ある日の寺子屋では。

「ねえねえ、『ざしきわらし』って知っている?」

「うんうん、優しくて、いい本だよね、私も好き」

 そんな声が聞こえるようになっていた。

「十兵衛って、他の本は、こんなにやさしくないのにね」

「違う十兵衛さんじゃない?」

「でも、男の人だよね」

「そうじゃない?」

 寺子屋人気一番の『ざしきわらし』の本は、いつも話題の中心だ。

「花さん、『ざしきわらし』読んだ? おもしろいよ~」

 女の子にそう声をかけられて、慌てる花ちゃん。

「うん、もちろん読んだよ、絵もかわいいよね」

「うん、そうだね、絵もステキだと思う」

「そうでしょう」

(自分で、自分の絵をほめているよ)

 正直心の中でそう思っていた。

(でも、私の文が気に入られたんだよね?)

 本が売れるとは、そう言う事だろう。

(何か、うれしいな)

 ワクワクしてしまう。

(でも、私たちが作ったって言えない)

 少しもどかしかった。


  ☆ ● ☆


 そして、放課後、『十兵衛姫』は、今日も私の家に集まった。

「みんな、売り上げはいくら?」

「二七文です」

「ええ~、そんなになった?」

「うん、早く返しに来る人もいたから」

「そして、絶え間なく借りて行くからね」

 そう話していると、お母さんが。

「緊急で悪いんだけど、あと二冊、本を作ってくれない」

「いいですよ」

「またもうかるね」

 花ちゃんの目は金の模様になっている。


  ☆ ● ☆


 数時間かけて、二冊の本を作った。

「はい、出来上がりです」

「こちらは、近くの貸本屋に、こっちは、家に置きますね」

 お母さんはわたわたしている。

「最近は、子供の客は、みんな『ざしきわらし』を楽しみにしているのよ」

「そうなの?」

「ええ」

「それじゃあ、もっと書いた方がいい?」

「そうしたいけど、貸本は、売れなくなってからの事を考えると、たくさんは作れないのよね」

「そうなの?」

「色々あってね」

 そう言って、おかあさんは、本を並べに行った。

「これで、一回一文増えるから、二文位収入が増えるのね」

 花ちゃんの目は、まだまだお金模様だ。

(すごい人気だよ、びっくりする)

 まさか、自分が書いたものが大売れするなんて、誰が思うだろう。

(すごく、不思議な感じだ)

 空を飛ぶような、ふわふわした気分だ。

「青ちゃん、来月は、街に行きましょう」

「えっと、お金が貯まったから?」

「鈴飾りじゃなくて、かみかざりを買いましょう」

「それでも、お金余るよ」

「すごい人気だよね」

 みんな、頭が追い付かなかった。

(私は、売れっ子作家って事だよね)

 ドキドキする心が止まらなかった。


  ☆ ● ☆


 寺子屋にいても家にいても、どこか浮かれ気分で、三人で集まるともっと浮かれて、こんなに浮かれていて大丈夫なのか、不安になってくるものである。

「青ちゃん、もう、四十文になったよ」

「すごい、私たちの実力だけでこんなにお金が貯まった」

「私たちで稼いだお金なのよね」

 三人で、四十文を並べてそう思ったり、言ったりした。

「さて、街で遊んじゃうわよ」

「食べ歩き旅もできる」

「私、うどんが食べたいな」

「いいね、食べよう」

 みんな胸をときめかせていた。

「早く来月にならないかな~」

「うん、そうだね」


  ☆ ● ☆


 そして、来月になり、売り上げは、八〇文となった。

「すごいお金だね」

 びっくりしていると、花ちゃんが目を金にして。

「あれも買えるしこれも買える、ああ、あれも欲しい」

「花ちゃん、いきなり全部使っちゃだめだよ」

 一回叱った。

「わかっているわよ」

 花ちゃんは、目をそらしてそう言った。

「多少は使ってもいいんじゃない」

 お宮様は、興味がなさそうにかばった。

「そうだよ、多少使うだけだよ」

 花ちゃんは、ウインクしてそう言った。

(大丈夫かな?)

 少し不安になったが、明日、街へ出かけることにした。

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