本編


 ここは静かな虚空の世界、宇宙。

 重力の枷から解き放たれたこの場所は想像以上に過酷な場所だ。


 我々を照らしてくれるのは太陽光の眩い光を浴びた母なる大地のみ。


 自分達の家となる衛星ステーションでの船外活動では必ず命綱が必要となる。万が一この綱が切れて無重力の波に攫われたら永遠に虚空の世界から帰って来れなくなる。


 宇宙とは幻想的な場所の代名詞であると同時にとても過酷な場所でもあるのだ。


 時は21世紀。


 宇宙開発は未だ地球の周囲が重点的であり、ここ最近になってやっと月へも開発の手が伸びたという段階だった。


 冷戦時代に行われたあの宇宙開発競争の熱狂がもし21世紀になった今でも続いていれば人類火星到達も夢では無かっただろうが、それはもしもと言う話でしかない。


『ソラ。いよいよだな』


『うん――』


 だがそれが微々たる進歩であっても宇宙開発は進んでいった。


 今目の前では月面へと向かうための宇宙ステーション「スターブリッジ」が見えている。

 港にある巨大なコンテナを繋げたように見えるこの物体はスペースシャトルの停車駅の役割を持つ。

 打ち上げられたシャトルはここで一度補給し、月へ、地球へと目指すことになる。


 作業員のための居住娯楽施設を内蔵し、そして近年では擬似的に重力を発生させ、身体を鍛える事が出来るトレーニングルームなどが外付けされていた。


 このトレーニングルームの仕組みは水を入れたバケツを全力回転させても中身が零れないあの仕組みを応用した物だと考えてくれて良い。そのせいか外観は大きな車輪のようになっている。


『そう言えば一ヶ月間身体を鍛えなきゃいけないんだよね?』


『ああ。アストロノーツの辛い所だな……』


 無重力空間での作業は急速に筋力が衰える。

 そのため宇宙飛行士は地球に降りる際、リハビリを行わなければならない。 


 あのフリスビーのように見える施設を見ていく内に彼はちょっと憂鬱になった。


 彼の姿は他の厳つい宇宙服を着た面々と違い、スペースシャトルを模したような白黒のカラーリングが特徴のスマートかつヒロイックな外見の宇宙服を着ていた。


 飛行機の尾翼のようなアンテナがついたフルフェイス仕様のバイザー。今バイザーはシャッターが閉じて外部カメラ式の物が作動している状態だがこれが開くと海外産FPSゲームに出て来るようなヴィジュアル的コンバットスーツを身に纏ったヒーローみたいな面構えになる。


 ヘルメットの周囲は首回りがシッカリとしており、身体を白いタイツで覆われているが機密性や耐衝撃吸収能力は軍用ですと行っても十分通用するレベルだ。背中には映像が白黒時代のコメディアンが背負っていたような巨大なロケットを背負い、両肩にはスペースシャトルの機首をそのまま移植したかのようなデザインのアーマーが、両手には曲面的な厳ついガントレット、両脚には太腿の二回り程大きなシューズを履いている。


 きわめつけは腰に巻いたベルト。彼の外観と相まってか、ソレはまんま変身ベルトに見える。


 これのせいで彼はよりヒーローとして見られ、宇宙に生きるアストロノーツ達の間では絶大な人気を誇る。

 彼は最初戸惑っていたが馴れた今では「心の支えになれるのであれば」と思い、快くその立場を受け入れていた。


 だからと行って彼は本来の仕事は忘れてはいない。

 コンテナの運搬。

 シャトルの整備点検の手伝い。

 時にはマシントラブルの際の緊急出動なんて事もあった。


 全力を尽くしたつもりだが自分は本当に役に立つ事が出来たのか不安に思う時がある。 


(宇宙での暮らしも暫くお別れ――もしかするともうこれで終わりかも知れない)


 だから出来売る限りじっと……この第二の故郷「宇宙の姿」を脳裏に焼きつけようとした。



【約一ヶ月後:地球・日本のとある学校にて】



(はあ…大丈夫かしら)


 学校の屋上。

 一人の女子生徒がフェンスに両手を当てて盛大に溜め息を吐いている。

 綺麗な青い髪を腰まで伸ばし、これと言ってスポーツをしている訳でも無いのに引き締まった体付きをしていた。

 顔は良いが美少女と言う訳でも無い。周りの評価をそのまま述べるなら元気が取り柄の明るい子だ。 


(本当はメールでも良かったけど、告白と言えばやっぱり面と向き合って口で伝えるのが常識よね)


 普段の彼女ならこの屋上に微かに残るタバコの臭いや散乱したゴミに嫌な顔をしていただろう。

 しかし今の彼女にはそんな事は些細な障害でしか無かった。


(って…もう来たの!!??)


