺めると少し
田舎といった感じのいかにも住人の少なそうな街並み。その中心にある同じような雰囲気の商店街。しかしいまは買い物客たちで賑わっているように見える。
その周囲を取り囲んでいる山は色鮮やかに
少しでもなにかを思い出せないかと思って眺めてみたが、特になにも思い出せない。
そうしてしばらく外を眺めていると、部屋の扉が開き電話を終えたのか彼女がこちらに向かって歩いてくる。
「お待たせー。じゃあいこっか」
微笑みながら、声をかけてくる。
「行くって……どこに?」
「今日から君のお家になるところ」
「この部屋で暮らすわけじゃないのか」
「当たり前だよ。ここ病室だよ?まあどうしてもここがいいっていうなら別に良いけど、普通の部屋のほうが過ごしやすいと思う」
「そりゃそうだ。じゃあ案内よろしく頼む」
「はーい」
言って、彼女は部屋から出ていく。
その背中を追って部屋を出ると、そこにはまるで学校のような雰囲気の廊下が長く続いていた。
記憶がないのに学校の廊下を
そんなことを考えながら彼女の背中を追って歩いていると、角を曲がったところで人の多い区域に入ったのか職員らしき人たちとすれ違い始めた。
スーツ姿の男性や私服姿の女性。20代くらいの人から60代くらいの人といった
「そういえばここはどこなんだ?」
ふと今更な疑問が浮かんできて尋ねてみる。
「んー。詳しい場所は言えないけど、とある田舎にある『AA』の本部みたいなものかな。『AA』っていうのは私たちの組織名ね。『アンチ』を保護するための」
「ふーん。ちなみにどういう意味なんだ?」
「さあ?いろんな人が所長に何度も意味を聞いてみているんだけど毎回毎回はぐらかされてるらしいんだよね。かく言う私もその一人なんだけど」
「さっきからすれ違ってる人たちはその『AA』の職員かなにかか?」
「そうだね。基本的にここは関係者以外は入れないようになってるから」
そうしてまた、
彼女は俺の前を歩き、俺は彼女の背中を追って歩くだけ。
ただそれだけのことが、なぜかとても嬉しくて、心地よくて、寂しかった。
そのあと一度建物を出て——外から見た建物は”L”字型の学校の校舎そのものだった——裏手にある新築マンションのような建物に案内された。
先ほどの建物よりも高いところにあるようで、住宅街と一緒に一望できるようになっているようだ。
「とうちゃーく」
階段を上り、彼女が止まった扉の前には部屋番号の書かれたプレートと表札がかかっている。
プレートには「201」、表札にはやはり「
「……もう表札がかかってるんだが、これは俺が保護の話を
「別にそういうわけじゃないよ。備えあれば
そう言って彼女は扉を開く。鍵はかかっていなかった。
玄関の先には短い廊下、その廊下の先にはいかにも
「一応生活に必要な
「ああ分かった。今日はありがとう」
「いえいえ、こちらこそ保護されてくれてありがとうございました。じゃあ私は戻るね。まだやらないきゃいけないこととかあるし」
そう言って踵を返し、玄関に向かおうとする。
「そういえばまだあんたの名前を聴いてなかったな」
「あれ?まだ言ってなかったっけ」
わざとらしい疑問を浮かべた表情をしながらくるり、と振り返る。
そして微笑みながら、彼女は自身の名前を口にする。
「私は
彼女の名前を聴き、彼女に名前を呼ばれた瞬間、胸が引き裂かれるように痛んだ——。
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