②
そして、街に着くと、駕籠(かご)を下ろされる。
「わっ!」
少しびっくりした。
「着きましたよ、お嬢さん方」
男の人にそう言われて、外に出ると、人がいっぱいいた。
(すごい人、こんなにたくさん人がいる所を見たことがないわ)
圧倒されていた。
「すごい人ね」
花ちゃんが、後ろからそう言う。
「このかんざしじゃ地味だったかしら」
人ごみの中の人は、皆、おしゃれである。花ちゃんじゃなくても、気になってしまうだろう。
(私の着物は場違いかな?)
少しそんな気がした。
「二人共、何を圧倒されているの、いつも通りで大丈夫よ」
お宮様はそう言うのだが、お宮様の着物は、よく見ると、金糸で縁をぬわれた蓮柄の着物で、高級品だ。
「でも、お宮様、お宮様の着物なら平気でしょうけど、私たちの着物じゃ、恥ずかしい気がするわ」
「そうかしら、普通じゃないの? 恥ずかしいと思うから恥ずかしいんじゃないかしら?」
「えっ?」
辺りを見ると、私と花ちゃん位の着物の人もいることはいるではないか。
「私たち、大丈夫なのかな? 同じくらいの人もいるみたいだし……」
「あの人たちは、街に来るのに慣れているから平気なのよ」
花ちゃんがそう言うと。
「うつむいていないから平気に見えるだけだと思うわよ」
お宮様は、そう言い笑った。
(そっか、堂々として入れば、恥ずかしくないんだ)
そう思うと楽になった。
「花ちゃん、怖がらないで行こう」
「えっ、青ちゃん」
通りに出ると、誰もこちらを見ていない。
(やっぱり、気になる格好じゃないんだ)
安心していると、花ちゃんが不安そうに。
「変だって思われていないかな? ださいって思われていないかしら?」
「大丈夫みたいだよ」
「本当?」
疑い深い花ちゃんに少しだけ呆れていると。
「誰もあなたの事なんて気にしていないわよ」
お宮様もため息をついた。
「さあ、出店に行きましょう」
「うん」
「あっ、待って~」
花ちゃんが追いかけてくる。
「さて、私たちは、何を買いに来たのでしたっけ?」
「かみかざりですよ」
「それなら、あっちのお店の結紐がいいんじゃない?」
「本当だ。かわいい」
毬模様、花柄、格子柄など、たくさんの結紐があった。
「これは、いくら?」
「二十文です」
「三人で六十文ね」
「丁度いいよ」
私たちは、好みの結紐を探し出した。
「この桃色の格子模様かわいいわ、でも、花柄も捨てがたい」
花ちゃんがそう言って悩んでいる。
「これは、藍染めとか言うやつだよね……?」
私は、その藍染めの模様に心をつかまれた。
(なんてきれいなんだろう)
「この結紐は、着物の残りで作っているのね」
お宮様がそう言って、鳳凰柄の結紐を手に取った。
「この柄の多さなら、あまり布でももらわなければ作れないわよ」
「そうなの?」
「でも、ステキよ」
「そうね」
お宮様も自分の一本を探そうと、見て回っている。
「あ~、これもいい、あれもいい」
花ちゃんの心はいつも移り気である。
「それで、決まった?」
お宮様がそう言うので、私は、藍染めの結紐を出した。
「いいんじゃない」
お宮様もにっこりしてくれた。
「私は、この桃色の花模様でいいと思うんだけど、どうかな?」
「おしゃれじゃない」
「お宮様は何を買いたいの?」
「この鳳凰柄よ」
「なんだか、みんなの個性が出るね」
「うん」
笑い合って、六十文払った。
「さて、私たちのお金だと、これを買って終わりだけど、私のおごりで、お団子食べましょう」
お宮様が笑顔でそう言った。
「うん、食べる」
「せっかくだしね」
花ちゃんも賛成した。
☆ ● ☆
看板の出ている茶屋に入ると、ござの席に通された。
「お団子三人分で」
「は~い」
前掛けをした女の人が返事をする。
「ねえ、結紐で結びづらいわ」
「それは、一度束ねる紐をした後に、飾りとしてつける物なんだよ」
私は、つい説明してしまった。
「お宮様、知らなかったんだ」