 屋上の扉が開くと同時に心臓がドクンとなる。

 慌てて体臭のチェック。香水を掛け過ぎず、薄過ぎていないか確認。

 自分の感覚を信じれば大丈夫の評価だがそれでも不安だった。


(よ~し絶対告白を成功させるわよ!!)


 心の中で彼女はこの日の為に考えたセリフを何度も復唱。

 昨日の夜行った笑顔作りの特訓も忘れない。

 その他様々な重要事項を再確認をし終えると彼女は頬を軽くパンと叩いて気合を入れた。


「よっしゃ。やるわよ!」


 小声で自分に言い聞かせて彼女は笑顔を作って振り向く。

 其処には一人のビジュアル的な長身の男子生徒。絶対クラスでモテるタイプ。

 もしこの男子生徒が王子様なら自分はシンデレラのポジションだろうと彼女は思っている。それでも彼女は男子生徒に向って彼女は自分が必死に考えて編み出した魔法の言葉を呟いた。


「橋本君…私、貴方の事を一目見てからずっとこの思いを伝えようかどうか迷ったけど…実は私貴方の事が好きなんです!! もし良かったら私と付き合ってください!!」


 それが昨日の話。

 彼女は教室で放心状態になって朝日を浴びている。

 そのせいか髪の毛はやや乱れ、ソックスも吐き切れていない。

 今の彼女の心境を例えるなら完全燃焼してスポーツ漫画でありがちな「負けたけど満足な試合だった」では無く「自信満々で挑んだけど遊ばれた上に完封負けした」心境だった。


「真子ちゃん。告白失敗したんだね?」


 眼鏡を掛けて前髪を綺麗に揃えた地味そうなクラスメイトの一人が心配そうに声を掛ける。

 この女子生徒とは親しい間柄だ。


「ええそうよ……あんだけ頑張ったのにさ、酷いわよ……お前見たいな奴好みじゃないからって言ったから思わずパワーボムを三連発して…もう最悪よ……」


「どっちもどっちだね…だから顔で選ぶのは止めといた方が良いのに…」


 パワーボム。


 プロレスの技の一つで相手を足の付け根に腕を入れる様にして持上げ、地面に叩き付ける派手な投げ技である。

 使用者のパワーが要求されるが、叩き付ける際のスピードとその時の精神的なダメージ、激突時の衝撃による破壊力により背骨や後頭部にダメージを与え、一撃で相手を戦闘不能に追い込める程の破壊力を持つ。


