緋色の新天地

 光の奔流を通り抜けて辿り着いた新天地で、最初にぼくを歓迎したのは、生温かい液体だった。

 何度耳にしても聞き慣れない断末魔、鼻をつく死臭、眼前には開け放たれたままの扉と、背中に剣を生やした中肉中背の洋装の男。



「なっ……貴様! どこから入ってきた!」



 崩れ落ちる男の向こうから怒声が飛んでくる。

 現れたのは返り血にまみれた銀の全身鎧の姿。

 兜はフルフェイスなので表情は読み取れないが、声質から中身は男なんだろうと思われる。


 状況は全く飲み込めないが、対応しないと痛い思いをするだろう。

 ……たぶん。



「えーっと……あの世?」



 どの世?



「わけの分からんことを!」



 全身鎧の男はお怒りのご様子。

 先手必勝とばかりに斬りかかってくる。


 無理もない。でも嘘はついてない。



「気持ちは分からんでもない。が、間合いが甘い」



 抜刀する流れで剣撃を受け流し、両手に持ち直した刀、その峰を、銀のガントレットに振り降ろす。

 半歩退き、反動で浮いた刀を大上段まで引き上げ、鎧に覆われた鎖骨目掛けて、両断するつもりで振り下ろす。


 ここまで短く二呼吸。


 床にうつ伏せに倒れこんだ相手を眺めながら、軽く呼吸を整える。



 痛そう。


 予想以上に鎧がヤワだった。

 凹んだ鎧見たらぼくのメンタルが凹むので、程よい鎧を装備していただきたい。


 無茶振りか。

 技術水準も分からんしな。



「ところで、ここは何処? ワタシは誰?」



 冗談半分で尋ねてみるが、返事がない。

 ただのしかばねのようだ。


 いや、死んではいないはずだ。

 小刻みに震えながらおもらししてるし。


 まあいいや、放っておこう。




 外に出てみると、馬車が二台すれ違える広さの通りがあり、右手側には草原と未舗装の道、左手側には道の左右に十軒ずつ並ぶ木造の家と、その向こうに木の杭を並べた壁、そして見張り台らしき簡素な塔が二つ。


 時間帯は午前なのか午後なのか、空が薄く曇っててよく分からないけど、それなりに明るい。


 人がほとんど出払っているのか、人の気配は少なく、通りに人影は無い。




 いや、なんだ?

 陽炎のような揺らぎが通りを横切っている。


 向かい側、右から三軒目の扉が開くと、家の中に消えていく。

 その家より左側の家々は扉が閉まっているが、目の前の家も、隣の家も、扉は開いたままになっている。



「お父さん! お父さん!」



 最初にいた家からか?

 男の子の幼い声が響く。

 その声に導かれたように、赤子の泣き声が聞こえてきた。



 そういえば、倒した剣士を縛ってなかった……マズイか?



 急ぎ戻ろうとすると、扉が開いている家から、倒した剣士と同じ鎧姿の剣士が走って出てきた。



「人の服着たオーガだと? こんな奴がいるなんて報告に無かったぞ!」


「クソっ! どうすんだ!」



 好き勝手叫びながら、剣を抜き放って走ってくる。

 とりあえず数は五人。




  ピィー―――!!




 甲高い笛の音の主を探すと、最後に陽炎が侵入した家から出てきたローブ姿の女が、細長い銀の笛を吹いているのが見える。


 ん、続々と人が増えてる気がするぞ?



「死ね!」



 先に走り寄ってきた剣士達への反応も遅れてしまった。

 左側から横薙ぎに振るわれる剣を慌てて鞘で受け、剣を持つ手を刀で切り落とす。



 人殺しはダメ、絶対! なんて唱える気はないけど、状況が何も分からないのに、不安要素を増やしたくはない。

 敵を増やさずに味方を増やすのは世渡りのコツだ。これは間違いない。


 間違いないが、視界の剣士の数が二桁に突入したので、戦闘員なら何人か殺しちゃってもいいかな、なんて思いも芽生える。


 積極的に殺すのではなく、結果死んじゃったらゴメンナサイ作戦で行こう。



 子どもの泣き声が続く家に引き返し、入り口で迎え討つことにする。



「ガキンチョ! スマン!」



 父と思しき死体にすがって泣く男の子は、わけも分からない様子でビクッと震え、怯えた表情のまま硬直する。



「うおおおおお! 死ねえええ!」



 正面の家から飛び込んできた剣士の剣を横合に弾いて流しざま、伸びきった両腕の肘から先を斬り落とし、二人目の右足を斬り捨て、バランスを崩して倒れる胸に蹴りを放って家の外に吹き飛ばす。

