第3話 重度のオタクは『オタク、ナメんな』と決め台詞を吐いた

放課後、校舎を出た時にはすでに空が真っ赤に染まっていた。朝、あれほど賑わっていた通学路にはほとんど人影がない。大体、運動部に入ってる連中はすでに部活を始めてるし、伊織のような帰宅部はすでに下校している。


 ちなみに俺は補習で居残りさせられていたうちの一人だ。ちくしょう、つくづく世界は理不尽にできてやがるな。


 そんな悪態をつきながら繁華街を抜けていると、ゲームセンターから高校生らしき集団が出てくるのが見えた。制服からして他校の生徒みたいだ。


 何気なく横を通り過ぎようとした時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。今朝聞いた、銀糸を爪弾くような声。


「あのっ、もう私帰らなきゃならないの! だから腕を離してくださいっ!」


「まあま、そんなこと言わずにさ。だって、トーコと俺たちって『友達』だもんなあ?」


「そーそ、『友達』なら見捨てて帰るなんてことしないよね?」


「次はカラオケかな? ま、俺金持ってないからトーコ貸してな!」


「あ、俺も〜」


「じゃあ私も〜」


 なんだそれ、面白くないラノベのテンプレ台詞じゃないか。


 そう言いながら歩いていく一団に、思わず声をかけた。


「ちょっと、お金を人にたかるのはよくないんじゃないの?」


 何で話しかけてんの! しかも非友好的な口調だし!


 緊張したせいか、声が尻すぼみになった。そんな内心の動揺を見透かしたか、集団の中から一番ガタイのいい男が出てくる。だらしなく着崩した制服と、耳にぶら下がったピアスが何とも威圧的だ。


「あ、何だてめえ。もしかしてトーコの彼氏?」


「そ、そんな訳ないだろう! ただのクラスメイトだ!」


 いかん、次は声が裏返った! しかし、どこをどう誤解したら超絶美人な桜川さんと俺が付き合ってるなんて発想が出てくるのだろうか。さっぱりわからん。


「だと思ったぜ。トーコがこんなキモオタみたいな男と付き合う訳ないもんな」


 ギャハハと馬鹿笑いする集団。言った本人は体をくの字に折って笑っている。


「あ、今何つった?」


 低い、という表現が陳腐なほど低く、聞いた者を凍りつかせるような声が聞こえた。


 違う、これは自分の声だ。


「おい、シカトかよ。今、何つったって聞いたんだけどな?」


「お、俺はただトーコがこんなキモオタと付き合うはずがッ!?」


 瞬間、俺の渾身の弦月蹴りが男の脇腹を抉った。


 うめき声一つ上げられずに崩れ落ちる男の頭を踏みつけ、目の前の集団を睨む。


「お、おい、何ビビってんだよ! こんなヒョロぐらい、この人数で囲んだらタコ殴りにできるだろ!」


「そうだ! 這いつくばらせて土下座させようぜ!」


 そう言いながら襲いかかってくる集団に向けて、短く一言。


「オタク、舐めんなよ」


 ふふ、『今の』俺にはこいつらが雑魚モブに見えるぜ。


 片頬をニヤリと持ち上げながら、ゆっくりと重心を落とした。

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