 リングの上ならまだしも固い屋上のコンクリートの地面へ本気を出してやれば常人を一撃で戦闘不能に追い込める。

 現実でそれを三連発をやると下手すれば病院送りになるので絶対真似しないように注意しよう。


「だけど顔は重要でしょ!! 友人として付き合うならアリだけど恋人同士で付き合うなら出来るだけカッコイイ上に将来年収一千万円ぐらい稼ぐ人がいいじゃない!!」


「真子ちゃん…もうちょっと夢を持とうよ」


 だけど彼女はえ~とブーイングで返した。


「経済不況とかで厳しい社会になってんのに夢を持って何になるのよ? 今時子供だってサンタクロースは自分の親だって知ってるわよ」


「真子ちゃん落ち着いて…夢持つ持たないかは自由だけど他人の夢をぶち壊す様な真似は止めて」


「いいじゃん。他人の不幸は見ていて面白いけど自分がそうなると面白くないでしょ?」


「それ昼ドラの見過ぎだよきっと…後そんなんだから中々彼氏出来ないんだよ」


 彼女の名は心道しんどう 真子まこ。

 高校に入ってからと言う物の、彼氏欲しさに何度も色んな男子生徒に告白している。

 それが計五回、全部アウトに終っていた。


「え~え~私はハンマーとかハリセンとかが似合う野蛮な女ですよ。私の将来の彼氏はどうせ冴えない年収二百万年以下のサラリーマンなのね」


「自棄にならないの…昨日の話結構噂になってるんだしこれ以上評価下げると告白が脅迫になるよ」


「はいはい。あ~いっその事柔道部にでも入ってこの怒りぶつけてやろうかしら…」


「一つ言うけどプロレス技は禁止だよ真子ちゃん…」


「柔道って投げ技と関節技で相手をノックアウトする競技じゃ無いの?」


「大体合ってるけどアルゼンチンバックブリーカーとか四の字固めとかは禁止だよ……もうそれ打撃技意外禁止のバーリィ・トゥードゥだから」


 呆れながらも親友は解説する。

 真子はえ~と嫌な声を出し、即刻柔道部行き脳内から除外した。


 ちなみに心道 真子の母親は女子プロレスラーである。

 親孝行の変わりに母親が面白がって娘の真子にプロレス技を教える為、何時しか真子はあらゆるプロレス技を習得してしまった。

 その実力が昨日の告白で見事に発揮されるもんだから人生分からないものである。たぶん母親も想像だにしなかっただろう。


「大体一度限りの学生生活が何で彼氏作りが前提なの?」


「だって~楽しい学生生活って言えば、普通そうでしょ?」


「どうしてそれが普通なの…ってあ、チャイムだ」


 遥訳チャイムが鳴り朝のHRに突入。

 同時に若い眼鏡を掛けた女の教師が入って来た。


「起立。礼。着席」


 小学生の頃から仕込まれている三点動作を皆揃って華麗にこなす。

 同時に担任の出席確認が始まった。  

 このタイミングで遅刻を逃れる為に必死に走って来た生徒が少なからず現れる。

 大抵遅刻しそうな人間は決まっており、担任も呆れながら注意して席に付く様に促した。


「さて…今日は転校生を紹介します」


「転校生?」


 お~と声が上がる。

 学生社会に置いて転校生はイベントの一つ。

 そんなに変り者でも不良でも無ければ大抵一週間ぐらい質問攻めされて一時期人気者になる。

 馴れてくると普通の学生と変わりなく過ごせるのだ。


「それでは入ってください」


 スライド式ドアががら~と開かれる。

 其処から現れたのは男子の制服を着た小柄の女の子だった。

 髪の毛は白く、ショートヘアーだが揉み上げを伸ばしている。

 顔はカッコイイとか凛々しいとかでは無く、チワワの様な可愛い美少女系の顔付き。

 皆言葉を失っていた。


(……男女?)


 真子もそうだった。

 もしかして自分より可愛いのでは無いかと言う軽い嫉妬を覚えてしまう。

 教室中の男子も女子もどう言うリアクションをすれば良いか戸惑っている。

 まるで時が止まった様だ。


「海外の暮らしが長く、日本の常識はあまり知らないそうなので皆さん出来れば教えてあげてくださいね? それでは自己紹介をお願いし


ます」


「は、初めまして。ぼ…じゃなくて俺の名前は星崎ほしざき 空そらです。皆さん宜しくお願いします」 


 少女の様な声で男の制服を着た童顔の人物はそう言って一礼。

 クラス全員が性別がどっちなのか余計に分らなくなっていた。


(もしアレが本当に男だったら女性の私の立場が無いわよ…)


 真子は脳内で身勝手な事を考えていた。


「それでは皆さん。何か質問はありますか?」


「念の為言って置きますけどよく言われますけど、俺は男の子ですよ?」


「ええええええええええええええええええええええええ!!??」×クラス一同


 クラス全体から衝撃の声が響く。

 真子もその真実に耳を疑う。 

 まだ面白半分に男装している女子生徒の方が信じられるぐらいだ。

 この反応は仕方無い。そう仕方無いのだが。


(男であれってどう考えても反則よね……)


 本気で真子はそう思った。

 絶対に生まれる性別を間違えている。

 許されなら奴の呼称は怪人女男だ。


「せ…席は心道さんの席が開いてます」


(えええええええええええええ!!?? 私の隣!?)