 一拍の後、三人目が入り口の向こうに見えた瞬間、左腕を縦に両断、剣を落として絶叫を挙げながら膝から崩れ落ちるその顔面をフェイスガードごと蹴り抜いて、反動に任せて後退する。



「クソ! クソ! クソ! 聞いてねーぞチクショウ!」



 ぼくも聞いてないです。

 パニックで止まってくれるなら御の字ですよ、ええ。



 そうこうしていると、外の声が増え、剣戟が聞こえ出した。


 チャンスかな?



 深呼吸を一つ。

 体内の腹のあたりで魔力を練り上げ、筋肉に満遍なく巡らせる。



「ガキンチョ。弟だか妹だか知らんが、オマエが守れ。オレは今から外に出る。オレが出たら扉を閉めて、中でここを守れ」



 入り口に向き合ったまま背中越しに声をかけると、落ちていた剣を拾う音が聞こえた。



「ガキンチョ。名前は?」


「あ、あああアトレテス!」


「オレは威焔イエンだ。アトレテス、任せたぞ」



 無茶振りだよなぁ。

 分かってる。

 手にした剣だって持ち上げることもできんだろう。

 ぼくはぼくで口調変わってるし……雰囲気って大事じゃん?



「よし……出る!」


「ハイ!」



 身を屈めて一歩で外に抜け出し、入り口の脇で驚きに仰け反る剣士二人の両足をまとめて横薙ぎに断ち切り、乱戦になっている集団に駆け出す。

 乱暴に扉が閉まる音を三軒目に差し掛かる頃に確認し、走る速度を上げた。



 さて、どうなるやら。




―――




 俺はアデリー。

 辺境の貧乏騎士サロフェット家の次男で、豊潤な麦の国グランティンバーの常設騎士団に所属、今は国境線の防衛力強化だとかで、砦を新設する開拓村の護衛隊を指揮している。

 戦争らしい戦争も起きないこのご時世に、小競り合いで地味な消耗が続く紛争地帯に飛ばされた冴えない中間管理職、それが俺だ。


 あー、内地でダラダラしたい。




  ピィー――!




