②
ある日の寺子屋では。
「ねえねえ、『ざしきわらし』って知っている?」
「うんうん、優しくて、いい本だよね、私も好き」
そんな声が聞こえるようになっていた。
「十兵衛って、他の本は、こんなにやさしくないのにね」
「違う十兵衛さんじゃない?」
「でも、男の人だよね」
「そうじゃない?」
寺子屋人気一番の『ざしきわらし』の本は、いつも話題の中心だ。
「花さん、『ざしきわらし』読んだ? おもしろいよ~」
女の子にそう声をかけられて、慌てる花ちゃん。
「うん、もちろん読んだよ、絵もかわいいよね」
「うん、そうだね、絵もステキだと思う」
「そうでしょう」
(自分で、自分の絵をほめているよ)
正直心の中でそう思っていた。
(でも、私の文が気に入られたんだよね?)
本が売れるとは、そう言う事だろう。
(何か、うれしいな)
ワクワクしてしまう。
(でも、私たちが作ったって言えない)
少しもどかしかった。
☆ ● ☆
そして、放課後、『十兵衛姫』は、今日も私の家に集まった。
「みんな、売り上げはいくら?」
「二七文です」
「ええ~、そんなになった?」
「うん、早く返しに来る人もいたから」
「そして、絶え間なく借りて行くからね」
そう話していると、お母さんが。
「緊急で悪いんだけど、あと二冊、本を作ってくれない」
「いいですよ」
「またもうかるね」
花ちゃんの目は金の模様になっている。
☆ ● ☆
数時間かけて、二冊の本を作った。
「はい、出来上がりです」
「こちらは、近くの貸本屋に、こっちは、家に置きますね」
お母さんはわたわたしている。
「最近は、子供の客は、みんな『ざしきわらし』を楽しみにしているのよ」
「そうなの?」
「ええ」
「それじゃあ、もっと書いた方がいい?」
「そうしたいけど、貸本は、売れなくなってからの事を考えると、たくさんは作れないのよね」
「そうなの?」
「色々あってね」
そう言って、おかあさんは、本を並べに行った。
「これで、一回一文増えるから、二文位収入が増えるのね」
花ちゃんの目は、まだまだお金模様だ。
(すごい人気だよ、びっくりする)
まさか、自分が書いたものが大売れするなんて、誰が思うだろう。
(すごく、不思議な感じだ)
空を飛ぶような、ふわふわした気分だ。
「青ちゃん、来月は、街に行きましょう」
「えっと、お金が貯まったから?」
「鈴飾りじゃなくて、かみかざりを買いましょう」
「それでも、お金余るよ」
「すごい人気だよね」
みんな、頭が追い付かなかった。
(私は、売れっ子作家って事だよね)
ドキドキする心が止まらなかった。
☆ ● ☆
寺子屋にいても家にいても、どこか浮かれ気分で、三人で集まるともっと浮かれて、こんなに浮かれていて大丈夫なのか、不安になってくるものである。
「青ちゃん、もう、四十文になったよ」
「すごい、私たちの実力だけでこんなにお金が貯まった」
「私たちで稼いだお金なのよね」
三人で、四十文を並べてそう思ったり、言ったりした。
「さて、街で遊んじゃうわよ」
「食べ歩き旅もできる」
「私、うどんが食べたいな」
「いいね、食べよう」
みんな胸をときめかせていた。
「早く来月にならないかな~」
「うん、そうだね」
☆ ● ☆
そして、来月になり、売り上げは、八〇文となった。
「すごいお金だね」
びっくりしていると、花ちゃんが目を金にして。
「あれも買えるしこれも買える、ああ、あれも欲しい」
「花ちゃん、いきなり全部使っちゃだめだよ」
一回叱った。
「わかっているわよ」
花ちゃんは、目をそらしてそう言った。
「多少は使ってもいいんじゃない」
お宮様は、興味がなさそうにかばった。
「そうだよ、多少使うだけだよ」
花ちゃんは、ウインクしてそう言った。
(大丈夫かな?)
少し不安になったが、明日、街へ出かけることにした。
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