正体
①
そして、また日が流れた。
「『ざしきわらし』の収入も一七〇文を超えたね」
「うん、写本も七冊になったし大人気だね」
『ざしきわらし』の人気は、全く落ちる気配がなく、みんながどんどん借りていくのだった。
「何が流行るかわからないよね」
「そうね」
花ちゃんも縁側に座ってそう言う。
「でも、全く売れないわけじゃないのだから、誇りに思っていいのよ」
「まあね」
花ちゃんは、ボケーとしてそう言う。
「花ちゃんは、やっぱり、四冊目の事を考えているの?」
「私が考えることじゃないよ、だって、挿絵書いているだけだしね」
「まあ、花さんは、そう言う感じでいいんじゃない」
お宮様は、お茶を飲んでそう言った。
「それより、私たちは、十兵衛をやっていることを誰かに教えてはいけないと言う事よね?」
「うん、言いたくなるよね」
「そうでしょう」
「私も、あの絵を描いたのは、私ですって言いたい」
花ちゃんもノリノリでそう言う。
「でも、ばれたら、私たちは解散だからね」
「そうだよね、それは、嫌だな」
「だから、言ってはダメよ」
「はい」
「はーい」
三人で一斉にため息をついた。
(本当は、言いたいよね)
心の中で葛藤する。言ってしまいたくなる衝動は、三人共しょっちゅうあるみたいだったので、有名になるって怖いことなのかもしれない。
ふと、そう考えたりした。
「お金は、どうする」
「あなたたち二人で好きに使ったら」
お宮様が平気な顔をしてそう言う。
「お宮様は、お金に魅力を感じないよね」
「それは、たくさんありますもの」
「いいな~、金持ちはさ~何もしなくてもお金が入るんだものね~」
花ちゃんが嫌味っぽくそう言う。
「まあまあ」
花ちゃんをなだめると、本を借りに来る人が入り口に立っている。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの、花道先生の新作ってまだ入ってませんか?」
「お母さんに聞いてみますね」
「お願いします」
「お母さん、花道先生の帳簿は?」
「あるわよ、何に使うの?」
お母さんは、棚の上の帳簿を取り出した。
「借りたい人が来ているの」
「まあ、いらっしゃいませ」
「あ、あの、ありますか?」
「はい、一冊残っているようです」
「よかった。他の貸本屋で手に入らなくて、もやもやしていたのです」
「それは、見つかってよかったですね」
「はい」
花道先生の本を持って鼻歌で書けていく男性。
「あの人、本当に花道先生の本が好きなんだね」
「そうね」
お宮様も頷いた。
「それは、そうと、帰る時間だわ」
「そうだね、またね」
「うん、また」
二人が帰ったので、私も宿題をして、次の日を待った。
☆ ● ☆
次の日、寺子屋では。
「ねえ、この十兵衛って人、どんな人だと思う」
そう話している人がいた。
「他の作品も読んだ感じだと、男か女かもわからないよね」
「十兵衛だし男じゃないの?」
「そう言う筆名でがんばっている作者って多いらしいよ」
「え~、そうなの?」
「うん、性別や家元がばれたくない人とかは使うみたい」
「家元って事は、お金持ちかな?」
「いや、逆に貧乏で、理想像が壊れるから隠していることもあると思う」
「じゃあ、魚屋のドラ息子とか」
「ああ、確かに理想像が崩れる」
ケラケラ笑ってそう言っている人たちを見て。
(私が書いたんですよ。言えないけれども……)
教科書を開いて、そう思うのだった。
「なあ、十兵衛探ししないか?」
「えっ? 本人を探すの?」
「ああ、みつけて、どんな人かみてやろうぜ」
「ダメだよ、秘密にしたいから筆名でやっているのに」
「だから、余計知りたくなるんだよ」
「もう!」
(これから、十兵衛探しが始まるようだな)
見つかりませんようにと祈りつつ見ていた。
☆ ● ☆
帰り、花ちゃんと、さっきの学友の話をしていると。
「ばれたら、即解散だからね」
「えっと、うん、だって子供が商売なんて、だめだもんね」
「そうだよ、規則破りになるんだよ」
「何とか、隠さないとね」
「でも、学友が書いているなんて、思う人がいるかな?」
「いないといいな」
「そうだね、いないとは、言いきれないよね、限りなくなさそうだけれどね」
「まあね」
花ちゃんは、呆れてそう言う。
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