短編集

夏目ぽぷら

オリンピック

最近、なんだかおかしい。

「ただいま~!」

「おかえり、ソラ。」

どうしたんだろう。今日はやけに不機嫌だ。

すると、ソラはランドセルを乱暴におろして言った。

「も~、お姉ちゃんのうそつきっ!」

「はあ~?帰って早々それはナイでしょ!?」

「だって今日さー、社会あったんだよ~!!まだ二年生なのにっ!」

「え!?・・・どんなことした?」

「おりんぴっくの歴史。」

出た。

おかしいことは、だいたいオリンピック。

「大変だね。(棒)」

んもう、男の子が細かいこと気にすんなっての。数年の違いでしょ?

でも、やっぱり変だよね。

「お母さん、最近、学校がオリンピックばっかりなの。ヤバくない?」

「そう。普通じゃないの?」

えっ!?

「だって、まだ小六だよ!?なのに、英語で道案内とか、意味わかんないっ。」

「そういうものでしょ。」

お母さんも、何かおかしい。私への返しが、言わされてるっていうか?

お母さん、本当にそう思ってる?


その日の夕食。

「お兄ちゃんも、最近おかしいとか思わない?」

「何が?」

「オリンピックばっかりなこと。」

お兄ちゃんは、スポーツ系の高校に通っている。

純粋で覚えが速いお兄ちゃんは結構、優等生みたい。

「う~ん、でも、オリンピック近いし、日本としても、外国に良く思われたいんじゃない?」

お兄ちゃんまで!?

「でも、確かにしつこいかもね。」

ああ。ちょっとホッとした。

「大地。下の子に変なこと教えるな。」

「いや父さん。変じゃないって。」

「スポーツを通じて、得られるものがある。オリンピックは、そう言いたいんだろう。」

「そうかな?」

なんか、お父さん辛そう。

「オリンピックのロゴマークを考えましょう!!」

「オリンピックの選手がとった感動の行動を、道徳で勉強しますよ!」

テレビまで、

「オリンピックまで、あと三年!」

「オリンピックの歴史とは?」

「オリンピック体操第三!」

・・・オリンピック体操ってなんだよ。

ってか、なんで第三?一も二もあるの?


国語・算数・理科・社会・英語・道徳・給食・体育・朝礼・図書室・ポスター・噂・デマ・悪戯・犯罪・携帯・流行・新聞・祝日・ラジオ・書店・作文・図工・音楽・食事・話題・アニメ・漫画・愉快犯・転勤・転居・出張・左遷・成績・評価・政治・歴史・・・ect

すべてがすべて、オリンピック関係。


「ねえねえ、知ってる?最近、東京に円盤がでるらしいよ?」

「さすがにそのくらい知ってるって。宇宙人が、東京オリンピックの視察にきている、って噂もあるらしいし。」

「え、マジ!?」

そんな噂話が、ここのところ聞こえて来る。

最終的にオリンピックにつながってはしまうものの、まだオリンピックに染まりきった話でないことに、安心してる。

円盤、ねえ。


円盤の話が出てきた頃から、さらにおかしくなって来た。

相手は小学生なのに、オリンピック選手になるためのスパルタ教育をしたり。

英語、社会、国語、体育の授業が圧倒的に増えたり。

そして、さらにはオリンピック出場選手を崇めるという、謎の時間ができた。

もはや一種の宗教である。

もちろん、私にはただの苦痛。

家族さえ、父と兄が本格的におかしくなって来た。

「若松選手のジャンプすごかったな。」

「選手は国民の栄誉だからな。学校で、立派な選手になるための勉強、頑張ってくれ。」

「当たり前さ。」

二人は、毎日こんな感じで、微妙に噛み合わない会話を楽しそうにしていた。


「ソラ、ミキ、おいで。」

お母さんが、真剣な顔をして呼ぶ。

「な~に?」

「父さんと大地が、海外に行くことになったの。オリンピックのために。一年くらいで帰って来るって。」


しかし、一年しても帰って来ない。お母さんに聞いても、

「連絡つくから平気だよ。」

とか、上の空で言われる。

そういえば、二人が海外に行く一ヶ月前に、偉そうな人がたくさん来て、

「貴女の息子さんが、留学団に選ばれました。」

とか言ってきた。

「ああ、ありがとうございます・・・。」

と、母は泣き出して。

「それに、ご主人はボランティア隊ですからね。大した幸運です。」

「ほんとです。私の夫が、お国の役に立てていると思うと、言葉も・・・。」

・・・私は、何て茶番を見せられているんだろうか。

「ソラ、なんかおかしいよね?」

「ダメだよ。僕がママにそう言ったら、ひっぱたかれたからね。」

怖っ!!


2021年。やっと父と兄が帰ってきた。

「おかえり!!」

二人に反抗気味だった私でも、泣いて迎えた。



「何言ってるのさ。なんで帰ってきたの、でしょ?」



円盤の噂がなくなったのは、この頃である。

そして、何事もなかったように、事は過ぎて行った。

しかし、また三年後に、あの恐怖が繰り返されるのだろうか。


(終わり)

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