 真子の心に更なる爆弾が投下。

 そう言えば隣の生徒は先日退学し、空席となっていた事を思い出す。

 その感にも少年はトランク片手にテクテクと席へと向った。


「あ…隣同士ですね。これから宜しくお願いします」


「よ…よろしく」


 めちゃくちゃ爽やかな笑顔で挨拶される。

 もし空が女の子なら確実に男のハートをワシ掴み出来るだろう。

 しかし真子はドキドキする所か動揺していた。


(こりゃ暫く学校はこの話題で持ちきりね…)


 もう容姿だけで話題性がある。

 休み時間になったら写メの嵐だろう。

 そして性質の悪い空気感染するウイルスの如く忽ち学校全体へ広まる。

 そんな光景が真子の目に浮かんでいた。


 しかし、真子の予想はそれを遥かに超えていた。


 休み時間後は予想通りだったが会話の内容を良く聞くと「父と母が宇宙開発の為の研究をしており、自分は長い間それに付き添う形で海外にいた」と言う過去が発覚。


 エリート家庭出身でどう考えても来る高校を間違えていると思った。 


 教師の指名に答えられると、空はまるで小学生の問題を解くかの様にスラスラと解いた。


 英語は勿論完璧にこなせる。


 体育の授業ではサッカーで運動部の上を行く運動力を見せ付けてハットトリックを決めて見せた。


 この快進撃は古文の授業で止まる……海外の生活が長い帰国子女にアリがちな設定に真子のクラスの皆もそう思っていたがそれすらもこなして見せた。


「凄いねあの転校生…もう学校中その話題で持ち切りだよ…」


「放課後には女に囲まれてカラオケする姿が目に浮かぶわ」


 クラスメイトの言う事に真子は弁当を食べる為の橋片手に溜め息を付いた。

 既に周囲には女子生徒や男子生徒が囲まれており、すっかりクラスの人気物。

 近寄り難い雰囲気が無く、人当たりも良いので更に人気が急上昇だ。


「それであの子には告白して見る?」


「遠慮しとくわ…ああ言うのは私の好みじゃないの」


 真子の好みをアバウトに言うなら大人の男性でオジ様も射程内だ。

 空はそれとはぶっちぎりで正反対の男の子。

 興味の対象外だった。


「本当に何て言うか…好みがハッキリしてると言うか何て言うか」  


「まあ友達と付き合う程度ならアリね」


 そう言って自分が作った弁当をほうばった。そんな真子へふと男子生徒が近寄った。

 昨日真子がパワーボムをぶっ放した、男子生徒。コブを作ったのか後頭部に湿布を張っていた。


(うわ~団体さんで来ちゃった) 


 男子生徒が二名程取り巻きに付いている。

 ソコソコ顔が良いが真子の心に来る物が無かった。


「昨日はよくもやってくれたな」 


「何よ…私も悪かったかも知れ無いけど振るなら振るでもうちょっと言葉ぐらい選びなさいよ!?」


 ザワザワと教室が騒ぎ出す。

 直ぐ近くで転校生に取り巻いていた人間も会話を止めて此方を見ているが真子は気にせず睨み付ける。

 それよりもどうしてこんな奴相手にアソコまで真剣に告白準備した自分が怨めしく思っていた。


「態々来てやっただけでも有り難く思えよ」


「そんなスカした態度取ってればカッコイイと思ってる訳?」


「その俺に告白した挙句、パワーボム食らわしたのわ何処のどいつだ?」 


 売り言葉に買い言葉。

 段々と激しい口論になって来る。


「だからってあんな物言いは無いでしょ!?」 


「お前見たいなメスゴリラにはそれで丁度良いんだよ。それと放課後屋上に来い」  


「嫌に決まってるわ」


「何だと?」


 頭に来たのか男子生徒が胸倉を掴む。

 だが真子は右腕で強く掴み返した。


「何? 女に暴力振るう訳?」


「先に振るったのはお前からだろうが」


「で…殴るの殴らないの? 殴る気が無いんならさっさと離しなさいよ」


 それがトリガーになったのか、男子生徒が拳を振り被る。 

 怯んだ真子は目を瞑った。


(…………え?)


