杉三中編 三年寝公平

増田朋美

第一章

ショッピングモールの正面玄関。杉三と蘭が、買い物を終えてでてくる。

杉三「はあ、久しぶりに来たからどこに陳列されてるのかわからなかったよ。」

蘭「まあ、ああいうところは頻繁に改装をするからね。」

杉三「でもさ、久々にこういうところに来るのは気持ちがいいや。」

蘭「そういえばそうだね。でも最近のショッピングモールは、若い人のためのものばかり売っているような気がして、買う気になれないよな。さて、うちへ帰るか。」

二人、道路を移動し始める。

住宅街を移動する二人。

杉三「なあ、蘭。」

蘭「どうしたんだ?」

杉三「今日は晴れてるよな。」

蘭「そうだけど、どうしたの?」

杉三「あの家見てみろよ。洗濯物が干してないんだよ。」

蘭「もう、取り込んだんじゃないの?今日は晴れてるし。」

杉三「だって、他の家は干しているのに、その家だけ干してないっておかしくない?」

近くの家から、男性が一人出てくる。

杉三「すみません。そのお宅って、」

蘭「よせよ杉ちゃん、」

杉三「あの、なんで洗濯物が干してないんですか。」

男性「ああ、なんかね、あそこの息子さんが家庭内暴力をするんだって。あんまり近づかないほうがいいよ。」

杉三「わかりました!ありがとう!」

と、その家のほうへ向かっていく。

蘭「ちょっと、どこへ行くのさ!」

杉三「止めに行く!」

蘭「馬鹿、何をやってるんだよ。こっちが逆に不法侵入で捕まるよ!」

と、同時にその家から、ガタン!という音がした。

男性「ああ、また始まった。」

逃げるように、道路を歩いて行ってしまう男性。

杉三「よし、行くぞ!」

と、その家に勝手に突っ込んでいく。

蘭「おい、何をやってるんだよ!杉ちゃん、それは悪いこと、、、。」

杉三はそれより早く玄関ドアに手をかける。ドアは施錠されておらず、簡単に開いてしまう。杉三は土間に車いすのまま飛び込む。と同時に、一人の青年が彼にぶつかる。

蘭「杉ちゃん、大丈夫?」

しかし、車いすをひっくり返されても杉三は全く平気で、手だけで這って、中にいる人物に近づく。ぶつかった青年は、何が起きたのかわからないらしく、呆然としている。

杉三「ちょっとお父さん、金属バットで殴るなんてあんまりじゃありませんか?」

蘭が、同じく車いすで二人の間にはいると、青年の体には殴られたようなあざが見られる。

蘭「どういうことだ、、、?」

玄関には、金属バットを持った男性が立っている。顔が似ているので、蘭にも父親とわかる。そこへ、中年の女性が現れる。

女性「お父さん、いくら何でも金属バットで殴るのはやりすぎです。私が責任を取りますから、許してやってください。」

男性「うるさい!根性をたたきなおすにはこうして体で覚えさせなければだめだ!そうすればお前だって安全に暮らせるようになるじゃないか。」

杉三「安全って何が安全ですか。息子さんが、何かしたとでもいうのですか。」

男性「ああ、こいつが妻を殴ったというから、目には目をで同じことをして返したんだ!」

杉三「でも、やりすぎってものがあるじゃありませんか。だって、息子さんの体だって、あざがありますよ。」

男性「うるさい、近頃の法律は甘すぎる。体罰を認めるという法律を作ればいいのだ。そうしなければ、若者は育たない。今は、甘やかしすぎるから、若者が育たないんだ。引きこもりなんて、甘えの典型だ。そんなものに支援など必要はなく、なるべく引きこもりにさせないよう、厳しく接してきたつもりなのに、応えようとしないから、体で覚えさせるしかないだろう!そのどこが悪い!」

蘭「ああ、なるほど。そういうことだったんですね。だったら、自分たちで解決しようとするだけでは限界があります。他人の力を借りるというのも一つの手ですよ。実は、初対面でいうのもなんですけど、僕たちの知人で、そういう人たちを立ち直らせる事業をやっている人がいるんです。どうでしょう、そこへちょっと行ってみて、その方と一緒に話し合ってみませんか。」

男性「そういう支援は、本人には手厚い甘やかしをするばかりで、俺たち家族には何もしてくれないじゃないか!」

杉三「だったら、彼だけ預ければ?そういうこともやってるよ。青柳教授。みんなでたたら製鉄やってれば、嫌なことでもわすれるんじゃないの?森の空気吸って、おいしいものたくさん食べれば、きっと立ち直れるよ。優しい人もいっぱいいるよ。」

