落とし穴大作戦

 我、ダニエル・ネイド・グロッシアには自負があった。

 選ばれし貴族の末裔、その次期当主として、家名に相応しい名主たらんとする覚悟があった。

 そのために必要なことは全て学んだ。

 誰よりも巧みに馬を駆り、誰よりも力強く剣を振るい、誰よりも雄弁に言葉を操ってみせた。

 自身こそが一族の歴史上随一の、低能な父など比べるべくもない、優れた貴族であるという自負があった。


 だからこそ、ダニエル・ネイド・グロッシアは、優れた貴族が得るべき栄光と称賛、崇拝と憧憬は、全て自分に注がれるべきであると確信していた。

 やがて必ず辿り着くグランティンバーの玉座までの道は絶えざる祝福と賛辞によって極彩色に彩られ、何者もこの英雄の歩みを阻んではならないと確信していた。

 父は低能ではあるが、その理をよく弁えている一点のみにおいては、非常に優秀であった。



 そんなダニエル・ネイド・グロッシアの伝説に刻まれる歩みを妨げる者が現れた。

 即座に極刑に処せられてしかるべき愚行に及んだ大罪人は、名をアデリー・サロフェットという。

 アデリー・サロフェットは輝かしきダニエル・ネイド・グロッシアと騎士学校で学舎を共にできるという栄光に泥を塗り、馬術で、剣術で、用兵で、弁論で、学問全般で、英雄ダニエル・ネイド・グロッシアを上回り、その顔を土足で踏み躙る大罪を犯した。


 故に、神に等しきダニエル・ネイド・グロッシアは、殺さねばならぬ。

 大罪人アデリー・サロフェットを殺さねばならぬ。

 栄光の道理を彼の者の五体に刻み、悔恨の底に叩き落とし、しかしその懺悔を慈悲深く受け止めて許し、神の裁きそのものである剣の一振りによって絶命せしめねばならぬ。

 その為に身命を賭し、全力にて大罪人アデリー・サロフェットを殺さねばならぬ。


 何故ならば、それこそが神ダニエル・ネイド・グロッシアの意志なのだから。




「ダニエル様」


「うむ」




「全軍! ダニエル様に! 敬礼!!」



  ザッ



 我、ダニエル・ネイド・グロッシアは、家臣の礼に応え、彼等に輝かしき我が尊顔を拝する栄誉を与えることを惜しまない。




「よい、休め」



  ザッ



 我、ダニエル・ネイド・グロッシアは、家臣に無用の労を強いることを忌避する。

 が故に、彼等に進んで休息を与えもする。



「思えば、ここに至るまでの我等の歩みは、長く困難に満ちたものであった。

 しかし! それも間もなく終焉を告げ、残る我等の道は栄光の一色に染まり輝くだろう!」


「「「ウオオオオオオオ!!」」」



「諸卿等にまだ礼は言わぬ! 大罪人アデリー・サロフェットに死の裁きを与え、その身に我が福音を受ける栄誉を勝ち取るがよい!」


「「「ダニエル様! 万歳!!」」」



「全軍騎乗! ランス構え!」



  ジャキッ




「突撃!! 我に続け!!」




 苦渋の道は今日断たれる。

 我は生まれ変わるのだ。

 唯一にして絶対の正義へと。

 絶対悪アデリー・サロフェットを討ち滅ぼし、永遠の栄光へと!




「はい解除」


「は?」





  ――時は遡って前日――





「なあ、旦那」


「なんぞい」



 ぼくとアデリーの二人が立つ場所は、開拓村から北方に五百歩に位置する、森に挟まれた街道上の開けた場所。

 やや小高い丘になっており、開拓村全体を見渡すことができる。

 先にこっちに砦作った方が良かったんじゃなかろうか?



「本当にやるのか?」


「楽でいいだろ?」



 ニッコリ笑って穴掘りを始める。

 スコップは使わない。

 深さは大人の身長で三人分、幅は街道一杯、長さは馬一頭分を一単位にして、休憩を挟みつつ地面の土を魔法で圧縮、陥没させて行く。



「底の土はカッチカチだろうなぁ。塹壕掘るの楽なんだよ、この魔法」


「復旧のこと考えると頭痛ェ……」



 無尽蔵の魔力で魔法を使ってるように見られるかもしれないけど、それは勘違いだ。

 自分の魔力消費は最小限に、自然界の魔力を使って魔法を発動しているので、自分の魔力消費量より大きな結果を実現しているに過ぎない。


 自然界の魔力も無限ではないので、休憩は自分の魔力回復だけじゃなく、自然界への魔力再充填を待つのにも必要になるわけだ。




 村から見れば小高い丘のままの場所に、特大の落とし穴を作る。


 それが今回の作戦の主軸になる。

 ダニエルが陣取るならここしかない、というのがアデリーの読みだった。

 主戦力を引き連れて最大戦力で飽和戦を仕掛け、予備戦力があれば挟撃に回すだろう。

 ダニエルには村の戦力は知られているし、イレギュラーであるぼくが旅立つという体裁で村を出て隠れておけば、鼻歌でも口ずさみながら意気揚々と油断してくれる・・・・・・・と踏んでいる。



