誤解の修正

 時間にして凡そ1時間、サリィは魔力枯渇で気絶して倒れるまで水魔法を撃ち続け、ガバンディはそれを青褪めながら見届け、悪夢そのものを現実にするための部屋は破壊に耐え切れずに崩落した。


 予想では地上のガバンディ邸に影響は出てないと思ってるんだけど……後で確認しなきゃだろなぁ。



 サリィはぼくが伝えた自然の魔力を使う技術まで使ってみせ、鬼気迫る勢いで魔法の精度を高め、魔力枯渇する直前の10分ほどで放った魔法の総火力は、それまでの時間の総火力を超えるほどのものになっていた。

 最初の5分ほどは鋼の道具はおろか、石の床や壁ですらその表面に擦り傷しか刻めなかったのに、最後の一撃は火と水の魔法の混合魔法を複数同時起動させる大規模連鎖魔法で崩落を決定的なものにしてみせた。

 サリィの両親の記憶が影響したんだろう、20代前後の男女の氷像が現れ、石の寝台を破壊すると同時に砕け散った直後からは、それまで唱えていた魔法の詠唱すらなく、言葉にならない激情を絶叫に変え、無詠唱で魔法を放ち続けた。

 汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった寝顔には疲労の色だけが浮かび、どんな思いで眠っているのかは窺い知れない。



 ぼくは気絶して眠るサリィを抱えて、その場に居合わせた全員で外へと移動し、地下への崩落で大穴が開いたガバンディ邸の裏庭を前にして立ち止まる。

 派手な目覚ましに邸内で眠っていた者たちも起こされてしまったんだろう。

 裏庭に面した窓から顔を出して驚きの声を挙げている者や、裏庭まで駆け付けて事態の把握に努める者など、反応を様々に早朝の事件に向き合っている。

 ガバンディの姿を捉えた者はほとんど漏れなくガバンディの安否を気遣う声をかけていたので、特殊性癖にのめり込まなければ、人望厚い名領主として名声を高め、こんな目に遭わずに済んでたんじゃなかろうか。


 まぁ、タラレバに大した意味は無い。

 時間は戻らないし、死者は蘇らない。

 犯した過ちも無かったことにはできないのだ。




「なあ、ガバンディ」



 声をかけて、小さく見える背中を軽く叩く。



「もう、あの人らから逃げんなよ?」



 言うだけ言って返事を待たず、後始末の準備に取り掛かる。

 独り言・・・を口にしながら。




「償いだとか贖いだとかは、究極的には自己満足でしかなくてさ。求めれば果てがないし、応じようにもキリがない。加害者も被害者も、どこかで区切って日常に戻らねばならん」



 穴を覆うように魔術結界を展開する。

 遮光と遮熱、物理防御の魔力障壁を、地脈からの魔力で構成、維持させる。



「罪だとか罰だとか、償いや贖いも同じだな。言葉や形式に囚われれば、自分が本当はどうしたいのか、どうなりたいのかという本質を見失う。そう気付くのは早ければ早いほどいいんだけど、なかなかね……たくさん失って、取り返しが付かなくなって、気付いた時には何も残ってなくて絶望して。死にたくなる。ぼくはそうだった」



 円筒状の結界の内側を焼き尽くすように加熱し続け、掻き混ぜ、穴の中の残骸を丁寧に熔かす。



「死んで何が解決するわけでもない、事実からは逃げようがないと分かってるから、ほんとどうしようもなくなるよな。オマケにぼくは呪縛で死ねない」



 結界上部に岩を実体化させて、溶岩と化した残骸に雨霰と降り注がせ、その上に大量の水球を叩きつけて更に熱を奪う。



「しゃーなし、他人に教えを請い、助けてもらったりしながら、気持ちいい生き方を模索し続けてるわけよ。一人でできることなんて、たかが知れてるからなぁ」



 結界を解除した後には、まだ湯気を立てる岩山ができていた。



「ほい、愚痴も片付けも終了! 疲れた! 腹減った! 飯にしよう!」



 雑な閉会宣言によって、後始末も幕を閉じた。





 飯にしようとは言ったものの、夜は明けて間も無く、朝食の準備は始まってもいなかったので、奴隷の宿舎に案内してもらうことにした。

 案内された建物はガバンディの邸宅から50歩離れた場所にあり、外観は小綺麗な木造3階建て、一見すると酷い扱いを受けているようには見えない。

 先ほどの騒ぎに気付いて窓から様子を窺う人影は、痩せ過ぎている様子もなく、日焼けで赤銅色になっているけど健康的な印象を受けた。

 建物の中に入っても、内装は小綺麗で清掃も行き届いているし、試しに入らせてもらった部屋は個人用の個室になっていて、そこにいた者は肉付きも良く、身なりも開拓村にいた作業員たちと遜色ない気がしたが、奴隷なのだという。


 どういうこつ?