「誰だ、ノンキに笛吹いてる奴は。俺もサボろうかな」



 書類との持久戦は飽きた。

 せめて体を動かしたい。



「隊長! なにしてんですか!」


「……おう、ピエール。仕事サボって酒の誘いか? 付き合うぜ」



 ノックもせずに飛び込んできた部下が額に手を当ててため息ついてやがる。

 まったく無礼な奴だ。エール三杯おごりの刑だ。



「敵襲です! 既に侵入されてます!」


「見張りはどうした!」


「敵は北から侵入した模様! ヘルマシエ側にも敵影!」


「数は」


「侵入者は五人前後、ヘルマシエ側の敵影の数は騎馬1個小隊程度、侵入者に魔術士を一人確認!」


「おいおいおい……絶望的だな、久しぶりに」



 思わず口元が歪む。



「非番の連中を叩き起こして見張り台前で密集隊形を組ませろ。非戦闘員は救護所に誘導しろ。通信兵には直接指示を出す。走れ!」



 敵の狙いは分かっている。


 ここの人減らしと、俺の命。


 うちの貴族サマには、どうしても俺に死んで欲しいと願ってる奴がいる。

 隣国ヘルマシエに金でも積んでるんだろう。

 俺がここに配属されてから、ヘルマシエ兵の装備がいきなり良質になったからな。

 しかも今回は高給取りの魔術士まで使ってくるとは……いいねえ、燃えてきた。



 剣と盾だけ手にして小走りに外に出ると、黒に統一された装備の部下が指示通りに動き始めてくれていた。

 問題児ばかりなのに、よく付いてきてくれる。



「マゴスとソルシエは見張り台から魔法で騎馬隊を牽制して時間を稼げ!」



 見張り台に指示を飛ばすと、短い返事と呪文の詠唱が聞こえ始める。


 通信兵の詰所に走り、早馬での救援要請を指示した後は、侵入した敵の背面を突くために村の北側へ回り込む。




「なんだこりゃ……レビィって戦えたっけか?」



 村の最北、所帯持ちの作業員の家に住むのがレビィなんだが、その家の前にはへルマシエ兵が五人転がって血溜まりを作っている。


 レビィの家の扉をノックしてみるが、返事はない。



「おいレビィ、俺だ。アデリーだ。無事か?」



 外から呼びかけると、扉が少しだけ開いて子どもと目が合う。



「アデリー……隊長……?」


「レビィのとこのアトレテスか。親父はどうした?」



 アトレテスは俯いて扉を開き、その場でそのまま家の中を指差した。

 その先には痙攣しているヘルマシエ兵が二人と、ピクリとも動かないうつ伏せのレビィの姿。



「アトレテス、お前が?」



 アトレテスは俯いたまま首を横に振って否定する。


 誰がやった?

 巡回に出てる部下の誰かが戻ってきたか?



「黒い髪のおじちゃんが、オマエは戦士だからソラスを守れって」



 アトレテスをよく見ると、彼の妹はおんぶ紐で背負われていて、足元には剣が転がっている。

 床には剣が引き摺られた痕もできている。



「アトレテス、あと少しだけ、妹を守っててくれるか?」



 小さな戦士は、力強く首を縦に振って答えた。


 大人の俺がカッコつけなきゃ、負ける気がする。

 誰に、何が、だなんて分からないが、大人の意地を通さないと、後悔すると思う。



「アトレテス、隊長として命じる! 迎えが来るまでここで妹を護衛するように!」


「はい!」



 見よう見まねだろう、不格好な敬礼で答えた小さな戦士に、俺も返礼で応え、部下の元へと駆け出した。




 部下のところへ走りながら、異変に気がつく。


 腕や足がないヘルマシエ兵が数人、通りに転がって元気いっぱいに叫んでいる。


 警戒していた敵の魔術士は、ほんのり焦げて痙攣している。


 一歩進むごとに剣戟の音が減り、絶叫する声も減り、何故か部下たちは二列横隊で整列し、少し背の高い黒のロン毛が一人で、転がって喚くヘルマシエ兵に蹴りを入れて黙らせている。



 なんだこれ?



「おい、ピエール!」



 呼びかけた瞬間、ロン毛が消えて、気付いたら視界の下からゆっくり角が生えてきた。


 黒い毛も付いてた。



「彼等が言ってた隊長・・か?」



 金縛りに遭ったかのように硬直してしまった俺に、角が言葉を発している。


 それが自分に対する質問だと理解し、呼吸も忘れていたことを思い出して息を吸うのに、少し時間がかかった。



 どんな早技だよ。

 なんでオーガがしゃべってんだよ。

 まさか俺ここで死んじゃう?

 今日が命日?



 怒りも覚悟も吹き飛んで、チビりそうになる。

 少しチビったかもしれん。



「彼が我等の隊長、アデリー・サロフェット卿であります!」



 ピエールが代わりに大声で答える。


 おいピエール! オマエ、俺にそんな言葉遣いしたことないだろこの野郎!


 毒気を抜かれて、少しだけ呼吸が楽になる。



「ここの護衛隊の隊長、アデリーだ。助勢に感謝する」



 握手を求めて手を差し出すと、眼前のオーガは居住まいを正し、手を握り返してくる。



威焔イエンだ。次がすぐ来るんだろ? 正式な挨拶はその後でいいか?」



 威圧感が半端ない。

 なにこれ泣きそう。



「た、頼む」



 なんとかそれだけ答えると、オーガは軽く頷いてきびすを返し、迫り来る騎馬隊に視線を据える。



「隊長さん、あいつらはどうする? 殺していいのか? 生かして捕らえる?」


「は? え?」


「まとめて叩くなら時間がないんだ」


「……生け捕りにできるなら生け捕りで」


「多少殺しても?」


「問題ない」




 展開について行けない。


 え? 一人でやるの?

 なんかぶつぶつ呟いてるけど、いやまさか……?



