貸本屋十兵衛姫
花見さくら
貸本屋の娘
①
江戸の街には、今日もたくさんの人が通っている。私は、髪を丸く結い上げて、格子模様の着物を着て、家の外に出ようとしたところだ。
「青ちゃん、新作は入っているかい?」
おじさんに声をかけられた。
「はい、今日は、花道先生の新刊が入っておりますよ」
「本当かい、桜坂物語の新刊かな?」
おじさんは、意気揚々と中に入って行く。
「青、気を付けて行ってきなさいね」
「はーい」
私は、青、貸本屋の娘だ。貸本屋とは、お金をとって本を貸すお店屋さんの事だ。江戸では、本はとても貴重である。なんせ、墨で一冊一冊書いているのだから。そんなに多量にも出回らないのだ。この世に一冊と言う本だって結構あるのだ。だから、貸本屋に来る人は多いのだ。
「青ちゃん、おはよう」
「あっ、花ちゃん」
いつも花のかみかざりをしている花ちゃんは、かんざし屋の娘だ。
「今日のかんざしは、梅だね、かわいい」
「うん、新作なの」
花ちゃんは、かんざしの構図を描くのがとても上手で、絵がうまいと言う事が特技なのだ。
「ねえ、花ちゃん、私たちも、もう十二才だし、自由に使えるお金がもっとあってもいいと思うよね」
「青ちゃん、そればっかり言っているね」
「だって、おいしいお菓子も買えないよね」
「最近の話題では、桃山堂の豆大福が、とってもおいしいらしいわよ」
「本当! いいな 食べた~い」
二人で下駄をカラカラさせて歩いていた。
「花ちゃんには、話したよね?」
「ああ、十兵衛の事でしょう」
私は、花ちゃんと一つの秘密を共有している。それは、十兵衛についてだ。五年前、惜しまれながら引退した謎の作家『十兵衛』と言うのがいたらしい。それは、青の父、刀太の事だったのだ。
お父さんは、それ以来、筆を帳簿付けでしか持たないが、十兵衛の作品は、貸本屋の人気順位二〇にいつも入っていて、それなりにもうけてはいる。
(もう、書かなくても稼げるって事かな? もっと書けばいいのに)
心の中で文句を言った。
「それで、十兵衛の本をどうにかするの?」
「うん、どうにかしたいよね 私にも少しお金が入るように交渉したいけど、無理かな~?」
そう考えていたが、歩いているうちに寺子屋についてしまった。
「ああ、今日も勉強がんばろう」
「うん」
木で出来た校舎に、畳の部屋、木で出来た台がある。
「私、右から二番目だから」
「私は、前から三番目よ」
みんな席についている。着物は、みんな色が違うが、鮮やかな色と言うのは、少ない。みんな着古したものだ。
江戸時代は、武士がお役仕事をすることもあるのだった。なぜなら、もう、戦が起こらないからである。
おじいちゃんか、ひいじいちゃんか、そのまたおじいちゃんか知らないが、昔は、戦、戦、戦、と言われて戦い続けていたらしいけど、大阪の陣とか言うので、戦は終わったらしい。
まだ、稽古場とかが残っているが、行く意味が見いだせない人が多いみたいだ。
「次、数の授業だね」
「割り算が難しい」
女子たちはそんな話をしているが、男子は。
「一本勝負をしないか?」
「いいぜ」
血の気が多い。
学友を眺めていたが、一人の女の子が入ってくると空気が変わる。
「お宮様よ」
お宮様とは、藤原宮と言う、お嬢様である。
「おはよう」
優雅にあいさつしてくれた。派手な花柄の着物を踏まないようにおしとやかに歩いて来る。
実は、お宮様は、貸本屋の常連客である。夢娘物語を愛読していて、時々、二十三巻全部借りていく、大口取引相手だ。それ故に、時々貸本屋で会ったりする。
お宮様は、席に座ると、今度は、愛猫物語を取り出した。
「愛猫物語の新刊だ」
「しょうゆ団子先生の本、本当に手に入らないのに」
みんなが、こそこそうわさしている。その位、愛猫物語には価値があるのだ。
貸本屋によって、置いている先生の本が違う。貸本権を手に入れるのは、また、大変で、愛猫物語を仕入れるのは、後、数か月かかってしまうと思うので、すごい事なのだ。
(でも、夢娘物語も借りて行ったし、一体何冊読んでいるのかしら?)
不思議でしょうがなかった。
お宮様の派手なかみかざりは、邪魔そうで、面倒くさい仕度をしてきたのだと思うと、かわいそうな気持ちもしてくる。
(お宮様だって、普通の女の子みたいに駆け回りたいよね?)
心の中でそう思っていた。
「お宮様、頭今日もスゲーな、七五三みたいだぞ」
男子が無神経にそう聞くと。
「私も、本を読むのには、本当に邪魔だと思っておりますわ」
「そうか」
男子は引いていた。
(まあ、何も言えないよね)
一つ分かっている事は、お宮様は、本が大好きだと言う事だけだ。
(本当に好きなんだな)
感心していた。
「皆様、今から数の授業をしたいと思います。そろばんを持って来てください」
後ろの棚に置いているので、取りに行くと、お宮様がまだ本を読んでいた。
「宮さん」
「何でしょう、今、とってもおもしろいので、後にしてくれます」
堂々とそう言って読み続ける。
「宮さん」
後は、無視だ。
「本当に、いつもこうなのだから嫌になるね」
男の先生がそう言って呆れる。
(お宮様、かっこいい)
なぜか、いけない事をしているのにかっこよく見えてしまう。いや、いけない事だからかっこいいのかも。
そのうち、授業は始まったが、お宮様は、最後まで、愛猫物語を離さなかった。
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