第10話 アニーの疑問~アズウェルはロリコン?~

「しかし兄さん、手の方は何とも無いのかい?」

 アズウェルに剣を突き付けた男が恐る恐る尋ねた。押すことも引くことも出来ないほど強く剣を握っていたのだ。手が傷ついていないわけが無い。山賊とやり合った時にアニーが思ったのと同じ事を考えたのだ。


「ほれこの通り、何とも無いぜ。俺、身体丈夫だから」


 アニーにした時と同じ様に掌を見せるアズウェル。あの時と同じく傷どころか剣の跡すらも付いていない。


「兄さん、もしかしたら魔法使いってヤツかい?」 


 一人の男が言った。身体を石の様に硬くする魔法があるらしいが、それを使ったのではないかと考えたのだが、アズウェルは笑って言い返した。


「俺はただの狩人さ。食う為にはいろんな獲物と戦わなくちゃならない。手の皮も強くなるってもんさ。面の皮と一緒にな」


「兄さん、狩人にしとくのはもったいねぇな。どうだい、俺達と一緒に冒険なんてのは?」


「悪いけど遠慮させてもらうよ。俺は狩りで日々のメシが食えりゃ、それで十分だからな」


「なんだ兄さん、欲が無いんだな」


 リーダー格の男が残念そうに言う。もっとも自分より弱い相手にパーティーに誘われたところで、加入する者などあまりいないと思うのだが……


「ところで兄さんはドコに向かうんだい?」


「ああ、サルムーンにちっと用があってな」


 アズウェルの言葉に男達は色めき立った。


「ってことは、やっぱ竜を?」


「兄さん、狩人って言ってたけど、それってモンスターハン……」


 どうやら彼等も竜が出たという話を聞きつけて、サルムーンに向かう様だ。しかし、竜など例の湖に行けばいくらでも居るというのに、なぜわざわざサルムーンまで足を運ぼうとするのか? 

 答えは簡単、竜が出たというのはサルムーンの町外れ。人里離れた湖で竜を倒すより、そっちで竜を倒した方が名を上げるのに効果的だからだ。彼等も竜を倒す事など売名行為にしか思っていなかったのだ。


「違ぇよ。言ったろ、俺は食えるだけの獲物が狩れりゃ、それで良いんだ」


 アズウェルはグラスの酒を一気に飲み干すと、席を立った。


「アニー、そろそろ行こうか」


 アニーは男達が怖かったのか、話に加わらず、ひたすら食べる事に徹していたのだった。

 

 宿屋に戻ると二人はそれぞれの部屋に別れ、休息を取った。アズウェルはかなり飲んだ様で、ベッドに横になるとすぐに鼾をかきだした。アニーは部屋の簡素なシャワーを浴びて髪に付いた酒場の臭いを落とすとベッドに腰掛け、物思いにふけり始めた。


 何故アズウェルはこんなにも良くしてくれるのだろう?


 竜の逆鱗を惜しげも無くくれた上に、兄の病状を聞いた彼は兄を診てくれると言う。しかも、自ら出向き、途中の食事や宿代まで出してくれる……


――ひょっとして、私の事を……?


 アズウェルにロリコン疑惑がかかった。


 アズウェルは、見た目から判断すると二十代後半というところだろう。対してアニーは十五歳。つまり一回り以上離れている。と言うか、アニーはアズウェルの事を名前と狩人だと言うことしか知らない。そんな男を信用して大丈夫なのだろうか? いや、少なくとも今のところは優しくしてくれているし、酒場でも男達から守ってくれた。宿だって部屋を別に取ってくれている。


 考えはまとまることが無く、ベッドに横たわったアニーはいつしか深い眠りに落ちていった。


「アニー、起きてるか? ってか起きろ!」


 ドアを叩く音と共にアズウェルの声が聞こえる。アニーが目を開けると窓の外は既に明るくなっていた。彼女は飛び起きると、ドアの向こうのアズウェルに答えた。


「ごめんんさい。今、起きました」


「いや、べつに謝らなくっても良いんだけどな。まあ、出る準備が出来たら荷物持って俺の部屋に来てくれ。鍵は開けとくから」


 言い残してアズウェルは去っていった。アニーを起こしに来ただけの様だ。アニーは急いで顔を洗い、身支度を整えると部屋を出た。


「おう、早かったな」

 思ったより早く顔を見せたアニーをすっかり支度を整えたアズウェルが迎えた。


「おはようございます。お待たせしてごめんなさい」


 頭を下げるアニーの後頭部が目に入ったアズウェルは溜息混じりに言った。


「アニー、お前、ちゃんと髪の毛乾かさないで寝ただろ?」


「う……変かな? 一応これでも髪、整えたつもりなんだけど……」


 髪に残っている寝癖を手櫛で直しながらアニーが答えると、アズウェルは厳しく言い張った。


「ダメ、やり直し。女の子なんだから、可愛くしないと」


 まるでお母さんである。そして、アニーの金髪を見ながら残念そうに付け加えた。


「髪、伸ばしたら良いのによ。せっかくこんな綺麗な髪してるのに、もったいない」


「うん……昔は伸ばしてたんだけど、竜と戦う時に切っちゃったんだ」

 アニーは髪に手をやりながら寂しそうに言った。長髪の冒険者はいくらでもいる。しかし、アニーは竜と戦う時のリスクを少しでも減らす為に長い髪を短く切ったと言う。彼女はそこまでの覚悟を決めて竜に臨んだのだった。


 なんとかアニーの髪の寝癖が取れ、宿を出た二人。チェックアウトの時間にはまだ少しあったが、少しでも早くサルムーンに向かおうとアズウェルが気遣ったのだ。もし、彼がアニーの身体目当てだったらそうはしないだろう。もしかしたらアズウェルは本気でアニーの事が……?

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