 だが、殴られた痛みが中々来ない。

 恐る恐る目を開けて見ると――


「星崎君!?」


 割って入る様に横からあの女顔の転校生が拳を片手でキャッチ。

 どう言う訳か表情は戸惑いを隠しきれていなかった。


「あの…流石に暴力はどうかと…」


「お前は噂になってる転校生か?」


「転校生が一人だったらそうだと思います…」


「その手を離せ。何ならお前から打ん殴っても良いんだぞ?」


「それは止めといた方がいいですよ」


 ケンカに自信がある様なセリフだが表情は何故か怯えている。

 一体何なんだこの子は?

 止めるなら止めるで真子としてはしっかりして欲しかった。 


「…ふん」


 男子生徒は真子の胸倉を離す。

 それを見届けると空も手を離した……と同時に空の腹目掛けて蹴りが飛んだ。 


「あの…え~と…大丈夫ですか?」


 まるでコメディの様だった。

 蹴った筈の男子生徒がその場で痛そうに蹲り、蹴られた筈の小柄な男の子が心配そうに見ていた。

 言葉が矛盾しているかも知れ無いが事実そうなのだ。


 何が起きてるのか真子やクラスメイトはサッパリだった。

 もしかしてこの二人前以って段取りを決めていたのではと馬鹿な考えが浮かぶぐらい変な光景だった。


 その日、モテモテだった男子生徒の株価は急降下。

 その変わりに星崎 空の株価は更に急上昇した。


「んで…どうして貴方が私と一緒に帰ってる訳?」


「皆さんから色々お誘い貰ったんですけど引越しの片付けとかまだ済んで無いですし…それに一緒に帰ってるのは偶然ですよ」


 放課後。

 真子と空は同じ帰り道を歩んでいた。

 助けてくれた感謝の気持ちはあるが、それだけである。


 何故だか真子は空の事が気に入らないのだ。

 それはパーフェクト超人過ぎる空への嫉妬の気持ちだったが真子はその事を気付く事は無かった。 


「うん…」


 交差点に付いた時。

 ふと道路の真ん中でネコが立ち止まっていた。

 見ているだけでヒヤヒヤする。

 車の往来が激しく一人で恐怖を押し殺しながら耐え凌いでいる様に見えた。


「って危ない!!」


 真子は思わず叫ぶ。

 トラックが突っ込んで来たのだ。

 猫が肉の塊になる姿が目に浮かび思わず目を背けた。


「って…え?」


 目を開けると猫の姿もおらず。

 そして空の姿も無い。

 その変わりに道路の反対側に、まるで特撮物にでも出て来そうな白黒の戦闘服を纏った仮面の戦士が猫を抱えている。

 何がどうなっているのサッパリだった。


「よしよし…今度は気を付けるんだよ」


 パッと猫を放すと仮面の戦士は星崎 空へと戻った。


「な…何がどうなってるの…」


 目眩でも起こしたのかと思い目を擦る。

 すると空が何時の間にか自分の傍へと戻っていた。


「えと…心道さん? 今の…見ました?」


 不安げな表情を浮かべて空は真子は訴え掛けた。


「もしかしてちょっと銀色の仮面の戦士が見えた気がするんだけど…」


「なななな、何でもしますから今日の事は内緒にしてください!!」


「え?」


 一瞬何を言い出すんだコイツはと思った。

 だが気になる物は気になる。

 真子は話を聞いて見る事にした。


「え~と、つまり貴方は…その、悪の組織と戦う為に改造されたサイボーグ?」


「大体合ってますけど悪の組織はいませんよ」


 近所の公園のベンチに座りながら真子は話を聞いたのだ。

 勿論喋らないと今回の事をばらすと言う脅迫手段を用いた。

 それを使うと観念したかの様に喋らなくても良い事まで喋り始めたのだ。


(こいつ…頭良いけど腹芸とか言葉の駆け引きとかそう言うの苦手なタイプね…)


 つまり空は善人過ぎる上に正直過ぎるのだ。

 将来飛んでも無い詐欺に合いそうで心配になるが、聞き出せた内容はそんな心配が宇宙の果てに吹き飛ぶ様な内容だった。


(実はその…僕…じゃ無くて俺はサイボーグ何です)」


 詳しい話を聞くと昔空は事故に巻き込まれて重傷を負ったのだ。

 それは謎の爆発事故であり、

 巻き込まれた空は瀕死の重傷で助かるのは絶望的な程だったらしい。


(それで改造されたの?)