女性「お父さん、この二人のいうとおりにしてみましょう。私たちも、支援員さんに相談したりもしたけれど、意味がなかったじゃないですか。せっかくこうして言ってくれるんだから、チャンスなのかもしれないでしょ。」

青年「俺、行ってみたい。」

男性「公平、こういう人は、一番、」

青年「いや、お父さんにこれ以上迷惑かけれないから。」

女性「ほら、こういってるじゃありませんか。」

男性「確かに、公平がそう言いだしたのは初めてだ。ダメもとで行ってみることにしよう。」

杉三「やった!じゃあ蘭、タクシー呼んでよ。そして僕を誰か背負ってください。車いす、壊れちゃったから。」

青年「わかった、俺が背負います。あの、お名前なんて言うんですか?」

杉三「影山杉三だけど、杉ちゃんでいいよ。敬語なんか使わないでもいいよ。こっちは親友の伊能蘭。」

蘭は、軽く会釈して、

蘭「じゃあ、よんできます。」

と、スマートフォンを取り出す。

杉三「車いすは、もうごみにしてもいいや。うちに帰ればもう一台あるからさ。気にしないでいいよ。」

女性「ああ、それでしたら、私どもで修理に出してお送りいたします。住所を教えてくだされば、」

杉三「僕、読み書きできないので住所がわからないのです。だから、蘭に聞いて、蘭の家に送って。」

蘭「ジャンボタクシー頼みました。すぐに来てくれるそうですよ。」

杉三「よし、出発。」

蘭「青柳教授のもとにも連絡しておくね。」

杉三「うん、たのむよ。」

数分後、ジャンボタクシーがやってきたので、全員それに乗り込み、製鉄所へ向かう。


製鉄所。立派な和風の門に、「たたらせいてつ」と平仮名で書かれた張り紙がしてある。まるで和風旅館のような建物が見えてくる。裏庭では、村下の声に合わせて鞴を操作したり、木炭を入れたり、砂鉄を投入したりと作業をする声が聞こえてくる。

水穂が、玄関の土間を箒ではいて、掃除している。と、一台のワンボックスカーが見えてくる。

水穂「あ、来ましたよ。杉ちゃんたち。」

懍「お通ししましょう。」

予想通り、タクシーは止まる。運転手の介助で杉三たちが降りてくる。懍は玄関まで移動し、彼らを出迎える。

杉三「教授、連れてきましたよ。新しい方です。」

懍「ようこそおいでくださいました。応接室へお入りください。」

父親「ありがとうございます。」

水穂「あれ、杉ちゃん車いすは?」

杉三「いや、諸事情で、」

懍「杉三さん。諸事情は大体わかりますから、ここにある車いすを使いなさい。そのような姿勢は大変見苦しいですよ。」

水穂が、応接室から備え付けの車いすを持ってくる。父親と公平の援助で杉三は車いすに乗せてもらう。

杉三「やっぱり、この姿のほうが落ち着くや。それにしても、なんで諸事情がわかるんですか、青柳教授。」

懍「そうやって連れてきたら、大体わかりますよ。では、会議を始めましょう。」

と、応接室に向かって移動し始めたので、全員中に入り、応接室に行く。水穂がお茶を持ってくる。歩けない者たちはそのままで、歩けるものは用意されたソファに座る。

懍「えーと、まず、入所希望の方の氏名と、年齢を教えてください。」

公平「はい、穴井公平と申します。年は、21歳です。」

懍「まず、彼の主訴についてですが、非行ですか?それとも、」

父親「はい、引きこもりです。大学受験に失敗して以来、今年で三年になります。」

懍「つまり、部屋に閉じこもって何もしないということですか?」

父親「はい、一日中布団の中で何もしないのです。引きこもり始めたころは家庭内暴力もありました。精神科にも行かせ薬も飲ませましたし、高い金を出して、カウンセリングにも行かせましたが、効果は全くありませんでした。なので、最近は私のほうから体罰をするようにしています。」

懍「本人は、社会参加についてどう思っていますか?」

父親「はい、全くありません。一生頼りにしているようです。まさしく三年寝太郎ならぬ、三年寝公平です。」

懍「そうじゃなくて、彼がどう思っているかです。」

父親「ははあ、お宅も甘やかすだけですか。そうして、本人の気持ちを汲み取ってやれとか、励ましてやれとか言うんでしょ、そんな事業所にはもうだまされませんよ。私たちは、三年間、そのような事業所に騙され続けた被害者なんです。」

懍「いえ、その心配はございません。製鉄というものは、本人に動いてもらわないと、どうにもならない作業ですからな。それに僕は、お父様ではなくて、彼に聞いているのです。」

