2 繋がりの結末

第4話 繋がりの結末 1

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 結局、五月を過ぎても洸くんは変わらなかった。シナリオの進行状況とかヒロインの近況とかが気になり何度も聞いてみたんだけど、他の男の事は気にしないのなんて言って洸くんは頑なに教えてくれない。

「ね、文化祭行っても良い? そこでのイベントが見たいの!」

「うーん……どうしても来たい?」

「うん! どうしても行きたい! お願い!」

 お願いしますって土下座をしたら、苦く笑った洸くんが頷いてくれた。

「連れて行くけど約束してね? 絶対に俺から離れたらダメだよ?」

「わかった!」

 心配性が過ぎる洸くんに笑顔で頷いて、当日は何を着て行こうか悩む。恋人がダサ子なんて洸くんも恥ずかしいよねって思うからちゃんとした格好で行かなくちゃと、私は気合を入れた。



 白いレースのミニ丈ワンピにエメラルドグリーンのライダースジャケット。レース飾りの付いた白ソックスにスモーキーピンクのワンストラップのパンプスを合わせ、鞄は紺色のショルダーバッグ。髪は編み込みを駆使してすっきり纏めてみました。完璧美少女の完成です!

 今日の文化祭イベントでは、ヒロインが攻略キャラの演奏で歌う。この歌が有名で通称が「恋歌」になったんだよね。もし現在進行しているのが逆ハールートなら、攻略キャラみんなの演奏をバックにして歌うからとっても格好良いんだ。洸くんは生徒会の仕事が忙しくてそのイベントは辞退したらしく、私と一緒に観客側で観られると言っていた。

「ちぃ!」

 正門前で待ち合わせしていたんだけど……駆け寄って来る洸くんが、何故か怒ってる。原因がわからず黙ったまま見つめていた私を、駆け寄って来た勢いのまま洸くんは力一杯抱き締めた。

「ダメだよ! どうしてそんな可愛い格好してるの? 俺以外が見るなんて許せない! 帰るよ」

「そ、そんなぁ! ダサ子は洸くんが恥ずかしいと思って頑張ったのに……文化祭、楽しみにしてたのに!」

 余りの理不尽に泣きそうになりながらも足を踏ん張り、ぐいぐい学校から離れようとしている洸くんを止める。恨めしそうな表情で振り返った洸くんに、再びぎゅうっと抱き締められた。

「ちぃがダサ子だって気にしないよ。むしろその足! 他の男が見るのが気に入らない! こんなに人がいる所でそんな格好したちぃを歩かせるなんて無理! 俺は反対!」

「でも、だって、洸くんが喜ぶと思ったのに……」

 嬉しそうに笑った顔が見られるんじゃないかと思っていたのに……予想外の反応をされて、ほんと、涙出そう。

「ごめん、ちぃ。泣かないで。可愛過ぎて嫉妬しちゃうんだ。すごく可愛いよ。このまま何処かに隠しちゃいたいくらい」

 涙の溜まった目尻へキスされて、優しく抱き締められたから私の気分はちょっとだけ浮上する。安堵を笑みにして顔へ浮かべたら、ほんのり苦さが滲んではいるけれど洸くんは笑顔を見せてくれた。

「今日はもうこれで来ちゃったし、イベント始まっちゃうから……ダメ?」

 どうしても見たいの! だから洸くんが弱いと知ってるおねだり攻撃。両手で洸くんの手を握っての上目遣い。どうだ!

「仕方ないなぁ。絶対に離れたらダメだよ?」

「うん! わかった!」

 許可が下りてルンルン気分で手を繋いで歩き出した私に、洸くんは黙ってついて来てくれた。

 諫早学園は現役アイドルも通う学校だけあって警備が厳重な学校なんだよね。文化祭の時でも招待状がないと中へは入れない。私は洸くんがくれた招待状で校内へ入り、会場のホールに向かう。

「人凄いねー? 桃園愛香って何番目?」

 パンフレットを見ながら洸くんに聞いた。ゲームだと順番は特に描かれてなかったから知らないんだよね。

「彼女は出ないよ」

「へ?」

 歩きながら出演者名簿を指で辿っていた私を見下ろして、洸くんが変な事を言う。出ない訳が無い。だって、この文化祭はルート確定の大事なイベントだもん。間抜けにも口を開いたまま固まってしまった私を見て、洸くんは笑う。

「彼女はちょっと問題を起こして、出場資格が取り消しになったんだ」

「問題?」

「そう。問題」

「問題って?」

 にっこり笑ってる洸くん。これは、教えてくれない時の顔。

「でも私、彼女の歌を聴きに来たんだよ? それじゃあ何しに来たのか……」

 ゲームでも感動するシーンで、それを生で見たくて聴きたくて来たのに……どうして?

