第19話 甘い香り 3

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 正月気分も抜けきらない、年明けすぐ。新年最初のお仕事は次に出す曲のミュージックビデオ撮影。まだデビューはしていないけど、こういうのは事前準備が大切なんだって。今の所レコーディングが終わっているのは全部、旭さんが書いた曲。まずはイメージを定着させるのに統一性を持たせる為だと悟おじさんから説明された。

「今回のドレスは葵色! 二曲目のリリースが梅雨明け夏間近と伺ったので、仮面は青空のイメージでーす!」

 ホリホックが纏う衣装のメインデザイナーは酒井さん。着付けをしながら細かい部分の直しを同時進行する為、今回も彼女は現場に来ている。そして始まる楽しそうな衣装解説。来年のデビューライブに向けてホリホックのライブグッズのデザインの打ち合わせもあるから、彼女は今大忙しらしい。

「立葵は下から花を咲かせるので、前回よりも花の数を増やしてみました」

 酒井さんの言う通り、前回は二つだった花の数が増えて手首や指にも灰色がかった明るい紫色の花が咲いている。

 完成した私の姿を上から下まで点検して微調整を加え、満足そうに彼女は頷いた。

「完璧です! 今回は騎士達の衣装も夏らしく明るめの緑に変更してあるんです。さぁお手をどうぞ、お姫様」

 前回突っ走り、二人で転びそうになった事を反省したらしい酒井さん。でもやっぱり早く完成形を見たいようでそわそわしている彼女の姿に思わず笑みが零れる。こういう可愛い女の人、好きだなぁ。

「ライブのグッズってどんな感じなんですか?」

 歩きながらの世間話。こんな素敵な衣装を作る彼女がデザインするライブグッズも、とても楽しみだ!

「グループ名に因んで、やっぱり立葵を全面に押し出していくつもりです! その内お姫様にもお披露目されると思いますよ」

「楽しみだなぁ」

「期待してもらって大丈夫です! 任せて下さい!」

 私達は頼もしい味方に恵まれている。メンバーの実力も本物だし、この先の道のりに不安は感じていない。

 会話を楽しみながら多くの人の手を借りて辿り着いたスタジオでは、三人の騎士が私を待っていた。カメラの前に立つのも三回目ともなると慣れて来たみたいで、三人共リラックスしている様子だ。身軽に駆け寄りたいのをぐっと我慢して、私はお姫様らしく気取って三人のもとへ向かう。

「見て見てお花たくさん! これ、葵色っていうんだって!」

「台無しだな」

 三人の目の前に立った途端うきうきを抑えきれなくなった私に、朔がまた失礼な発言。何が台無しだって言うんだ!

「口を開かなければ完璧妖艶美女なんだけどなぁ」

「何言ってるんだよ、翔平。これが姫の姫らしい可愛い所じゃないか」

「まぁね。お姫さん、今日もめちゃ可愛い!」

 褒められているはずなのに納得いかない。むぅっと唇を尖らせていたら、伸びて来た手に頬をむにりと押し潰された。

「やめてよおバカ! 化粧が崩れるでしょ!」

「そんな厚塗りしてんの?」

 朔の手を振り払い、私は言い返す。

 朔は、あの詞を書いた後でも態度を変えなかった。朔が相変わらずだから、私も変わらない。

 酒井さんのスマホでの撮影会の後で始まった本番。監督の指示通りに動いて、歌って、演奏して。挟まれた休憩のタイミングで悟おじさんが様子を見に現れた。洸くんも一緒だ。顔が見られて嬉しかったけど仕事中だし、駆け寄るのは我慢。朔と旭さん、翔平さんの三人も悟おじさんの存在に気が付いて、椅子から立ち上がり歩み寄って来た社長とその息子に頭を下げた。

「順調みたいだね。これ、うちの息子」

「連城洸です。はじめまして」

 悟おじさんに紹介された洸くんは、爽やか王子様スマイルで挨拶をする。メンバー三人もそれぞれ自己紹介して、順番に洸くんと握手をした。

「ちぃ。綺麗だね」

 挨拶が終わった洸くんが私に向き直り、指先へキスを落とす。流石乙女ゲームの王子様! 様になり過ぎる程その動作が似合ってる!

