第8話 原石探し 2
悟おじさんと相談して、原点回帰で諫早学園へ足を運んでみた。去年まで洸くんが通っていた場所。洸くんの事を考えると途端に、会いたくて堪らなくなる。夏休みを利用して会いに行く約束をしているからもう少しの辛抱。早く会いたいな。
「ちぃちゃん? 一年生が今ギターの練習をしているみたいだから、そこ行くよ」
ぼんやり洸くんの事に思いを馳せてしまっていたら、顔を覗き込まれ少しだけびっくりした。今は最後のメンバーであるギタリスト探しに集中しなきゃいけない。大きく息を吸って気分を切り替え、悟おじさんの後について歩き出す。ギタリストが見つかれば、私の仕事もおしまいだ。
学園の人に案内され入った練習室では数人の生徒が演奏していた。立ったままで壁に背を預け、そっと目をつぶり一つ一つの音を吟味する。
「……あの男の子の音だけ、聴きたい」
緩く結んだネクタイに、ワイシャツのボタンを第二まで開けて制服を着崩している男の子。彼の音が気になった。
学園の人におじさんが頼んで他の子達には演奏をやめてもらい、その男の子だけに弾いてもらう。私と悟おじさんを一瞥してから不遜な態度で彼は弦を掻き鳴らす。
練習室に響いた音は、心に染み込み揺さぶった。胸が熱くて苦しい。この胸の高鳴りは、まるで恋だ。彼の音に私は恋に落ちる。痛くて苦しい胸を両手で押さえ、惹かれてどうしようもなくて、演奏し終えた彼に歩み寄る。まるで恋する乙女みたいに顔が火照っている事に少しだけ戸惑ったけれど、頭に残っている旭さんのドラムと翔平さんのベースの音が、目の前の彼の音色と混ざり合い色付いた。これだ。この三人だ。彼らならいける。輝ける。
言葉なんて見つからないままで近寄った私は彼の手を取り、ぶんぶん振り回して何度も何度も頷いた。
「誰だよてめぇは?」
不快そうに眉間に皺を寄せた彼は思い切り、私の手を振り払う。
「私は千歳。楠千歳。あなたの名前は?」
答えない。つんとそっぽ向かれた事にむっとなり、私は彼の頬を抓んだ。
「なーまーえーはー?」
「触んなっ!
私の両手を振り払った朔は不快感露わにし過ぎで、まるで猛獣。
「ただの中学生だけどメンバー探しに協力してるの。あなた、バンドでギタリストをしてくれない?」
「はぁ? あんたがバンドやんのかよ? そんな見た目で?」
今の私はダサ子モード。適当に結った髪にダサフレームの眼鏡と長い前髪で顔の半分を隠して、体型も隠す為だぼだぼの服を着てる。
「私はやらないよ。メンバー探しの協力だけ」
「ただの中学生が?」
「うん。お隣さんで頼まれたの」
「訳わかんねぇよ。変な女」
「朔は失礼な子だね?」
「勝手に下の名前呼び捨てしてんな」
「おこりんぼ? 牛乳飲んだら?」
「てめぇのせいだろうが!」
しかめっ面で怒ってばかりの朔に苦笑しながら悟おじさんが話を引き継いで、名刺を渡す。おじさんの名前と目的を聞いた朔は途端にびっくり顔。私に対していたのとは百八十態度を変えた事には少し腹が立ったけれど、何はともあれ私のお手伝いはこれで終了かな! デビューの日が楽しみでわくわくが止まらないよ!
なんて思っていたけれど、私のお手伝い、まだ終わりじゃありませんでした。
夏休みが始まってすぐ、三人の音合わせに私は呼ばれた。自己紹介は事前に終わらせてあるらしいけど、モデルの子だけ仕事で来られないから代打のボーカルを仰せつかったの。悟おじさんに連れられて入ったスタジオには既に三人が揃っていて音出しをしてる所だった。
「ちぃちゃん、楽譜これね」
「はーい。これが例のデビュー曲?」
「そう。まぁ、悪くはない」
苦い顔で笑う悟おじさん。大人って大変だよね。私も前世は苦労した。
「千歳飴、メンバーじゃねぇって言ってなかったか?」
楽譜の読み込みをする私に朔が不満顔を向けてきた。千歳飴っていう謎の呼び方は無視しておこう。反応したら負けな気がする。
「ボーカルの人の代役だよ」
「歌えんのかよ? 邪魔すんじゃねぇぞ」
「人並みには歌えるよ。邪魔しないように頑張る!」
大きくガッツポーズをして見せたら舌打ちされた。朔はガラが悪い男の子です。
朔が音出しに戻ったから、私もウォーミングアップをはじめた。こうやって生の演奏をバックに歌うのは久しぶりだからわくわくしちゃう。
「じゃあ、そろそろ始めようか」
コントロールルームへ入った悟おじさんがマイクを通して号令掛けたのを合図にみんなスタンバイ。ドラムとベースから始まり、ギターが加わる。三人が奏でた音楽に、私は腹の底から湧き出すゾクゾクが止まらなくなった。鼻から大きく息を吸い、音を楽しみながら私も彼らの音楽に色を添える。混ざり合い、高め合い、気持ち良すぎて夢心地になる。やっぱりこの三人の音って最高!
最後の音の余韻が空気に溶け、私は興奮を伝えようと思って振り向いたんだけど……三人は呆けたように私を見てる。どうしたんだろう?
「君、プロとかじゃないよね?」
「なにその歌唱力! やばくない?」
旭さんと翔平さんにべた褒めされた。なんだか照れ臭くて緩んだ顔で笑った私を、目をまん丸にしたままの朔が見つめ続けてる。
「朔、見過ぎ。そんなにびっくりした?」
「そりゃびっくりすんだろ。なんであんたメンバーじゃねぇの? すっげぇじゃん」
朔にまで褒められてしまった! 朔って人を褒める事の出来る子だったんだねなんて、ちょっとだけ感動しちゃう。
「そう思うだろう? デビューの話をずっと断られているんだよ。ご両親は本人が望むなら構わないと言ってくれているんだけどなぁ」
マイク越しで会話に参加したおじさんは、ガラスの向こうで苦笑を浮かべてる。
「平凡が一番」
誘われる度返す、同じ言葉。
「これだもんなぁ。勿体無い」
笑顔できっぱり断る私におじさんも、いつも通りにわざとらしくがっくり肩を落として見せた。お決まりのパフォーマンスだ。
ダサ子地味子で目指せ公務員! そんな私の人生設計は、結局崩される事になる。
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