 念のため、村の東西からの挟撃にも対応するため、ここに来る前に落とし穴は掘っておいた。

 村の方を眺めると、村の東西には波状に掘り刻まれた縦穴が確認できる。



「穴掘り終わりー!」


「……これ、もういっそ丘をぶち抜く道に整備した方が早そうだな」


「数年は馬車の車輪が傷みにくくなると思うよ」



 馬の蹄は傷むかもしれんけど。



「最後に蓋だな。上っ面が土の感触してりゃ大丈夫だよね?」



 周囲の魔力をゴッソリ使って、穴をピッタリ満たすサイズの大地の盾アースシェルを顕現させて完成。

 確認のためにその上を歩いてみて、問題なさそうなので村に戻る。


 丘を振り返ってみると、頂上が不自然に平らになっていた。



「……砦の建築準備で均してもらったってことで」


「……だな」



 その後、村でサリィと一緒にヘルマシエに移動すると告げ、知り合った人々と別れの挨拶を交わし、簡単な送別会を開いてもらって、夜の間に村を出立した。

 少し元気になってたアトレテスには、また来るよと伝えて。



 そうしてサリィと二人、森に紛れてヘルマシエに行くふりをして森の中で反転、村の北部の丘の脇まで移動し、朝まで潜伏。

 道中必要になるだろうからと分けてくれた毛布をサリィに使わせて寝かせ、トラップ用の魔法が消えていないか数回確認を挟み、朝靄に包まれる草原の幻想的な風景を楽しみながら、ダニエル率いる部隊の到着を待った。

 二日待って動きが無ければ、村に戻って長期戦に切り替えるように予定している。



 できれば短期決戦が望ましい。

 相手の予想を大きく上回れれば、付け入る隙ができたり、打てる手が増えたりして、回戦を回避した上での決着も望み得るのだから。



 朝靄に沈む草原を朝焼けが朱に染め上げ、白く照らし、靄のベールを払い去った頃、轟音が土煙を立てながら急速に近付いてきた。



「サリィ、起きろ。早く終われそうだぞ」



 仕込みは上々、あとは結果をご覧ぜよ。





  ――そして現在――





「いやー……こうも綺麗に読みが当たると、いっそ清々しくなるな。アハハハハハ」



 落とし穴の中は、割と酷いありさまになっている。

 馬は着地の衝撃を吸収できず、さらに馬上の騎士の重さに挟まれてほとんどが圧死。

 騎士は馬がクッションになってバウンドしたんだろう、散り散りに吹き飛んで折り重なったりしている。

 その際、全員が構えてしまっていたランスが死者を量産する牙になったようで、そこかしこで血の噴水が上がり、穴の底に血溜まりを広げさせている。

 股間を押さえて体を折り曲げ、泡を吹いて白目を剥いている者も少なからず確認できる。


 思わず自分も前屈みになってしまった。



 突撃の号令で走り出していた前列の騎士十数騎には無事な様子の者も確認できるが、ダニエルが生存しているかどうかはよく分からない。

 穴の底を逆円錐のすり鉢状にしてなかったので死者数は減らせていると思うけど、騎兵しかいなかったことで想定を大きく上回る大惨事になってしまった感はある。



 歩兵や補給はどうしてたんだろう?

 勝利を確信して精鋭だけで乗り込んできたのだとして、遅れて現れる可能性がある。

 生きているにせよ死んでいるにせよ、早めにダニエルを掘り出し、次の準備に取り掛かる必要があるだろう。



 しかし、穴掘り頑張った甲斐があった。

 戦力削れれば上等くらいの気持ちだったし、たぶん村で防衛線築いてるアデリーも、落とし穴をそんなに信用してなかったと思う。


 村の見張りがダニエルの軍を確認し、その報告を受けて慌てて拠点防衛の準備をする|ふり(・・)をする中、いつ作ったのか返しの付いた馬防柵が、兵士と作業員によって村の北側に運び出されている様子が見える。



 サリィは、作戦は聞いてても穴掘りの現場は見てなかったからか、呆気にとられて固まっている。


 落とし穴ったって限度があるよね。

 気持ちはなんとなく察する。



「とりあえず、黙らせとくか」


『水球』



 穴の中を満遍なく濡らし



『雷撃』



 バチチチッ!と派手な音を立て、まとめて感電させる。

 