(うん…人類初めての宇宙活動型サイボーグ。それが僕…じゃなくて俺何だよ)


 両親は宇宙開発の研究の副産物であったサイボーグ技術を使い、息子をサイボーグへと変えたのだ。


 さっきの白黒の戦士こそがその姿。


 殴られても平気だったり、高い運動神経も記憶力もそのサイボーグ技術による物だ。 

 それから空のサイボーグとしての生活が始まり、空は両親の仕事にも積極的に取り組んだのだ。


「まあ話は大体分ったけど…改造されて何とも思わなかったの?」


「うんうん。一人寂しく過ごす事多かった前と比べて、両親と過ごせる時間が多くなって逆に感謝したよ」


 真子の予想を裏切る返事が返って来る。

 思わずベンチからずっこけた。


「ど…どうしたの?」


「いや、家族と過ごす時間が長くなって嬉しいってのは分るけどさ。どうして自分をこんな化け物同然の体に変えたんだとかそう言うリアクションは無いの!!??」


 ハイテンションになって怒涛のツッコミを浴びせる。

 そんな真子を見て空は少々ボンヤリとなりながらも答えた。


「確かに身体能力は人間を超越してるけど…周りの人はそんなに邪険に扱わなかったし…それに事故だから親を憎むのも筋違いだと」


「え~普通はグレるでしょ? 大体宇宙目指している最中なのにどうして日本に来たのよ?」


「両親が必要なデーターは取れたから、その御礼変わりに日本で生活して見ないか? って言われたんだ」


「何でお礼が日本の生活なのかよ…」


「日本に行ってみたいって大分前から話した事があるんだ。たぶんそのせいだと思う」


 ハードな過去の割りに本人が明るいので全然同情する気が湧かなかった。


 溜め息も出てしまい、目眩がして来る。

 一人あれこれ脳内で考えている自分が馬鹿らしくなったのだ。


「変身すると身体能力が上がるけど他にも色々な能力があるんだよ」


「もしかしてキック一つで怪人を倒したりとかそう言う…」


「そんなの無いよ…てか宇宙人と戦う為にサイボーグになった訳じゃ無いんだから…」


「例えばどんなの?」


「鉄を溶接する為に炎を出したり、バッテリーの充電の為に電気を出したり、緊急時の時の為に冷却剤を噴射したりとか…試した事無いけ


ど酸素ボンベを背負わなくても普通に宇宙空間で活動できたりとかかな」


「何か地味ね。光線を発射したりとかミサイルとか撃ったりは出来ないの?」


「戦闘用じゃ無いんだから…」


 苦笑いして空は答える。

 もし空が日本に置けるサイボーグを知っていればもう少し違った答えを出せたかも知れない。


 もっとも真子の質問が割と非常識なだけで空には何の罪は無いが。


「まあ話は分ったわ」


「絶対秘密ですよ?」


「誰も信じないわよこんな話…」


「え? そうなんですか?」


 目眩の体へ更に頭痛が上乗せされた。


「あのね~日本をどう思っているか知らないけど、クラスに一人や二人サイボーグがいたりする訳じゃ無いんだから。話しても誰も信じないわよ」


「そ…そうなんですか?」


「そうなんですかじゃ無いっての…たく」


 何だか真子はとても疲れた気がした。

 もう真っ直ぐ家に帰ろうと思い、硬い鉄製のベンチから立ち上がった。


「って…サイレン? ヤケに五月蝿いわね…何かあったのかしら?」


「アレじゃ無いですか?」


 空が公園の出口に指を指す。

 その先にある銀行で警察官が大量に湧いていた。


 銀行。


 大量の警察官。


 この不達のワードで連想される事は一つ。

 最近すっかり聞かなくなる様になり、もう絶滅危惧種かと思っていたがまだやる奴がいたのかと真子は思った。


「銀行強盗ね…」 


「銀行強盗…て事は事件?」


「ほっときましょ。こう言う時の為に税金払ってんだから警察官に任せりゃいいのよ…って」


 光りに包まれ、一瞬にして姿が変わっていた。

 体が先程見た銀色の仮面の戦士へと変わる。