 という疑問は、間を置かずして明らかにされる。



「ではこちらへ」



 そう案内されたのは、その一角だけ明らかに異質な、石壁に埋め込まれた鉄の扉。

 扉にはドアノブ以外に装飾らしい装飾はなく、錠も鍵穴も見当たらないのに、執事がドアノブに触れると鍵の解鍵音と思われる音が響く。

 地下の大扉もそうだったけど、ガバンディの隠れた趣味に関する扉は魔術によって施錠されているらしい。

 開いた扉の向こうには石造りの下り階段が現れ、ひんやりとした空気に満ちた階段を2階分ほど降りると、地上の建物より広い石室が魔術の灯りによってボンヤリと照らし出される。

 太い鉄格子によって区切られた石室の奥にはまだ階段が続き、鉄格子の向こうには痩せ細ってグッタリとした様子の人影が見える。


 無言のまま次の階に足を進める。

 その様子に、ぼく以外の全員の緊張が高まっている気配が感じられた。

 見ていて気持ちの良いものではないけれど、予想はしていたし、予想よりはマシ・・だった。

 前の世界での宮仕えの経験が変な形で活きていることには、苦笑いするしかなかったけれど。


 階段を降りた先には同じような景色が広がり、最終的に地下は3階で行き止まりとなった。

 地下1階には処分待ちの状態の悪い者を、地下2階には妊産婦とそのつがい、産後の者は乳児だけを母と同じ牢に入れ、地下3階には子どもと新しい奴隷が詰め込まれていた。

 入り口に近いほど身に纏う麻布の面積が多い。

 人数は全部で60人程度だろうか。

 地上階で出会った奴隷の容貌は整っているとは言い難いものだったけど、地下の奴隷は痩せ細っている者まで含めて一定以上の外見をしている。

 髪の色は様々で、獣人やエルフまで混じってるように見えた。



「よう作ったな、こんだけ無駄に金かけた地下室。建築に関わった職人は皆殺しにしたって言われても驚かんぞ」


「地下牢建設のためと言ってありましたので」



 答えたのは執事。

 潰した地下室の方は、地下礼拝堂という名目だったんだろうか。

 それとも、その筋に明るい、暗い世界の住人でも雇ったんだろうか。


 明るいのに暗いってのも変な表現だけど。

 まぁいい。



「さすがにこの数相手じゃ時間もかかるから、解呪は日を改める。とりあえず、全員地上で保護、治療が必要な者が大半だから、必要な人員を確保して当たらせて欲しい」



 そう言われることは予想してたんだろうに、剣呑な空気が漂う。

 主に執事とメイドから。



「詳細は知れてなくても、他人に言えない趣味の噂は流れてんだろ? なんなら、ぼくが暴れて怪我人が出たとでも言っておけばいい。継続的な治療が必要になるんだ、あんたらの没落や失墜はぼくの望むところじゃない。上手くやれ・・・・・



 ガバンディが何か言いかけたようだけど、すぐに口を噤んで頷いた。


 牢の中の奴隷たちは息を呑み、緊張した面持ちで様子を窺っていたけど、一部の者は泣き出し、青い髪の少年は恐る恐る鉄格子に近付いてきて疑問を口にする。



「ぼくたち、ここから出れるの?」



 正直、返答に窮する。

 ここからは出させるけど、奴隷の身分から解放されるかどうかはぼくの預かり知るところじゃない。

 最悪の場合、ガバンディの意思に関わらず、情報漏洩を恐れる者の手で殺される可能性まである。

 そうなれば皆殺しにすると言ってあるけど、ガバンディの失脚を望む者なら逆に喜々として奴隷たちを殺してみせるだろう。

 なので、ここの奴隷たちに変に期待させたくない。



「外には出れる。たぶん、ここに戻ってくることもない。ただし、その後どうなるかは、ガバンディ次第だ。ぼくは知らん」



 少年に答えられるのはこの程度だろう。

 頭の中では今より悪いことが起こる可能性を考えてしまうかもしれない。

 そうなる可能性を否定できないから否定しなかったわけだし、酷かもしれんけど、それはそれでいい。


 ぼくは、自分が蒔いた種をこの場で刈り取る必要があるとも思っていた。

 執事に歩み寄り、ニコニコと笑って、おもむろに両肩に手を置き、表情を変えずにその両肩を握り潰す。

 血飛沫を上げ、絶叫を挙げながらその場に崩れる執事を振り返りもせず、階段への入り口を物理障壁で遮断して退路を塞ぎ、狼狽するメイド5人に歩み寄る。



「なあ、おまえら」



 手近なエルフのメイドの左肩に右手を置くと、メイドは冷や汗を浮かべて硬直する。

 その肩も笑顔のまま握り潰す。

 潰された肩を押さえようと伸ばした右手首を左手で捉え、それも握り潰す。

 執事と同様のていで崩れ落ちるエルフメイドを優しく横に転がし、どこから取り出したのか、両手にナイフを構えた茶髪のメイドに歩み寄り、斬り付けるナイフを肉で受け止めて固定し、ナイフごと手を握り潰す。