 訳がわからず呆然とする私の耳に突然、女の子の怒鳴り声が届いた。

楠千歳くすのきちとせぇぇえッ!」

 大声で名前を叫ばれ、飛び上がる程驚いた。でもすぐに洸くんの腕の中へ抱き込まれ何にも見えなくなる。

「やっぱりお前が何かしたんだなッ! 連城洸が攻略出来ないのもシナリオ通りにならないのもお前の所為なんだろ! どうしてくれんだよ! ゲームがっ……攻略出来ない!」

 信じられないけどこの声は桃園愛香だ。怒りに染まっていた彼女の声が一瞬、涙で詰まったように聞こえた。

「洸くん。私、彼女と話さなくちゃ」

 私は桃園愛香と向き合いたくて洸くんの腕の中でもがく。でもどうしてだろう、洸くんの腕が全く緩まない。

「良い。ちぃはそんな事しなくて大丈夫」

「どうして? 彼女は私の事を怒ってる。私を呼んでる」

「しぃっ。静かに」

 洸くんの手で口を塞がれた。なんとか体を捩って、視線だけは声がした方へ向ける事が出来た。そこには髪を振り乱し血走った目をした桃園愛香と、攻略キャラが全員揃っていた。何これ? こんなイベント、ゲームのシナリオにはない。

「桃園さん。良い加減見苦しいよ」

 洸くんと同じ攻略キャラの一人、小柄で可愛らしい男の子は桃園愛香の同級生。彼は冷たい声でヒロインへ告げた。

「愛香ちゃん、酷いし図々しいよねぇ? 俺ら全員手に入れようだなんて」

 彼も攻略キャラの一人だ。フェミニストの二年生。女の子みんなに優しいはずの彼の声まで氷のように冷たい。ゲーム中のイベントでヒロインを彼のファンから守る時にこんな声と表情をしていたけど、それが何故かヒロインである桃園愛香へと向けられている。

「欲張り過ぎたな。お前は自分の行いで身を滅ぼしたんだ」

 洸くんと同級生の生徒会長。彼も攻略キャラの一人で、一見怖い人だけどヒロインに対しては優しく笑う人。ここまで怖い声も顔も、ゲームでは聞いた事も見た事もない。ゲームの中では全員ヒロインに優しかったのに、これは何? 何が起こっているの?

「君もバカだよね。俺に関わらなければ逆ハーレムだろうがなんだろうが放っておいてあげたのに、俺のちぃを侮辱したからこうなったんだよ?」

 洸くんが冷たい笑みを顔に張り付け告げた言葉で、私は愕然とした。私が知らない場所で一体何が起きていたの? わからないのは、何も知らないのは私だけ? いつの間にか集まっていた諫早学園の制服を着た野次馬達も射るような視線を桃園愛香へ向けている。

「おかしいよ、だってこれはゲームでしょう? 私はヒロインだから……これはゲームだから、エンディングを迎えないと終われないじゃないか!」

 聞きたい。話したい。そう思って暴れても、力が強くて洸くんの手は解けない。わかった。良いよ。洸くんが私を除け者にするっていうならこっちだってね――

「い! 痛ッ」

 徐に両手を上げて洸くんの脇腹へ十指全ての爪を力の限り食い込ませてやったら、やっと洸くんは私の口から手を離してくれた。

「洸くん、これは何事? 洸くんが何かしたの?」

 見上げて聞くと拗ねた顔をして顔を逸らす洸くん。そんな顔をしたってダメです。目を逸らさずじぃっと睨み続けていたら、折れた洸くんが渋々とではあったけど教えてくれた。

 五月に起こるはずだったイベントにも洸くんは不参加で、納得のいかなかったらしいヒロインは事ある毎に洸くんと関わろうとしてきたんだって。逆ハールート狙いで、洸くん以外の三人の攻略も同時進行で。ヒロインの目に余る行動は学園中が彼女を敵視しはじめるくらいだったらしい。全く取り合おうとしない洸くんに痺れを切らせたヒロインは、私が自分と同じ転生者のはずで、転落人生怖さに洸くんを籠絡した悪女だと洸くんに告げた。それに怒った洸くんが他の攻略キャラ達に彼女の三股をバラしての、この騒ぎ。

「もしかして洸くん、この為にイベントとか攻略キャラの事を詳しく聞いてたの?」

 夏休みが終わった辺りから、何故か矢鱈とゲームの事について質問されたんだよね。興味があるだけだなんて言っていたけど、どうやら悪巧みはその時既に始まっていたみたい。

「洸くん、手を放して」

「やだ」

「放さないなら嫌いになる」

「……わかった」

 渋々だけど私を解放してくれた洸くん。ありがとうの気持ちを込めてにっこり笑い掛けたら、彼は不満そうな表情を浮かべた。そんな洸くんから離れ、私は攻略対象者の三人と口論を始めていた桃園愛香へ近づいた。彼女は歩み寄る私に気付き、大きな目を凶悪に釣り上げる。途端、大きな音と同時に私の頬に痛みと熱が走った。

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