 改めて近くで見るとフルフェイスのヘルメット以外、これと言った突起物は無く、体の方は黄色いボディラインがくっきり浮かぶアーマー。両腕には明らかに何か仕込まれていますと言わんばかりの厳ついガントレットが装着され、足にはこれまた何か凄そうな機能が詰め込まれてそうなごついレガ―スのような物を履いていた。


 この日本の特撮お約束『瞬時に変身能力』はどう言う技術なのか分らなかったが、そんな事はどうでもいい。


「え~ともしかして行くつもり――って待ちなさい!!??」


 真子は慌てて追い掛けるが短距離走の金メダリストも真っ青な程のスピードで駆け抜ける。


 100mの9・5秒台で大体時速約40Kmらしいから今の空は大体80kmぐらいは出してそうだった。


 そして警官隊の並を飛び越える様に空中で側面二回転捻り+前に三回転して警官隊の波の向こうへと消えて窓ガラスを突き破る音がした。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??」


 犯人の絶叫が聞こえた後。

 再び空が信じられない程の跳躍力を見せ付け、近くの建造物の屋根へと飛び移り去って行く。

 犯人を何らかの方法で無力化したんだろう。


 少し遅れて警官隊が中へと突入して行く。

 ちょっと時間が経過すると空は真子の真後ろから歩いてやって来るがこれは追跡を逃れる為、ワザと迂回して来たんだなと思った。


「何て言うか手際良くない?」


「アッチでも似た様な事してましたから…」


「正義の味方稼業って奴ね」


「そ…そうなります」


 真子は今日で何度目かになる溜め息を吐く。

 こんな飛んでも無い奴と明日からまた席を並べるのだ。

 深く関わらなきゃ良かったと思い、今度こそ帰路へと付いた。


 そして翌日。


 二人は方を並べて登校している。

 運命の神様は奇遇な事に済んでいる場所までを隣同士にしてくれたのだ。

 その為今の二人で仲良く登校と言う図が完成していた。


「ねえ。ニュース見た?」


「何のニュースですか?」


「銀色の仮面の戦士…突然窓ガラスを突き破って、銃に撃たれても物ともせず電気ショックを流し込んで病院送りにしたんだって」 


 空はビクッとなる。

 ニュースとして報じられ、話題となっている。

 特に銀行の監視カメラでその勇士はバッチリ写し出されていた。


「しかし貴方銃で撃たれても大丈夫なのね…」


「サイボーグですからね」


「いっその事正義の味方でも名乗れば? そっちの方がお似合いよ」


「それも良いかも知れませんけど…目立つのは嫌ですね」


 あんなことして何を言うかと心の中で呟く。

 同時に今度は三階建てで庭付きの一軒家が火災しているのが目に入った。


「助けてください!! まだ中には息子が!!」


 その家の母親らしき女性が必死に叫び、集まった住民達と供に消防車の到着を待っている。


 何が原因かは分らないが火の勢いは強く一階~二階まで火の手が回っていた。


「なんか大変そう……ハッ!?」


 慌てて空の方を見ると予想通り変身完了していた。


「ちょっとは変身する場所選びなさいよ…」


「す…すいません…」


 この病気としか思えない程のお人好しに真子は「はぁ……」と深い溜息をついた。


「私に何か言っている暇があったら助けに行きなさい、正義の味方さん」 


「あ…ありがとうございます…」


 そう言って再び空高く跳躍し一軒家へと突入。


 三階から子供を抱えて飛び出て母親に受け渡すと腕に装着されているガントレットから勢いよく白い煙――恐らく消化剤を放出し家の火を消し止める為の消火活動を行う空の姿が映し出された。


 本当にお人好し過ぎるが――まぁ悪くはない。

 真子は一人そう思った。 


「やれやれ…転校生は正義の味方か…」


 そう呟きながら遅刻の言い訳を考える真子であった。


 END

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