父親「だから必要ないと言ってるじゃないですか。なんで甘ったれに答えを言わせる必要がありますか?彼、なんていう必要もありませんよ。こいつは、ただの飯を食うだけの、役立たずです。」

懍「お父様、そういうことを言うから、彼が立ち直れないんじゃありませんか?今一度言いますが、僕はお父様に質問したわけではございません。」

父親「やっぱりお宅も私どものせいにするんですか。こいつではなく、私どもの苦しみに目を向けてくれる支援所というものは、いつになったらできるんでしょうかな。」

懍「そうですか。では、お二人を支援してくれるところを探すんですな。でも、見つからないと思いますよ。引きこもりは、親側が無罪ということはまずありませんからね。」

父親「わかりました。そうします。」

母親「お父さん、そうやって何回も失敗したじゃありませんか。ここも断って、他にどこにいかせるんです?」

父親「お前まで、甘えさせるのか?」

母親「私たちも反省しなきゃいけないと思いますわ。だから、この子はここであずけて、私たちはゆっくり考えさせてもらいましょうよ。」

父親「反省など、必要ない。変えることのできないものだってあると教えなければ。それにお前は被害者なのに、なんで敵をかばうのか?」

水穂「て、敵って、ちょっとその言い方はひどいんじゃありませんか?」

母親「ほら言われてる。お父さん、この方たちに任せてみましょうよ。足の不自由な方々は、普通の人とはまた違う感覚を持ってると思うのよ。私たちにできないことだって教えてくれるわよきっと。」

懍「公平さんはどう思っていますか。」

父親「甘えるな!」

懍「お父様は少し黙ってくれませんか。」

水穂「じゃあ、別室に行きますか?お父様。」

杉三「ああ、それがいいよ。水穂さん。よくひらめいたね。彼がかわいそうだよ。これじゃ。」

水穂「じゃあ、行きましょうか。」

水穂は立ち上がり、父親に立つよう促した。父親は悔しそうに立ち上がると廊下を移動した。

父親「あんたさんは、ここで何をしているのかね。」

水穂「ああ、手伝い人です。掃除したり、洗濯したり、食事の支度を手伝ったり。」

父親「そんな、弱弱しそうな体でできるのかね。」

水穂「ええ、頭だけはありますから。」

一方、応接室では、

懍「公平さん、あなたが、なぜ寝太郎と呼ばれるようになったか、理由を教えてください。」

公平「はい、大学受験に失敗したからです。すごい期待を寄せられていたのですが、落ちたら急に家族の態度が変わって、もうやる気が出なくなりました。人生もこの連続なら、生きている意味はありません。それに、僕は、学校で何をやってもだめだったんですよ。内申点だってオール1だったし。どんなに努力しても、いじめられて不良生を演じてなければ、いられなくなるし、、、。」

杉三「ああ、ここに来る子たちによくあるパターンだよね。でも、学校の勉強なんてなんの役にも立ちはしないよ。それよりも、他人にいかに優しくできるかのほうが大事だよ。みんなそれで傷ついてるから、すぐ仲良くなれるよ。」

懍「彼の言う通り、ここは受験で失敗してつまずいた子は本当に多いです。八割、九割くらいがその仲間と言っていいでしょう。」

母親「あの、ここで行う何とか製鉄というのは、、、。」

懍「材木、正確に言えば木炭を燃やしてその熱で砂鉄をとかして鉄を作る技術です。古代では自然な風を使って炉に風を送らせましたが、僕たちが行わせているのは、江戸時代の大たたらで、鞴を利用して風を送ります。有名なあの映画では、この技術は悪行として描かれましたが、僕が研究した範疇ではそうでもなかったようですし、機械に頼らないから誰でも製鉄に参加できるところが素晴らしいのです。ちなみにたたらというのは、サンスクリット語で熱を示す、タータラから派生したといわれてます。」

公平「こ、こんな劣等生でもですか?」

懍「ええ、炉を作る、木炭を燃やす、鞴を動かす、砂鉄を入れる、などなど、様々な役目ができますから。機械は一切使用できませんのでね。」

公平「わかりました、俺、ここでしばらく暮らしてみます。」

蘭「やってみますか?」

公平「はい、やってみます!」

母親「私からもお願いします。」

蘭「教授、部屋の空は、、、。」

懍「大丈夫ですよ。ちょうど空き部屋がありますし。確か松の間があいてますね。ただ、一つだけルールがありまして、製鉄に加わるのは義務ではありませんが、ここを終の住処にしないこと。つまりいずれは出て行ってもらうということになります。親元へ帰るか、新しい生活をするのかは自由ですが、永住してはいけないということです。それだけは守ってくださいね。」

