次の日になると、まだ、十兵衛探しが続いている様で。

「あなたは、十兵衛ですかって聞かれた?」

「聞かれたわ」

「私も」

 女の人が井戸端会議でそう言っている。

「私があんな物語書けるわけがないじゃないのね」

 みんな、恰幅のいいおばさんなので、迫力が違う。

「あれだけ売れていたら、今の小さな家にいないってね~」

「ね~」

「貸本屋さんは、十兵衛さんと会っているんでしょう」

「会っているわよ、でも、守秘義務ってものがあるから、ごめんなさいね」

「いいのよ、貸本屋は信頼が大事だものね」

「はい」

「まあ、子供は、すぐ飽きますよ」

「そうですね、そうだといいです」

 お母さんは笑ってそう言う。

(こんな時でも、正体は言わないんだ)

 井戸の近くに立っていたが、お母さんの姿に、仕事って大変なんだと思い知らされるのだった。

「青ちゃんも来ていたの?」

 おばちゃんに声をかけられる。

「は、はい」

「青ちゃんは、十兵衛の正体知っているの?」

「いいえ」

(私だよ~)

「青は、十兵衛さんと会ったことがないのよ」

 お母さんが助け舟を出した。

「本当?」

「はい、本当です」

「それじゃあ、仕方がないわね」

 おばちゃんは、井戸に戻った。


  ☆ ● ☆


 帰りに、お母さんと話していた。

「いつも、あんな風に正体を隠してあげているの?」

「ええ、もちろんよ、だって収入が減っちゃうから」

「!」

「商売の基本よ」

「商売の基本か」

「ええ」

 お母さんと、洗濯物を桶に入れて運んだ。

(お母さんってすごいな)

 私が黙っているのは、自分のためで、他の作家さんの話は、したくなってしまうんだけれど……だめだよね。

 お母さんを感心していた。

(私も、将来こうならないといけないんだ)

 貸本屋を継ぐ者としての心意気を教わった気がした。


  ☆ ● ☆


 昼になると、花ちゃんとお宮様が来る。

「青ちゃん」

「青さん、きいた?」

「えっと、何を?」

「今、十兵衛の正体を探している子供がいるらしいの」

「うん、知っているお」

「それなら、なんでそんなに落ち着いているの?」

「だって、大丈夫だよ」

「何で、そう言い切れるの?」

「貸本屋は口が堅いから」

「そうかしら」

「じゃあ、みんなは、花道先生の正体は知っている? 花道先生だって、人気で何回も正体を当てようとして人がいたんだよ」

「確かに、花道先生の正体は知らないな」

「そうでしょう、だから、大丈夫だよ」

「ちょっと、青さん、花道先生に会ったの?」

「ううん」

「じゃあ、なんで、知らないってわかるの?」

「内緒ね」

「ああ~、気になる」

「知らない方がいいこともあるよ」

「?」

 二人が、顔を見合わせた。

(内緒なんだからね、花道先生のためには……)

 貸本屋の子供として、ここは、しっかりしなければと言う気持ちがわいてくるのだった。

(商売の極意として、必ず言わないと誓ったのだから)

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