②
家では、『ざしきわらし』の事が話題になった。
「青、違う貸本屋で続編が出ているらしいけど、知っている?」
「さっき知った」
「あれだな、人気が出たからまねされたんだな」
お父さんは、漬物をかみながらそう言った。
「よくあることなの?」
「ああ、よくあることだ。売れている物は、まねされる運命なんだよ」
「そんな~そんなの嫌だよ」
「でもな、俺たちだって黙ってみているわけじゃないんだ。にせものよりうまい物を作ってやり返すんだ」
「そうだよ! そうすればいいんだ」
「いいや、そう簡単に出来ることじゃないぞ、にせものだって作家だからな、それなりの内容で書いてきているはずだ」
「そうか、にせものと言えど、作家さんが書いていたら、にせものの方がおもしろかったりするのかな?」
「そう言う時もあったな」
「そんな~」
「でもな、こういうきっかけで、うまくなっていくこともあるんだよ、にせものは、読んでみるべきだな」
「やっぱり、お父さんもそう思う?」
「ああ、にせものの器量を見てこい」
「うん」
☆ ● ☆
次の日、寺子屋では、『ざしきわらし』の続編が話題になっていた。
「やっぱり、おもしろいよね」
「私は、一巻の方が好き」
「私は、二巻だな~」
話を聞いている限り、続編も大人気である。
(やっぱり、作家さんは、違うのかな?)
なんだか、怖くなってきたのだ。
「青ちゃん、大丈夫、顔、青いよ」
「え~と、ちょっとね」
「それは、『ざしきわらし』に続編があったなんて、黙っていられないでしょう」
「そうだよね、特に青ちゃんは……」
花ちゃんは、言おうとしてやめた。
(みんなが聞いているかもしれないよね)
小声でそう言って、笑った。
「でも、どうしようか?」
「借りてみましょう」
「そうだね、そうした方が、すっきりするかも」
「わかった。借りてみるね」
幸い、本人だとばれておらず、ただのやっからみの女の子としか思われていなかったようで、貸本屋の主人も。
「お嬢ちゃん、この前は貸せなくてごめんね」
逆に読みたくて仕方がない子だと思っていたようだった。
(私が、本人なのに、言えないってもどかしい)
心の中で、ついそう思ってしまう。
「覚えていてくれたのですか、ありがとうございます、それで、入ったのですか? 楽しみにしていたんです」
お宮様が笑顔でそう言う。
(お宮様? なんで、笑顔なの?)
「はい、一冊三文ね」
「はい」
笑顔を崩さずに、お金を出す。そして、貸本屋から出た。
「二人共、何て顔しているの?」
お宮様は、店を出てしばらくしてから怒った。
「確かに、悔しいのは、分かるよ、でも、顔に出したら、怪しまれるよ」
「そうかな?」
「そうです」
お宮様が二人のおでこにデコピンをする。
「頭を使いなさい頭を」
「えっ!」
「もし、悪い印象や、強すぎる印象を残すと、貸本屋は出入り禁止になったりするのよ、知らないの?」
「えっ、そう言うのがあるの?」
花ちゃんが驚いている。
「あるよ、家も何人かそう言う人がいるよ」
私は、冷静になってそう言った。
「幸い、私たちは、子供で女の子だから、悪い印象は持たれなかった。でも、感じ良くしようね」
「はい」
「うん、感じのいい客には、また来て欲しいって思う物ね」
私は、笑顔でそう言った。
「青さんは、貸本屋の娘なのに忘れていたの?」
「つい、怒りが勝っちゃって」
「まあ、分からないでもないけど」
お宮様も少し悔しそうにそう言う。
「まあ、いいわ、三人で読みましょう」
「うん」
近くの広場で、草の上に座って三人で読んだ。
『闇のざしきわらし』と言う題名だ。
内容は、悪いざしきわらしである。闇のざしきわらしと前回のざしきわらしが戦う対決物だった。
「ある意味おもしろいね」
「確かに、一巻を読んで、この発想はすごいね」
「闇のざしきわらしって、なんだか、私たちのより、ものすごくうまい」
「……」
花ちゃんがうまいとほめたのでつい。
「そうかな~、つまらなくない?」
強がってそう言った。
「つまらないかしら?」
お宮様が隣でそう言った。
「つまらないでしょう、私たちの方がうまいよ」
「青ちゃん……」
花ちゃんは、困ったようにこちらを見る。
「私は、こっちの方が好きよ、うまい物」
お宮様がそう言った。
「何、言っているの? 本気?」
「本気よ」
お宮様は迷わなかった。
「子供向けとして、どちらが楽しいと聞かれたら、断然こっち」
「うん、青ちゃん、悪いけど、負けたよ」
「そんな……」
(やっと、書きたいものを書いたのに、負けているの?)
