お嬢様は、今日も綺麗な瞳でずるく笑う。
らむね水
真実を知ったらどうするだろう?
『お嬢様』は、ズルい方だと思う。
蝶の様に、その黒い髪をふわふわと揺らして。
花びらみたいに、繊細なドレスを身に纏って。
黒猫の様に、目を細めて。
砂糖菓子の様に、甘い声で私を呼ぶ。
「きいち。」
「どうしたんですか?お嬢様。」
ズルい、ズルいよ。その声は。
脳みそが、ドロドロに溶けてしまいそう。
「眠れないの。」
「…では、ミルクをお持ちしますね。」
そうやって、私が言葉を振り絞れば。
お嬢様は、私のジャケットの裾をクイッと引っ張る。
いつものこと。
「きいちがそばに居てくれたら良いの。」
「…わかりました。」
私の答えを聞けば、満足そうに微笑むお嬢様。
そんな所が、ズルい。
「きいち、キスして?」
その小さな唇で、私を弄ぶ所がズルい。
「おでこにも、頬にも、手首にも。」
その体を覆う、白い肌がズルい。
「きいちの匂いで、いっぱいにして。」
その香水じゃない、甘い香りがズルい。
「きいち、かっこいい。」
でも、私もズルいから。
『お嬢様』を責められない。
「…よくまあそんなこと。…私のこと、《見たことの無いくせに》。」
「見えなくてもわかるよ、きいちがかっこいいことなんて。」
胸が、剣で刺されたように痛んだ。
そう、『お嬢様』は、目が見えない。
私のことを見たことが無い。
『お嬢様』が知っているのは、私の家系が代々この家に仕えているということだけ。
だけど、私に愛を囁く。
私も、『お嬢様』に愛を伝える。
でももちろん、『お嬢様』は自分のことを見たことが無い。
女の子が欲しかった奥様に、蝶よ花よと大切に育てられた『お嬢様』は知らない。
_自分が、男だということを。_
_私が、女だということを。_
お嬢様は、今日も綺麗な瞳でずるく笑う。 らむね水 @ramune_sui97
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