第四章 育む

第39話 育む 1

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 前世と今世の繋がりを見つけて日本へ帰って来てから迎えた五度目の春、私は高校二年生になった。

「いってらっしゃい、お姫さん」

「勉強がんばれよ、姫」

「うん! いってきます」

 朝はいつも四人揃ってご飯を食べて、翔平さんと旭さんに見送られて家を出る。食事の当番は私。それ以外の家事も分担制にしてあって、すっかり共同生活にも馴染み忙しくも騒々しい日々を送っている。

「朔、今日の予定は?」

「今日はおやじの知り合いのジャズミュージシャンの所に顔出す」

 学校までは朔がいつもバイクで送ってくれるんだ。その時に朔の予定を聞くのが日課なの。

 この春高校を卒業した朔は、進学しなかった。学校での勉強ではなくて色々な音楽に触れて経験を積む期間にするのだと言っていた。音楽関係の学校への進学も、朔はぎりぎりまで悩んでいた。でも結局、今の仕事をメインでやりながら自分の引き出しを増やす時間を過ごそうと決めたみたい。学校でしか出来ない経験もあるけれど、学校以外の場所じゃないと出来ない経験だってあるから。これが正解っていうのはきっと、誰にもわからないんだろうな。

「千歳」

「んー?」

 学校からの許可はもらってあるから朔が送ってくれるのは学校の敷地内まで。自転車通学の生徒達で賑わう駐輪場でバイクを止め、降りてヘルメットを脱いだ私を朔が呼ぶ。

「がんばれよ」

「うん! 朔もがんばってね!」

 朔のエールに笑顔で応え、私は手を振ってから歩き出す。

 学校でのいやがらせはすっかりなくなった。でも以前とは違う意味で遠巻きに見られるようになった。それは朔が送ってくれる朝、特に顕著になるんだ。リンチ騒動で素顔がバレてしまってからはダサ子スタイルを卒業した私。朔との関係を公表もしていなければ特に隠すような事もしていないから私と朔の事は公然の秘密で、学校の送り迎えを週刊誌に撮られて話題になって以降はファン公認のカップルとなった。どうやらそれを、学校の子達は遠巻きに見ているらしい。

「楠さんおはよう!」

 新しいクラス。一緒に会話を楽しめるクラスメイトも出来た。

「今日も送ってくれたんだね! 樋田先輩って怖そうだから誰も近付けなかったのに、楠さんといる時には柔らかい雰囲気だよねー」

「去年、楠さんが入学してから上級生の間でも大騒ぎだったらしいよ。樋田先輩ってイケメンだから、遠くから見守る学園の王子だったんだって! 入学当初からギターの腕も抜きんでてたから目立ってたんだって先輩から聞いた!」

 朔が王子なんて笑えるけど、私が去年受けた嫌がらせの原因はそれだったみたいなんだ。ホリホックのギタリストとしても知られている朔の周りをダサい服装の妙な女がうろついていた事は、この学園の女の子達からするととっても目障りだったのだと、リンチ騒動後に噂で聞いた。嫌がらせをしていた子達からは謝られた。私がホリホックの姫だと知られてしまってからは想像通りの掌返し。でも私の無意識で無神経な行いが人を不快にしていたんだから仕方ないよね。眼鏡の仕返しは十分したし、彼女達も学校側からキツイお叱りを受けたっていうし喧嘩両成敗という事で水に流した。そうして、私の学園生活は平和になったんだ。

 二年になってから、私は作詞と編曲を中心に学んでいる。出来る事の幅を増やしてホリホックの曲のバリエーションを増やしたい。最近は朔が作るぐずぐずに甘い歌が人気だったりする。なんでも詞に出る朔はわかり易くて可愛いと思う。そんな所も、好き。

 学校が終わると、朔か広瀬さんが迎えに来てくれる。今日は四人揃っての仕事があるから三人が既に乗っているワゴンがお迎えに来た。これから向かうのは映画の顔合わせ。恋愛青春映画の主題歌をホリホックが担当するんだ! しかも出演までしちゃう。私も含めてはじめての演技にみんな緊張している。台本は既に手元へ届いていて曲も納品済み。主役は歌手を目指す女の子で、彼女がボーカルを担当しているバンド内での恋愛模様を描いた作品。そのバンドメンバーをなんと、ホリホックが務めさせていただきます! しかも主人公の相手役は朔。でも主役は私ではなくて、私が演じるのはライバルお邪魔虫キャラ。主役の女の子と朔を取り合う売れっ子美人歌手が私の役。生まれ持ったこの悪女面を生かして演技も頑張るつもり。

 実は今回のこの仕事、主題歌だけじゃなくて出演もして映画内で使われるのが全てホリホックの曲っていうとっても大きなお仕事なんだよね。

「おはようございます! よろしくお願いします!」

 まだまだ新人の私達は早めに現場入りして、監督やスタッフさん達への挨拶を終えた後で次々と現れる役者さん達に頭を下げ挨拶して回る。この業界は体育会系だから、上下関係とか礼儀とかそういった事は基本でとても大事。

「キャー! ホリホック、私ファンなんです!」

 笑顔で駆け寄って来たのは主演の子。別事務所で売り出し中の清純派女優さんだ。

日向ひなた真広まひろです! Sakuが相手役だなんて感激!」

「……よろしくお願いします」

 いきなり朔の手を取って握ったかと思えばきらきら光る瞳の上目遣い。主演女優って伊達じゃない。オーラが違う。

「姫もやっぱり美人ですね! ライバルが姫なんて緊張しちゃう!」

「演技は未経験なのでご迷惑をお掛けしないように頑張ります。よろしくお願いします」

 日向さんこそ、とっても可愛いです。清純派って言葉が本当にぴったり。でもあれれ? 笑顔の握手、力が、強い。表面上は完璧笑顔。敵対心は相手である私にしか伝わらないよう、周りには見せないよう上手い具合に隠して伝えられた。女優さんて凄くて怖い。芸能界ってやっぱり、一筋縄じゃいかない場所のようです。

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