錬金術師と聖夜の晩餐会

澄ヶ峰空

第1話 錬金術師 黒羽麒麟 白雪サイド

 なにやら周りが騒がしい。その喧騒の中を歩いていく黒髪の高校生くらいの少年がいる。その少年はそこにいる魔術師に声を掛ける。


「日本国防軍所属、国家三級錬金術師の黒羽麒麟です。現状説明を要求します」


 少年の名は黒羽麒麟というようだ。それを見ていた少女、鳳白雪は目を疑った。現在の日本で錬金術師という存在は少ない。日本が魔術師国家だからだ。それに、国防軍の国家錬金術師はもっと少ないだろう。彼ら、国家錬金術師は魔術師を執行する権利がある。魔術師が魔術師を執行するというのは現在の日本の法律では禁止されている。魔術師同士の戦闘は大きな被害が予想されるし、実際問題、民間人の被害者が多くなる事例が多かった。それ以外にも、魔術師の呼び出す悪魔が暴走する可能性も高いからだ。悪魔に魔術というものは効きにくい。魔力の塊みたいな存在に魔力をぶつけても変化は起きないということだ。

 少年の前にいた警官、といっても魔術犯罪捜査官という旧日本にはいなかった存在が敬礼し答える。


「はっ、了解しました。私は森田二等魔捜官です。現在、この魔術研究所の職員が呼び出した悪魔が暴走し、研究所ないで職員に憑依、立て篭もり、魔力を得る触媒、つまり魔術師を一時間以内に十人寄越せ、とこちらに持ち掛けています。現在は警視庁公安局が包囲し対応していますがこれを破壊されるのも時間の問題だと思われます」


 事態はかなり悪い状態だろう。まあ悪魔がより強い力を持つため魔術師の魔力を求めるのはよくある事例だ。悪魔召喚の条件は悪魔によっても違うが基本的には魔力の供給だ。 憑依された職員は悪魔におそらく己が抱えられるより多い魔力を要求し呑み込まれたのだろう。こんな事態でも少年は慌てずに警官に質問を続ける。


「要求されてから何分経ちました?」

「約四十分くらいだと思います」

「では、呼び出した悪魔の情報の提示を要求します」

「はっ、わかりました。悪魔はアガリアプレトの部下、四級指定の悪魔一体です。ですが、研究所を火の海にしているので制圧が難関な状態です」


 悪魔の炎というのは一般消防隊が消せるようなものではない。魔力を燃料にしたものだからだ。この火の鎮火は国防軍の鎮火部隊が行うことになっているが、現在、国防軍の大多数の実戦大隊は同盟国の魔術を用いたクーデターに対応するためいない。それに、ここはそこまで軍の基地が近い立地ではない。鎮火部隊の待機組が来るのも時間が掛かるだろう。少年は少し思案した後、また言葉を口にした。


「公安の人たちを下がらせてください。結界師の結界を強化してそれ以外の人は現場から遠ざけてください。俺がやりますから」


 少年はさきほどから着ている軍服にマント―魔術阻害の結界がエンチャントされたものだろう―を羽織り、武装しながら現場の十人の魔術師を招集する。そして片手に自動拳銃を持ちそれ以外に武装をしないで歩き始めた。さすがに軽装過ぎると思ったのだろう、警官が彼を止める。


「黒羽錬金術師、その軽装では危険だと思います」


 それを聞いた少年は真剣な顔でいった。


「俺は別にその職員を殺すつもりは全然ないですよ。まあ退魔師みたいに悪魔を祓えるわけじゃないですけど、悪魔を拘束するくらいならできます。まああなた方が危惧するような事態にはなりませんよ。あ、一応魔術師さんたちに自分に防御魔術の結界を張るようにだけ言っておいてくださいね」


 そうとだけ言って悪魔を囲む結界をすり抜けていく。あれは魔力があるものの侵入や外出を制限する代物だ。だが、この魔術の国で魔力を持たないものはほとんどいない。あの錬金術師は魔力を持っていないということだろう。黒羽麒麟は悠然と歩いていく。

 魔力を持たない人間が来て挑発されていると思い、痺れを切らしたのだろう、悪魔が暴れだす。火球をばら撒くが、麒麟には当たらない。まるで攻撃をあらかじから知っているかのようにかわしていく。やはり、それを見て興奮したのだろう、悪魔は一際大きい火球を作り出し投げつけた。さすがに直撃だと周囲のヤジウマや魔術師、悪魔も思っただろう。だが、そこに黒羽麒麟はおらず、もう悪魔の背後に回りこんでいた。拳が悪魔に入る。もし、あの数秒間で一瞬で移動したとしたら、もはや人間技じゃない。


「何故、我の後ろにいるのだっ!」


 悪魔が呻きながら聞いた。おそらく、攻撃を当てられずいいように攻撃されたことよりも、彼に恐怖を感じたのだろう。それは野次馬の一人である私も同じだった。魔術師の、それも幻術師ならまだしも、魔力を持たないあの少年が幻術を使えるわけがない。それに、彼は錬金術師だ。


「簡単なことだぞ? 俺は最初からお前の後ろにいたし。お前が火球を当てようとしてたのは俺が映った鏡だよ。俺がさっき錬成したな。ま、錬金術で作ったものだから市販のとは比べ物にならないくらいに高性能だけど。さ、疑問は解けたか?」


 黒羽は自動拳銃のセーフティーを解除し、照準を悪魔に定めた。だが、悪魔が憑依するのは人間だ。もちろん、痛覚的にダメージを追うのは悪魔だが、結局肉体にダメージが残るのは人間だ。それを知っているからこそ、悪魔はまだ強気でいられたようだ。まさか、黒羽が撃つとは思ってないのだろう、余裕の表情を浮かべている。だが、黒羽はもう引き金に指を当てている。それに、目から色彩が、人間らしさのようなものが消えている。あれなら迷わず引き金を引くだろう。それを本能的に察知したのか、悪魔が恐怖の表情を浮かべて、黒羽に言う。


「お、お前まさか、撃つつもりか? そしたら死ぬのはこの男だぞ?」

「違う、死ぬのはお前だ。警告する、今すぐのその男から離れろ、でなければ発砲する」

「ふ、やれるものならやってみろ!」


 黒羽が発砲した。その銃弾が悪魔の頬を掠める。それに本能的に悪魔は動いた。また火球を生み出し近距離で投げようとした。が、結局投げられはしなかった。投げようとした火球を黒羽が右手でそれを止めたのだ。だが、彼の腕は燃えていない。彼は炎を伝って間接的に悪魔の本体に錬成をかけたのだ。錬金術師は金属を思いのままに操るだけでなく、元素を操るという。錬金術師にしかできないやり方だ。

 黒羽は錬成し己とつながった状態の悪魔を職員から引き剥がし、その近くに落ちていた。実験用の魔導具に悪魔を無理やり憑依させた。そして銃口をゼロ距離で向ける。


「もし、お前がこれ以上暴れるならこの銃弾、あと三十発近く残ってるのを全部ぶち込む。あ、まだ消えていいとはいってないからな。もうひとつ、知っていればでいいから答えろ。お前はを知っているか?」

「なんだよ、そんなことわかるかよっ!」

「なら失せろ」


 黒羽は一発だけ発砲した。悪魔は悲鳴を上げながら憑依を解き、アストラルへと戻った。

 これが黒羽麒麟という錬金術師を私が見た初めての機会だった。そして、この男が言う黄金の錬金術師、と言う存在との熾烈な戦いに私が巻き込まれるなんて、まだ思いもしていなかった。

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