緑の章

プロローグ

 そこは、何処とも知れぬ暗い洞窟の奥。

 自然のままではない、何者かによって加工が施された穴は、光り輝く石によって仄かに照らし出されている。

 何度も踏み固められた地面はしっかりと硬く、地層が剥き出しになった壁や天井は縦横無尽に走る爪痕によって無数の溝と突起が生み出されている。

 不規則なようでいて何らかの意図を感じさせるその穴は、幾重にも分岐し、登り下りを交え、さながら迷宮の様相を呈している。


 その洞窟のあちこちで、ガリガリ、ガリガリと、硬い物同士を擦り付け合うような音がする。

 淡い光が、穴の行き止まりでモゾモゾと動く影を、壁面に映し出す。

 幾つもの行き止まりで、一つの行き止まりにつき複数の影を映し出している。

 影を生み出すその背中は土色をしており、遠目ではその容姿を判別することができない。



  カタタタタタ……


 奇妙な音を立てながら、一つの大きな影が現れた。

 灯りがなければ闇に溶け込んでしまいそうな黒い体、大きな2対4枚の透明なはね、それらを支えるのは棘を継ぎ合わせたような6本の脚。

 羽アリそのものの体躯には、頭が生えているはずの場所からアリのものではない生物の上半身が生えている。

 黄金のたてがみを蓄えた獅子。

 ほぼライオンの造形の上半身は、しかし鬣の他は真っ黒な外殻に覆われ、眼は複眼。

 両腕は太く、その先にある手は獣やアリのそれと異なり、人と同じような構造をしている。

 その左手には飾りのない長大な槍が握られ、右手には白い塊が大事そうに抱えられている。


 歪なアリとライオンのキメラは、迷路のような穴を迷いなく進み、やがてひときわ広いドーム状の空間に辿り着いた。

 壁には光る石が幾つも埋め込まれ、ドームの中を余すところなく照らし出している。

 そして、奥にはそのドームに足を踏み入れたキメラと同じ姿が6つ。

 それらに守られるように、中央には翅も鬣もないキメラの姿が一つ、悠々と立っている。

 白い塊を抱いたキメラはその前まで歩みを進めると、まるで人のように、左手の槍を立てて上半身を直立させた後、恭しく頭を垂れた。



「王よ。ささやかながら、供物を献上に参りました」



 王と呼ばれたキメラ、その傍らに控えていた内の1体が、差し出された白い塊を両手で受け取る。

 だらりとぶら下がる四肢。


 白い塊には手足があった。

 白い肌は死を感じさせず、ほんのりと赤みを帯びて上気している。

 うっとりと見開かれた眼には鮮やかな青の瞳が覗き、ふわふわの金の髪からは丁寧に洗われた様子が窺い知れる。

 荒い息遣いで開いたままの口は涎に塗れ、美少年と評すに相応しい顔を淫靡に彩っている。

 それは年若いエルフだった。

 エルフの特徴である切れ長の耳も、顔も、その全身を紅潮させ、愉悦の極みにあることを示すように、男性の象徴も脈動に揺れ動いて自己主張している。



 王と呼ばれキメラが供物を受け取り、満足げな気配を匂わせると、頭を下げていたキメラもまた満悦といった様子で口の端を僅かに吊り上げ、踵を返してドームを立ち去った。


 立ち去るキメラのその背に、歓喜の色を帯びた、声変わりしていないソプラノの美声が届く。

 パタタッと水滴が地を打つ音が合間に続き、絶叫とも歓声ともつかぬエルフの声は、立ち去るキメラの姿が穴の奥に消えた後も、しばらく止むことはなかった。





 冬越えで息を潜めるエルフの森の巡回を行っていた使者の一人からエルフの長老たちの元へ、集落の一つが消え去ったとの報せが届くのは、この3日後のことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る