大地の盾アースシェル! 特大!」



 ヘルマシエの騎馬隊と俺たちとの間の草原に、一瞬で壁ができた。


 呆気にとられてアホみたいに見上げると、盾の形状になっていると分かる。

 大きさがわけわからんだけだ。

 先端が見張り台より高い。


 その特大の盾に何かが衝突した派手な音が聞こえ、馬と人との絶叫が起こる。



解除ブレイク



 その一言で盾は向こう側に倒れながら崩れ、淡い燐光になって消えた。



「やっぱ乱戦よりこっちの方が楽でいいな!」



 振り返ったオーガが笑顔でなんか言ってたが、それに答えられる者は、俺を含め、ここには一人もいなかった。




―――



「よお旦那! 俺はこの国じゃそれなりに戦闘も経験してんだけどよ、今日の報告書になんて書きゃいいのかサッパリ思い付かねーんだ!」



 顔を赤くしたアデリーが、呂律ろれつの怪しい言葉をまくしたてると、大袈裟おおげさに泣いてみせている。



 本気で泣いてるっぽい。

 泣き上戸かな?



「ま、明日にでも話詰めようや! ハハハハハ!」



 アデリーの背中を叩いて、笑って誤魔化ごまかす。


 どこも中間管理職は大変だな。

 頑張れアデリー、ぼくは知らん。




 ヘルマシエ? の騎馬隊を無力化した後は、バタバタと片付けに追われた。

 作業で出払っていたらしい村の人々とその護衛の騎士は陽が傾く頃に帰ってきて、清掃や道具の片付けに合流していた。


 大量の捕虜は簡単な治療を施され、縛られてから空いてる小屋に詰め込まれている。

 治癒魔法を使える者が二人常駐してるんだそうで、切断された手や足をキレイにくっ付けてみせてくれた。


 切断面がキレイだから楽でいい、なんて言ってくれたけど、その鮮やかな手並みに、しばらく時間を忘れて見入ってしまった。


 時間が空いた時にでも治癒魔法を教えてもらおう。

 手取り足取り。

 うん、白衣の天使さながらの美人さんだったからね! 下心も芽生えちゃうよね!



 そうこうしている間に陽が暮れて、片付けもひと段落。

 さて飯でもという段階で、村の中央でキャンプファイアーを囲み、戦勝祝いも兼ねた宴会が開かれ、現在に至る。



 アトレテスは、あれからすぐに迎えに行ったけど、ぼくとアデリーの顔を見て倒れて眠ってしまった。

 今は妹のソラスと一緒に、救護所で白衣の天使二人が付き添ってくれているらしい。

 明日は、二人の今後の処遇についても話し合うことになるんだろう。


 初動が早かったのとアデリーの指示の成果で、村側の死者はレビィだけで済んだらしい。

 今回のような規模の襲撃は希だそうだけど、襲撃自体は頻繁にあるらしく、その度に何人かずつ殺されていて、欠員の補充にも頭を悩ませていたんだとか。


 村の北西、森に近い場所に、遺体の引き取り手のない者の墓地があるそうで、レビィもそこに埋葬されることになると教えてもらった。



 キャンプファイアーを囲む面々は、色の濃淡の差はあれ、ブラウンの髪と、概ねサファイアブルーの瞳、たまに髪色と同じブラウンや緑、赤、そして総じて白い肌が日焼けしていい感じの小麦色をしている。


 育ちが良さそうな人はいないけど、気さくで情が深いんだろうと思う。

 それが生来の気質なのか、ここで育まれたものなのかは、知らないし、訊く気もない。


 突如現れた、敵か味方かもわからない、しかも異種族であるぼくを、深く詮索もせずに受け入れてくれているんだから、ぼくが感謝しているくらいだ。




  おお 友よ 苦楽を分かちし友よ


  天国の門は開かれ 神の御元へ旅立つ者よ


  我らは惜しむまい 束の間の別れを


  我らは惜しむまい 栄光への賛辞を


  行け 堂々と 誇りに靴音を響かせて


  響け 朗々と 祝福の祝詞をその身に届けよ




 誰かが歌い始め、歌声が重なり、その歌声が夜空に消え去った頃、その場にいた全員が―酔い潰れかけていたアデリーも、いつの間にか座り直して―手に持った杯を掲げていた。




「「我らが友、レビビールに!!」」




 杯のエールを飲み干し、ほぼ一斉に、各々の寝床へ消えて行った。





 ところで、ぼくはここで野宿っすか?

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