「いいじゃない」
お宮様の顔が赤くなる。
「いいんじゃない」
つい、私と花ちゃんは、にやにやしてしまった。
「ちょっと、バカにしているわね」
「そんなことないよ」
「ねえ」
そう言っているうちに、団子が運ばれてきた。
「おいしそう」
三色団子だったので一個一個味が違うのだ。
「私のおごりよ」
「はいはい、うん、うまい」
「甘くて、お茶に合う~」
ずず~とお茶を飲みつつ食べる団子はおいしくて、みんなで喜んでいた。
「私、愛猫物語に言いたいことがあるの!」
お宮様は力を入れてそう言う。
「何?」
「八衛門の出番を増やしてほしいわ」
「愛猫物語の猫って八衛門って言うんだ」
「そうなの、毛並みと模様が美しい三毛猫よ」
お宮様は、とても気分がいい様で、一人で盛り上がっている。
「愛猫物語、三巻まで読んだけど、八衛門はどうなるの?」
私は、実は、愛猫物語を少しだけ読んでいたのだ。
「八衛門の事を話したら内容丸わかりだわ、自分で読みなさい」
「ええ~、じゃあいい」
盛り上がっている中、お宮様が勘定を払った。
「今日は、楽しかったわ」
「うん、私も」
「帰りも駕籠を用意しておきましたから」
「じゃあ、帰りも安全だね」
「ええ」
三人で駕籠に乗って、家へ帰っていく、途中で眠ってしまい。
☆ ● ☆
「あ……さん、あおさん、青さん!」
「はい」
「もう起きてあげて、駕籠を運ぶ人が帰れないわ」
「お嬢ちゃん、ぐっすり寝ていたな」
男の人は笑っている。
(はずかしい)
少し縮こもっていると。
「さあ、降りて」
「はい」
急いで降りた。
「それじゃあ、また使ってくれよ」
「はい」
お宮様は、笑顔で返事した。すると、人がいなくなった。
「さて、明日、寺子屋で会いましょう」
「そうだね」
「なんか、別れ難いね」
「花ちゃんの紅すっかり落ちちゃっている」
「紅は、直さないと落ちるのよね」
お宮様は、花ちゃんに向かってそう言うと。
「だって、紅を塗りなおすほど、持ってないの」
「さては、お母さんの紅をこっそり塗って来たな」
「な、なんでわかったの」
「やっぱり」
三人でケラケラ笑った。
「気合入れすぎだよ」
「ええ、そこまでする必要なんてない物」
お宮様も笑顔だ。
「お母さんには、ないしょね」
「ええ」
「もちろんだよ」
楽しい時間は、あっという間に終わった。
「また、明日」
「また明日」
みんな違う方向に歩いて行く。
(明日、結紐して行こう)
☆ ● ☆
家に着くと。
「おかえり、楽しかった?」
お母さんがそう聞いて来る。
「うん、楽しかったよ」
「そう」
結紐を持って、鼻歌を歌っていると。
「青色ね」
「藍染めだよ」
「青は、青が何で青と言う名前になったか知っている?」
「知らない」
「空も海も青いから、青はステキな色だと思ったの、だから、藍色は青に近いから、私は、好きよ」
「そっか、お母さんと感性が似ているんだ」
なぜ、自分が藍色にひかれたのか分かった気がした。
「いいえ、お父さんにも似ているのよ」
「えっ?」
「青が好きなのは、実は、お父さんの方なの」
「だって、お母さん、青が好きだって」
「空も海もお父さんが青いって教えてくれたのよ」
「? 何かあったの? お母さん、空も海もいつも青でしょう」
「色々あってね、すべてが暗く見えていた時期があったの」
「……そう……」
少し言葉を失った。
「でも、立ち直ったんでしょう」
「もちろん」
「じゃあ、大丈夫だよ」
「青は、優しいね」
私は、頭をなでられて、うれしくなった。
(お母さんに何があったんだろう)
私にとっては、いつも笑っている姿しか思い出せないのに、悲しい事っていったい何だろう?
考えるのは、すぐにやめたが気にはなっていた。
(いつか、教えてくれるよね)
そう思い、その日は眠った。
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