そして、街に着くと、駕籠(かご)を下ろされる。

「わっ!」

 少しびっくりした。

「着きましたよ、お嬢さん方」

 男の人にそう言われて、外に出ると、人がいっぱいいた。

(すごい人、こんなにたくさん人がいる所を見たことがないわ)

 圧倒されていた。

「すごい人ね」

 花ちゃんが、後ろからそう言う。

「このかんざしじゃ地味だったかしら」

 人ごみの中の人は、皆、おしゃれである。花ちゃんじゃなくても、気になってしまうだろう。

(私の着物は場違いかな?)

 少しそんな気がした。

「二人共、何を圧倒されているの、いつも通りで大丈夫よ」

 お宮様はそう言うのだが、お宮様の着物は、よく見ると、金糸で縁をぬわれた蓮柄の着物で、高級品だ。

「でも、お宮様、お宮様の着物なら平気でしょうけど、私たちの着物じゃ、恥ずかしい気がするわ」

「そうかしら、普通じゃないの? 恥ずかしいと思うから恥ずかしいんじゃないかしら?」

「えっ?」

 辺りを見ると、私と花ちゃん位の着物の人もいることはいるではないか。

「私たち、大丈夫なのかな? 同じくらいの人もいるみたいだし……」

「あの人たちは、街に来るのに慣れているから平気なのよ」

 花ちゃんがそう言うと。

「うつむいていないから平気に見えるだけだと思うわよ」

 お宮様は、そう言い笑った。

(そっか、堂々として入れば、恥ずかしくないんだ)

 そう思うと楽になった。

「花ちゃん、怖がらないで行こう」

「えっ、青ちゃん」

 通りに出ると、誰もこちらを見ていない。

(やっぱり、気になる格好じゃないんだ)

 安心していると、花ちゃんが不安そうに。

「変だって思われていないかな? ださいって思われていないかしら?」

「大丈夫みたいだよ」

「本当?」

 疑い深い花ちゃんに少しだけ呆れていると。

「誰もあなたの事なんて気にしていないわよ」

 お宮様もため息をついた。

「さあ、出店に行きましょう」

「うん」

「あっ、待って~」

 花ちゃんが追いかけてくる。

「さて、私たちは、何を買いに来たのでしたっけ?」

「かみかざりですよ」

「それなら、あっちのお店の結紐がいいんじゃない?」

「本当だ。かわいい」

 毬模様、花柄、格子柄など、たくさんの結紐があった。

「これは、いくら?」

「二十文です」

「三人で六十文ね」

「丁度いいよ」

 私たちは、好みの結紐を探し出した。

「この桃色の格子模様かわいいわ、でも、花柄も捨てがたい」

 花ちゃんがそう言って悩んでいる。

「これは、藍染めとか言うやつだよね……?」

 私は、その藍染めの模様に心をつかまれた。

(なんてきれいなんだろう)

