第6話 ザーガイより面倒臭い敵

 アニーは全てを話した。帰りにザーガイに襲われ、竜の逆鱗の力で助かった事を。

「良かったじゃないか。生命が助かってよ」

 アズウェルは母や兄と同じ事を言った。しかしアニーにはその言葉も慰めにしか聞こえなかった。


「でも、そのせいでお兄ちゃんの病気が……」

 俯いて涙を流すアニー。アズウェルは呆れた顔で言った。

「お前なぁ……お兄ちゃんお兄ちゃんって、兄貴と自分、どっちが大事なんだ?」

 涙を流したまま黙り込んだアニーにアズウェルは言葉を続けた。

「そういうのは生命が助かったからこそ言えるんだ。自分の為に妹が死んだら、残された兄貴はもっと辛いんだぞ」


「うん……」

 泣きじゃくりながら頷くアニー。アズウェルは肩手で頭をボリボリ掻きながら、もう片方の手をアニーの頭にぽんっと置いた。

「わかりゃ良いんだ。ところでお兄さんの病気ってのはどんな感じなんだ?」

 何故医者でも無い、ただの狩人のアズウェルが兄の病気の事を聞くのだろう? などと疑問を持つことも無く、アニーは素直に兄の病状を説明した。


「俺は狩人で、色んな土地に行ってる。ちょっと思い当たるフシがあるんだが、一度お兄さんに会わせてくれないか?」

 普通の狩人なら、自分のテリトリーと言うか、住処を注進とした一定のエリアで狩りを行うものだ。しかしアズウェルは色んな土地に行ってると言う。しかも、竜の逆鱗を手に入れていた。もしかすると彼は狩人は狩人でもモンスターハン……いや、珍獣や凶獣を求めて国々を旅する冒険者的な狩人なのだろうか?


 兄の病気の手がかりが少しでもあるのならと、アニーは藁をも掴む思いでアズウェルを連れて家に戻る事に決めた。

「アレックスに乗せてもらってひとっ飛び……といきたいトコだが、そうそうアイツに無理は言えないからな」

 アズウェルが申し訳無さそうに言うが、元々アニーはこの湖まで歩いて来ているのだから異存は無い。二人は連れ立って山道を歩いた。


 もう少しで山頂だという頃、茂みからガサガサという草の擦れる音が聞こえた。


「ザーガイ?」


 アニーに夜の山中で襲われた記憶が蘇った。身構えるアニーにアズウェルは冷静に言った。


「いや、ザーガイより面倒臭いヤツ等みたいだな」


『ザーガイより面倒臭い』狩人のアズウェルがそんな風に言う相手とはいったい? アニーの背中に冷たい物が走った。その途端、茂みから影が三つ躍り出た。


「おう、荷物置いてけやぁ」

「賢くしてりゃぁ生命までは取りゃあしねぇよ」

「それとも生命置いてくか?」


 現れたのは剣を手にした山賊達。お約束とも言える言葉をそれぞれが発している。アニーの額に嫌な汗が流れた。するとアズウェルが不思議そうな顔でアニーに言った。

「あれっ、嬢ちゃん、ビビってるのか?」

 剣を手にした山賊が三人、ビビらないわけが無いだろう。しかしアズウェルは平気な顔で言葉を続けた。


「人間三人なんて、竜と比べたら何てこと無いだろ」


「んだとゴラぁ!」

 その言葉に山賊の一人が切れた。剣を振り上げるとアズウェルめがけて振り下ろしたのだ。アズウェルは血飛沫を上げて倒れ……はしなかった。剣戟を片手で受け止めたのだ。正確には受け止めたのでは無く、振り下ろされた剣を虫でも捕まえるかの様に無造作に掴んでいたのだ。


「コイツ、バカかよ!」

 剣を掴まれた山賊は剣を引こうとした。そうすれば刀身を掴んでいる手の指はバラバラに切り落とされる。しかし、剣はびくとも動かなかった。アズウェルはにっこり笑った。

「どうした? 剣を引きたいんだろ、もっと思いっきり引いてみろよ」

 挑発する様に言うアズウェルに、もう一人の山賊が叫び声を上げながら斬り付けた。だが、アズウェルは顔色ひとつ変えずにもう片方の手で同様に掴み取った。

「ほら、両手が塞がっちまったぞ。今がチャンスだぜ」 

 山賊の残った一人に笑いかけるアズウェル。


「だったらこうだ!」

 残った一人はアズウェルで無く、アニーの方に剣を向けた。彼女を人質に取ればアズウェルを何とか出来ると考えたのだろう。しかしアニーは素早い動きで剣を抜き、その攻撃を受け流した。彼女は今回は護身用の少し小さな剣を持っていた。だからこそ出来た早業だろう。もし、対竜用の大きな剣であればそこまで早い抜刀は出来なかったかもしれない。


「お見事! さすがは竜にケンカ売るだけの事はあるな」

 アニーに攻撃を受け流され、勢い余って転んだ山賊に剣を突き付けるアニーにアズウェルは両手に剣を掴んだままで称賛する。二人の山賊は、何とか剣を引こうとするが、相変わらずビクともしない様だ。


「さて、お二人さんよ、どうする? 俺に剣を向けたんだ。それなりの覚悟は出来てるよな?」

 笑顔だったアズウェルの顔が変わり、目が座った。もはやこれまで、二人の山賊の手から剣を握る力が抜け、へなへなと座り込んでしまった。アズウェルは握っていた剣を遠くへ投げ捨てると二人に尋ねた。

「女の子の前で人殺しはしたく無いんだよ。かと言って、お前らをこのまま見過ごすわけにも行かない。どうしたら良いかなぁ?」


「わかった、町へ行って役人にでも引き渡してくれ。殺されるよりはマシだ」

 項垂れて答える山賊にアズウェルは満足そうな顔で微笑んだ。

「うん、お利口さんだ。じゃあ、一緒に麓の町まで行こうか」

 だが、その微笑みを消して彼は恐ろしい事を言い出した。


「途中で妙な事考えてみろ、マジで殺すからな、コイツに見られない所で。あと、逃げようったって無駄だぜ。俺は鼻が良いからな。これ以上面倒かけんじゃねぇぞ」

 アズウェルの言葉に完全にビビッてしまった山賊達に前を歩かせ、アニーとアズウェルは麓の町を目指した。

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