「なんか勘違いしてないか?」



 握ったままのメイドの手を離し、折れ砕けたナイフの刃を指で摘んで引き抜いて床に投げ捨て、腰を抜かして座り込む次のメイドに歩み寄る。


 他の2人は泣き喚きながら、階段への入り口を塞ぐ物理障壁を半狂乱になって叩いている。

 間に合うといいね?


 腰を抜かしたメイドの前にしゃがみ込み、頬に手を添えると、涙を流しながらも笑顔を作ってくれたので、ぼくも笑顔のまま空いた左手をその娘の右肩に置き、握り潰す。

 気絶して倒れそうになったので左肩を掴んで支え、それも握り潰し、左足を掴んで執事の横に投げ捨てる。


 物理障壁を破ることができず、とうとう追い付かれてしまった哀れな2匹の仔羊メイドたち。

 その背後から右肩にそっと手を置くと、勢い良く振り返ろうとしたので右肩を握り潰し、勢いを殺されてバランスを崩して倒れそうになった左肩を掴んで支え、また握り潰す。

 隣にいたメイドはその途中で跪き、ぼくの足に縋って許しを請うていたので、優しく髪を撫で、淡い期待に染まる目線を真っ直ぐ受け止めながら、その両肘を握り潰し、両肩も握り潰す。


 2人のメイドの片足を両手に掴み、引き摺ってガバンディたちの元へ戻ると、2人を執事の脇に投げ捨て、顔を真っ青にして硬直するガバンディに語り掛ける。



「ごめんな。ガバンディは気付いてた・・・・・と思うけど、今後のためにも、こういう誤解は良くないだろう? 丁度良い機会だったし、誤解を解いておこうと思ってさ」



 笑顔のままのぼくの言葉に、ガバンディは何も答えない。

 最初から答えを求めた声かけではなかったので、気に留めることもしない。





 ガバンディは理解していた。

 倒れている6人は理解できていなかった。

 ただそれだけなのだ。





 6人を一列に並べ、跪かせて、その顔を見下ろす。

 焦点の合っていない者には水球を放ち、意識をこちらに向けさせる。



「もう一度訊くよ? おまえら、なんか勘違いしてないか?」



 返事はない。

 これも、元より返事を期待してなどいない。



「誰に向かって殺気放ったんだい?」



 もちろん、笑顔のままで。



「甘っちょろいオーガならどうとでもできる、なんて思ってたかい?」



 ビクリと体を震わせ、何かを言いかけ、ぼくの顔を見て口を噤む。



「ぼくはね、こういうのは好まないだけで、やれないわけじゃないんだ。少しは理解してもらえたかな?」



 勢い良く頷いて苦悶する者、恐る恐る頷く者。



「おまえらには追跡用の魔術を施す。次は無い。自殺もさせない。誰を敵に回したのか理解し、ガバンディと支え合って反省の道を歩め。いいね?」



 笑顔を辞めて真顔で告げる。

 返答は待たない。

 エルフの禁呪と召喚魔法とを組み合わせた術式を、執事から順に刻み込み、握り潰した部位に治癒魔法を施す。

 加減はしたので千切れてはいない。

 働いてもらわねば困るので後遺症を負わせる気もなく、治癒は徹底する。



「かけた呪いは一代限りで、子に引き継がれたりはしない。その点は安心していい。ただ、ぼくが死んでも呪いは解けないし、誓約の紋と同様、神聖魔法での解呪もできない。そして、ぼくは長生きで、エルフのお嬢さんが寿命で死んでもぼくは老いないし死なない。覚えておくといい」



 言い終えて、ふと気付き、腰の愛刀を抜き放って自分の首に刃を当てる。



「そうだ。ぼくの首、おまえらも見たよね?」



 怪訝な目線を向ける6人の目の前で、自分の首を斬り落とす。

 血飛沫を上げて鮮血を撒き散らし、斬り落とされた頭が石畳の床に跳ねて転がる。


 そして、刀を振り抜いたままの姿勢で止まった胴の、頭が在るべき場所が淡く光を放ち、何事も無かったかのように頭部が再生される。



「この通り、ぼくを殺そうと頑張ってみても無駄だから、諦めて、頑張れ?」



 ニッコリ笑ってみせると、メイドが3人ほど気絶した。

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