公平「わ、わかりました。やってみます。」

母親「どうぞ、この子をよろしくお願いします。」

懍「わかりました。お預かりいたしましょう。では、お父様とお母様はおかえりになってくれて結構ですよ。あとは僕たちにお任せください。」

母親「はい、よろしくお願いします。」

懍「はい。」

軽く一礼する。

母親「じゃあ、主人と一緒に帰りますので。」

懍「どうぞ。ご主人は、水穂の部屋にいると思いますから。」

と、中へ車いすを向けて、

懍「水穂さん、もう、話し合いがついた。帰ってもらって結構だよ。」

水穂の声「わかりました。」

まもなく、しょんぼりした風貌で父親が戻ってくる。二人はそそくさとあいさつして、製鉄所を出ていく。

杉三「おめでとう、契約が成立だね!」

懍は苦笑いし、

懍「水穂さん、松の間へお連れして。」

水穂「わかりました。じゃあ、公平さん、こちらへどうぞ。」

と、公平を松の間に連れていく。

懍「杉三さん、蘭さん、新しいクライエントを連れてきてくれてどうもありがとう。」

杉三「いいってことよ!役に立つのなら何でも聞くよ!」

蘭「本当にありがとうございました。じゃあ、僕らも帰ろうか。」

と、スマートフォンを取り出す。


タクシーの中

杉三「なあ、公平君、うまくやるかな。」

蘭「まあ、青柳教授もいるし、水穂さんもいるし、何とかなるんじゃないの。」

杉三「お父さんとお母さん、納得してくれたかな。」

蘭「さあねえ。」

杉三「でも、人身売買にはならなかったね。今回は。」

蘭「そういえばそうだよね。いつもなら、大金払って親が逃げていくパターンが多いよね。彼がやってみるといったからじゃないの。」

杉三「そうだけど、お父様の言葉を考えると、普通は人身売買に至ると思うんだけど。」

蘭「ああ、家族のことも考えろって確かに言ってたよね。」

杉三「それに、公平君の態度も、すんなりと入寮を肯定した。今までの子は、私を捨てるのとかいって、親とすごいガチンコバトルを繰り広げるのが常だった。」

蘭「そういえばそうだね。普通、製鉄には興味を持たないよね。今の子は。」

杉三「そうなると、本当に彼を捨てたかったのか、彼が離れたかったのかのいずれかだ。あの家族には何か裏がある。」

蘭「考えすぎだよ。裏があるって、杉ちゃんがあの家族に手を出して、ここへ連れてきたんでしょ。そうしなければ、僕らがかかわるはずがなかったんだよ。」

杉三「でも、単に暴力をふるうだけじゃ終わらない気がするよ。果たして製鉄で立ち直れるかな。」

蘭「まあ、そこらへんは青柳教授がうまくやるでしょ。」

杉三「そうだけどね、、、。」

蘭「気にしすぎじゃないのか?あ、雨が降ってきた。」

杉三「ほんとだ。」

蘭「この時期はよく降るんだよね。」

杉三「製鉄所のあたりは降るだろうな。まあ、最も、製鉄は屋内だから雨でも晴れでも関係ないんだけどね。」

蘭「家に帰ったら洗濯物しまわなきゃ。」

杉三「僕は、公平君のことが心配だ。」

蘭「そればっかり言ってる。」

運転手「お客さん、つきましたよ。」

蘭「あ、ありがとうございます。」

杉三「僕らを下してください。」

運転手「はいよ。雨だから気を付けてね。」

杉三「気を付けてって言っても気を付けられないでしょ。歩けないんだから。余計なこといわなくていい。」

蘭「杉ちゃんのそのセリフのほうが余計だよ。」

杉三「とにかくおろして。」

運転手は、杉三の家の前に車を止め、後ろのドアを開けて杉三を車いすごと下し、続いて蘭を下す。

蘭「はい、ありがとうございます。じゃあ、これ。」

と、運転手にお金を払う。二人はすでに雨でびしょ濡れになっている。

運転手「毎度。また何かあったら言ってくださいね。」

蘭「はい。」

杉三「いわれなくても移動手段はこれしかないからすぐ頼むと思うよ。」

運転手は黙って車に乗り込み、エンジンをかけて、杉三たちのもとをさっていく。二人は、それぞれの家に帰っていく。


製鉄所。

水穂に連れられて製鉄作業の作業場へ行く公平。


杉三は着物を縫う作業をし、隣の家の蘭は、乾燥機から出した洗濯物を畳んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る