「ご主人様、なぜ先に水の魔法を?」


「濡れると電撃の通りが良くなるからだよ」


「私の時には本当に手加減していただいてたんですね……」



 加減が分からなかったから考え得る最弱で放っただけなんだけど、良い風に勘違いしてくれてるなら……いや、後でちゃんと教えておこう。



 村の方に目を向けると、アデリーが兵士を五人連れてこちらに走ってくる姿が確認できた。

 伏兵と密偵の警戒のため、即座に対応できるように魔法の術式を数種類、頭の中で展開してある。



「サリィ、そのまま隠蔽の魔法使って森の中に。ぼくを見えるところで待機してくれればいい」


「分かりました」



 飛翔物と魔力変動、不審な動きにも注意を払う。

 こういう警戒で神経擦り減るから、防衛は苦手だ。





 そして、何事もなくアデリーと合流を果たせた。



「そっちの準備は?」


「まずまずだな。旦那の方は?」


「ちょっとやり過ぎた」



 穴の方を顎で示すと、アデリーと随伴の兵士が中を覗き込んで絶句している。


 その様子を横目に、村側の丘の土を圧縮して通路を確保する。

 後続はほぼ確実に現れるから、急いでダニエルを掘り出す必要がある。



「アデリー」


「分かってる。ピエール、衛生兵の二人と男手を二十人連れて来い。急げよ」


「了解!」


「残りは捜索だ。ダニエル本部長がこの中にいるから探し出せ。残存兵の捕縛は後回しでいい」


「「「はっ!」」」



 ぼくも仕事に取り掛かろう。



「サリィ!そのまま待機して、敵影が見えたら報せてくれ!」



 声に応じるように、ぼくの前に光球が一つ浮かんで消える。

 夜の間に光球の魔法を教え、決めておいた合図だ。

 意味は肯定、否定の場合は光球二つ。

 サリィは姿の見えない伏兵だからこそできることがあるけど、移動するとボンヤリとではあれ気付かれてしまう危険が生じる。

 なので、移動せずに遠隔で意思疎通する手段が必要になる。

 今回は時間が足りなかったのでほとんど準備はできていないけど、彼女との約束の件もあるし、今後優先的に準備を進めたい。



「目標いました!」



 早かったな。

 先陣切ってたし当然か。



 駆け寄って確認すると、上下を馬と配下の騎士によって挟まれながら、なんとか生きていた。

 白目を剥いているのは落下時のダメージ故か、電撃故か、痙攣しながら呼吸はしているが、意識はない。

 上に覆い被さる騎士と馬とを力技で投げ捨て、引きずり出して死なない程度に治癒魔法を施す。



「どうする?」



 ダニエルの武器を剥がす手を止め、自分の愛刀の柄を差し出して、アデリーに問う。



「俺はこいつのこと恨んじゃいねーよ」



 さして間を置かず、両手を開いて上げ、アデリーは首を横に振って答えた。

 二人で苦笑いを浮かべ、ぼくは刀を腰に戻す。



「ほんじゃ、生かしたまま使おうかね」


「……? 何する気だ、旦那?」


「後詰めの処理」



 悪い笑顔を作りながら、北方の圧縮してない丘に左手を翳す。



「サリィ! 見張りはもういいや! こっちおいでー!」


「はーい!」


「あとみんな、ちーと退がって耳塞いでてくれる?」



 北の壁面に大型の水球を六つ、六角形を描くように作り出し、解放面を物理障壁で半球状に覆い、更にその背面に穴の幅と高さ一杯の物理障壁を三重に展開し、あちらとこちらを遮断する。

 その状態で待つことしばし、サリィとピエール、村からの増援も到着したのを確認して、全員を自分より後ろに下がらせ、身を低くして目と耳を塞ぐように伝える。



「さて! 派手にやりますか!」




『灼火! 豪炎! ……白熱せよ!』




 瞬間、水球の中心に白い極光が顕現、水球は一瞬で蒸発し、雷鳴に似た轟音を発して壁を消し飛ばす。



 疲れた。

 んが、この爆音と破壊の痕という演出があれば、後詰めの処理は楽に済むだろう。


 緩んだ鼓膜に治癒魔法をかけて回復させ、サリィや村の連中にも同様の処置を施し、ダニエルの部隊の生存者を捜索、応急処置後、順次入り口付近まで搬送してもらうよう頼み込む。

 その際、軽く謝罪したら怒られた。



「「「先に言えー!」」」


「あはははは……わりーわりー」




 狙い通り派手に抉れた街道の南端までダニエルを引き摺って移動し、後詰めの部隊の到着を待ち構えていると、生存者収容が終わる前に斥候と思しき集団が現れた。


 ぼくはぼくで、その姿が遠方に見えた時点で噴き上がる赤黒い炎っぽい演出用の魔法で身を包み、風を操作して髪を揺らめかせ、一目見て怖がってもらえるように工夫を凝らしてみる。

 目元を光らせると視界が妨げられるので、残念ながら断念する。



 そんな苦労の甲斐もあってか、斥候っぽい人たちはヒィッ! なんて言ってくれたので、グッタリしているダニエルの首を掴んで持ち上げ、本隊の到着を急がせるように優しく・・・お願いしておいた。

 誠意を見せたら快く応じてくれて、這うように走って呼びに行ってくれた。


 何人か全然違う方向に走ってったなぁ。




 そしてようやく後詰めの本隊が到着したので、ダニエルを掴み上げて勝利を宣言し、補給物資と装備を全部置いて帰るよう伝えて、戦闘は終わりを迎えることとなった。




 それを見届けて歩いてきたアデリーが、溜息を吐いてぼくの肩に手を置き、項垂うなだれる。



「次の相手が旦那の討伐隊じゃないことを願うよ」




 大丈夫だよね……?

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