『それで? 俺が口を削ぎ落とすのはどいつ?』

 爽やか王子様スマイルキープの洸くんが、流暢な英語で物騒な事を言い出した。

『あれは事故だって言ったでしょ! 撮影見て行くの?』

『うん。一緒に帰りたいけどまだこの後も行く所があるんだ。――ちぃ? 教えないとここで激しいキスしちゃうよ?』

 脅すように囁いた洸くんに、ぐっと腰を抱き寄せられた。溜息を吐き出して、私は近付く唇を指先で止める。

『仕事中。プライベートはあんまり持ち込まない方が良いんじゃない?』

『関係無いさ。でも……見当は付いた。握手する時も睨まれたし、今も、俺を睨んでる』

 洸くんの視線はまっすぐ、朔へと向けられていた。狼の嗅覚は鋭いらしい。

『あんまり刺激しないでよ。彼だって悩んでるんだから……』

『俺のちぃは魅力的だからね。奪わせたりしないけど』

 そっと指先にキスを落とした後で、洸くんは私を解放してくれた。苦笑しながらも会話を聞いていた悟おじさんに連れられて、洸くんは他のスタッフさんや監督に挨拶する為に行っちゃった。溜息を吐きながら洸くんの背中を見送ってから、私は三人に振り向く。

「本物の姫と王子だったな」

「監禁王子かー。一見爽やかだったけどね。英語で何話してたの?」

「翔平さんは監禁からそろそろ離れてよ。この後の予定の話。まだお仕事なんだって」

「わざわざ英語で内緒話なんて、嫌味なやつ」

 忌々しそうに朔は洸くんを睨んでる。これは洸くんじゃなくてもわかり易いかなと思って、私は頭が痛む気がして指先でそっとこめかみを抑えた。

「おひーめさん」

 翔平さんにちょいちょいっと手招きされ、近寄ったら周りに聞こえないよう声を落として内緒話。

「ね。彼、朔の事話してたんでしょ? なんだって?」

 翔平さんの鋭さに驚いた。何て言うべきか、私は悩む。

「朔があからさまに睨んでたし、彼の方も挑発してる感じだったしさぁ。お姫さんが怒られたりは、なかった?」

「大丈夫。私は怒られなかったよ。ただ……朔、口削ぎ落とされちゃうかも」

 監禁王子だなんだと言われているし、もういいかなと思って諦めの気持ちで本当の事を言ったら、翔平さんはお腹を抱えて笑い出した。ひーひー苦しそうに喉を引き攣らせながら大笑いして、目には涙まで滲んでる。いつまで笑うんだろって見守っていたら、満足したのか楽しそうに息を吐き出してどうにか収めたみたい。

「流石監禁王子だね」

 楽しそうにそんな事を呟いた翔平さんは、朔と旭さんが座ってる所へ戻って行った。


 順調に撮影も終わり、最後まで見ていた悟おじさんと洸くんが声を掛けてくる。

「帰ったらゆっくり休めよ。お疲れさん」

「お疲れ様でした。生の演奏も聞きたいので、練習にもお邪魔させて頂きますね」

 洸くんの言葉に旭さんがお待ちしてますと答えて、三人は頭を下げた。私もお辞儀するべきかなと思ってそれに倣おうとしたら、洸くんの手で止められる。

「帰ったら、ちゃんと温かくして寝るんだよ?」

「わかってるよ。待ってても良い?」

「うん。日付が変わる前には帰る」

「ん。お仕事、頑張ってね」

「ちぃはお仕事お疲れ様」

 洸くんはまた私の指先にキスをして、にっこり優しい笑みを残して去って行った。

 撮影の後って、ライトをたくさん浴びるせいかとっても疲れる。帰りの車の中でうとうとしてると、伸びて来た腕に抱き寄せられて頭を肩にのせられた。あーまずい、朔だ。ぼんやり考えるけど、眠りかけの体は動かない。

「千歳」

 完全に眠りに落ちる寸前、呟く朔の声が聞こえた気がした。

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