「この結紐は、着物の残りで作っているのね」

 お宮様がそう言って、鳳凰柄の結紐を手に取った。

「この柄の多さなら、あまり布でももらわなければ作れないわよ」

「そうなの?」

「でも、ステキよ」

「そうね」

 お宮様も自分の一本を探そうと、見て回っている。

「あ~、これもいい、あれもいい」

 花ちゃんの心はいつも移り気である。

「それで、決まった?」

 お宮様がそう言うので、私は、藍染めの結紐を出した。

「いいんじゃない」

 お宮様もにっこりしてくれた。

「私は、この桃色の花模様でいいと思うんだけど、どうかな?」

「おしゃれじゃない」

「お宮様は何を買いたいの?」

「この鳳凰柄よ」

「なんだか、みんなの個性が出るね」

「うん」

 笑い合って、六十文払った。

「さて、私たちのお金だと、これを買って終わりだけど、私のおごりで、お団子食べましょう」

 お宮様が笑顔でそう言った。

「うん、食べる」

「せっかくだしね」

 花ちゃんも賛成した。


  ☆ ● ☆


 看板の出ている茶屋に入ると、ござの席に通された。

「お団子三人分で」

「は~い」

 前掛けをした女の人が返事をする。

「ねえ、結紐で結びづらいわ」

「それは、一度束ねる紐をした後に、飾りとしてつける物なんだよ」

 私は、つい説明してしまった。

「お宮様、知らなかったんだ」

「いいじゃない」

 お宮様の顔が赤くなる。

「いいんじゃない」

 つい、私と花ちゃんは、にやにやしてしまった。

「ちょっと、バカにしているわね」

「そんなことないよ」

「ねえ」

 そう言っているうちに、団子が運ばれてきた。

「おいしそう」

 三色団子だったので一個一個味が違うのだ。

「私のおごりよ」

「はいはい、うん、うまい」

「甘くて、お茶に合う~」

 ずず~とお茶を飲みつつ食べる団子はおいしくて、みんなで喜んでいた。

「私、愛猫物語に言いたいことがあるの!」

 お宮様は力を入れてそう言う。

「何?」

「八衛門の出番を増やしてほしいわ」

「愛猫物語の猫って八衛門って言うんだ」

「そうなの、毛並みと模様が美しい三毛猫よ」

 お宮様は、とても気分がいい様で、一人で盛り上がっている。

「愛猫物語、三巻まで読んだけど、八衛門はどうなるの?」

 私は、実は、愛猫物語を少しだけ読んでいたのだ。

「八衛門の事を話したら内容丸わかりだわ、自分で読みなさい」

「ええ~、じゃあいい」

 盛り上がっている中、お宮様が勘定を払った。

「今日は、楽しかったわ」

「うん、私も」

「帰りも駕籠を用意しておきましたから」

「じゃあ、帰りも安全だね」

「ええ」

 三人で駕籠に乗って、家へ帰っていく、途中で眠ってしまい。


  ☆ ● ☆


「あ……さん、あおさん、青さん!」

「はい」

「もう起きてあげて、駕籠を運ぶ人が帰れないわ」

「お嬢ちゃん、ぐっすり寝ていたな」

 男の人は笑っている。

(はずかしい)

 少し縮こもっていると。

「さあ、降りて」

「はい」

 急いで降りた。

「それじゃあ、また使ってくれよ」

「はい」

 お宮様は、笑顔で返事した。すると、人がいなくなった。

「さて、明日、寺子屋で会いましょう」

「そうだね」

「なんか、別れ難いね」

「花ちゃんの紅すっかり落ちちゃっている」

「紅は、直さないと落ちるのよね」

 お宮様は、花ちゃんに向かってそう言うと。

「だって、紅を塗りなおすほど、持ってないの」

「さては、お母さんの紅をこっそり塗って来たな」

「な、なんでわかったの」

「やっぱり」

 三人でケラケラ笑った。

「気合入れすぎだよ」

「ええ、そこまでする必要なんてない物」

 お宮様も笑顔だ。

「お母さんには、ないしょね」

「ええ」

「もちろんだよ」

 楽しい時間は、あっという間に終わった。

「また、明日」

「また明日」

 みんな違う方向に歩いて行く。

(明日、結紐して行こう)


  ☆ ● ☆


 家に着くと。

「おかえり、楽しかった?」

 お母さんがそう聞いて来る。

「うん、楽しかったよ」

「そう」

 結紐を持って、鼻歌を歌っていると。

「青色ね」

「藍染めだよ」

「青は、青が何で青と言う名前になったか知っている?」

「知らない」

「空も海も青いから、青はステキな色だと思ったの、だから、藍色は青に近いから、私は、好きよ」

「そっか、お母さんと感性が似ているんだ」

 なぜ、自分が藍色にひかれたのか分かった気がした。

「いいえ、お父さんにも似ているのよ」

「えっ?」

「青が好きなのは、実は、お父さんの方なの」

「だって、お母さん、青が好きだって」

「空も海もお父さんが青いって教えてくれたのよ」

「? 何かあったの? お母さん、空も海もいつも青でしょう」

「色々あってね、すべてが暗く見えていた時期があったの」

「……そう……」

 少し言葉を失った。

「でも、立ち直ったんでしょう」

「もちろん」

「じゃあ、大丈夫だよ」

「青は、優しいね」

 私は、頭をなでられて、うれしくなった。

(お母さんに何があったんだろう)

 私にとっては、いつも笑っている姿しか思い出せないのに、悲しい事っていったい何だろう?

 考えるのは、すぐにやめたが気にはなっていた。

(いつか、教えてくれるよね)

 そう思い、その日は眠った。

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