③
次の日になると、まだ、十兵衛探しが続いている様で。
「あなたは、十兵衛ですかって聞かれた?」
「聞かれたわ」
「私も」
女の人が井戸端会議でそう言っている。
「私があんな物語書けるわけがないじゃないのね」
みんな、恰幅のいいおばさんなので、迫力が違う。
「あれだけ売れていたら、今の小さな家にいないってね~」
「ね~」
「貸本屋さんは、十兵衛さんと会っているんでしょう」
「会っているわよ、でも、守秘義務ってものがあるから、ごめんなさいね」
「いいのよ、貸本屋は信頼が大事だものね」
「はい」
「まあ、子供は、すぐ飽きますよ」
「そうですね、そうだといいです」
お母さんは笑ってそう言う。
(こんな時でも、正体は言わないんだ)
井戸の近くに立っていたが、お母さんの姿に、仕事って大変なんだと思い知らされるのだった。
「青ちゃんも来ていたの?」
おばちゃんに声をかけられる。
「は、はい」
「青ちゃんは、十兵衛の正体知っているの?」
「いいえ」
(私だよ~)
「青は、十兵衛さんと会ったことがないのよ」
お母さんが助け舟を出した。
「本当?」
「はい、本当です」
「それじゃあ、仕方がないわね」
おばちゃんは、井戸に戻った。
☆ ● ☆
帰りに、お母さんと話していた。
「いつも、あんな風に正体を隠してあげているの?」
「ええ、もちろんよ、だって収入が減っちゃうから」
「!」
「商売の基本よ」
「商売の基本か」
「ええ」
お母さんと、洗濯物を桶に入れて運んだ。
(お母さんってすごいな)
私が黙っているのは、自分のためで、他の作家さんの話は、したくなってしまうんだけれど……だめだよね。
お母さんを感心していた。
(私も、将来こうならないといけないんだ)
貸本屋を継ぐ者としての心意気を教わった気がした。
☆ ● ☆
昼になると、花ちゃんとお宮様が来る。
「青ちゃん」
「青さん、きいた?」
「えっと、何を?」
「今、十兵衛の正体を探している子供がいるらしいの」
「うん、知っているお」
「それなら、なんでそんなに落ち着いているの?」
「だって、大丈夫だよ」
「何で、そう言い切れるの?」
「貸本屋は口が堅いから」
「そうかしら」
「じゃあ、みんなは、花道先生の正体は知っている? 花道先生だって、人気で何回も正体を当てようとして人がいたんだよ」
「確かに、花道先生の正体は知らないな」
「そうでしょう、だから、大丈夫だよ」
「ちょっと、青さん、花道先生に会ったの?」
「ううん」
「じゃあ、なんで、知らないってわかるの?」
「内緒ね」
「ああ~、気になる」
「知らない方がいいこともあるよ」
「?」
二人が、顔を見合わせた。
(内緒なんだからね、花道先生のためには……)
貸本屋の子供として、ここは、しっかりしなければと言う気持ちがわいてくるのだった。
(商売の極意として、必ず言わないと誓ったのだから)
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