悔しさが込み上げてくる。
「この人は、すごくうまい人よ」
「そう、とても書きなれているわ」
「そ、そうか……」
私は、落ち込んでそう言った。
気が晴れず、家に帰ると。
「少し、厳しすぎやしませんか?」
「いいんだ」
お父さんとお母さんが言い合っていた。
「いい経験になる」
「えっ? 何が?」
ふと、借りた本の字を見た。
(よく見ると、お父さんの字だ)
つまり、『闇のざしきわらし』を書いたのは、本家十兵衛と言う事だ。
(だからお店の人も仕入れたんだ)
本家ならば、権利も問題がないからだ。
「いくら何でも、青と似た題名で本を出す父親がいますか?」
「青にわかって欲しかったんだ。本の世界が厳しいと言う事を」
(……)
「確かに、三原三郎の作品の出来が良くて書くのを辞めたあなたらしいわね」
おかあさんがそう言う。
「三原三郎は、越えられねーよ」
「そんなことないわ、書き続ければ、たどり着いたかもしれないじゃない」
「なれないよ、三原三郎は、天才だ」
「でも……」
「ただいま~」
大声を出した。
「青、聞いていたの?」
「うん『少し厳しすぎない』から」
「まあ、大変」
お母さんは、顔を真っ赤にした。
「お父さん、どういうつもりなのかな~?」
「言ったろ、厳しさを教えたかったって」
「そうね、それより、何で復活したの?」
「青の心を考えていたら書き進んでな」
「……」
「青は、今回の作品『ざしきわらし』は、傑作か?」
「うん」
「じゃあ、もう書かないか?」
「えっと、分からない」
「傑作書いた後、書けなくなる人は多いんだ」
「まあ、傑作だからね」
私は、つい、そう言ってしまった。
「でもな、自分の作品よりうまい物を見て、自分はまだまだだったと思うか、もう書かないか考えるのは自由なんだぞ」
「それは、そうだけど、こんなことする?」
私は、怒っていた。
「私の『ざしきわらし』を荒らしてまで、教えたかったの?」
「ああ」
お父さんは、小さくそう言った。
「だって、お父さんは、三原三郎の作品を読んで書くのをやめたんでしょう」
「誰がそんなことを言った」
「今、お母さんが」
「ちがうんだ。三原三郎に書こうと思っていた作品を自分の予想以上にうまく書かれて、嫌になったんだ」
「だから、三原三郎に負けたんじゃない」
お母さんが笑っている。
「だって、あいつは天才で、嫌になっちまったんだ」
「お父さん、それは、負けたんだと思う」
「青もそう言うか」
「だって、私は、お父さんに負けたもん」
「ああ、そうか、でもな、土俵が違うのに、負けたも勝ったもあるか?」
「土俵が違う?」
「俺が書いたのは、笑いのざしきわらし、青が書いたのは、童話だ。同じ小説だが、土俵が違う」
「そうかな? 同じ本だよ」
「でも、違うんだ」
「???」
よくわからなかったが、お父さんと私のは違うみたいだ。
「ところで、『闇のざしきわらし』置いていいかしら?」
お母さんが急にそう言った。
「そういえば、青にばれないように、置いていなかったな」
「助かるわ、お金が入る物」
お母さんは、ウキウキしてそう言った、
「青、いいのか?」
「うん、本家の本だもの」
お父さんは、その日の夜、一人で晩酌をしていた。
「お父さんは、本当に三原三郎のせいでやめたの?」
「いいや、俺がやめたのはな、母さんが笑ったからなんだ」
「えっ?」
(お母さんは、いつもニコニコしているよね?)
「母さんの実家は、暴力をふるう親がいて、母さんに久しぶりに会った時には、死んだ目をしていた。だから、笑ってほしくて、結婚して、話を書き綴ったんだ。だんだん読むたびに感情豊かになって行く母さんを見るのは、最高だった。でも、もう、必要ない位書いたって気が付いたんだよ」
「そうだったんだ」
(お父さんは、お母さんのために書いていたんだ。たくさん売れるとか、全く売れないとか、本当は関係なかったんだ)
酔っぱらったお父さんを見ていて、温かい気持ちになった。
その日は、夜、小さなころの夢を見ていたような気がした。
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