第8話 カーミラ

 串焼きを二人で食べていると、ひとりの魔族の少女が前方に現れた。


「あ、レズちゃんだ」

 赤い髪をツインテールに結った少女がこっちに駆けてくる。

 その髪の間から、小さなコウモリの翼のようなものが生えている。

 背は小さく、ゴシックロリータ風のドレスをまとっていた。


「カーミラ、レズちゃんはやめろ」

 レズビアがむっとした様子で言う。


「ごめんごめん、友達といたんだけど、はぐれちゃって。ねえねえ、隣の子は? 初めましてだよね? あたし、カーミラっていうんだ」

 カーミラと名乗った少女が人懐っこそうな声で言う。


 レズビアは、僕に自己紹介しろというように、背中を突っついてくる。

 それはいいんだけど、背中がはだけているところを突っついてくるのはやめてほしい。


「やま……じゃなくて、リリスです」

 と僕は言う。


「ヤマジャナクテ・リリスちゃん……変わった名前だね。よろしくね」


「『やまじゃなくて』のところはいらないよ」


「そうなの?」


「うん、リリスっていうのが名前。『やまじゃなくて』のところは忘れて」


「わかったよ。いちにのさん、ぽかん! カーミラは『やまじゃなくて』のところを忘れました」

 カーミラがおどけた様子で言う。

「ねえ、リリスちゃんすっごくかわいいね」


「どうも」

 かわいいって言われるのは何だか複雑な気分だ。照れるというかなんというか。まあ、ブサイクとか言われたら怒るけど。


「リリスは私が新しく雇ったメイドだ」

 とレズビアが言う。


「へえ、メイドさんなんだ。そのお洋服もすっごく似合っててかわいい!」


「そうかな」


「尻尾の先も、ハートマークみたいになってかわいい! あ、もしかしてリリスちゃんって、淫魔族? 淫魔族って、かわいくてセクシーな子が多いんだってね。あたしみたいなちんちくりんとは違うなーって。うらやましい」

 カーミラがきらきらした目で僕を見つめてくる。


 彼女も、いや彼女のほうがかわいい、と僕は思う。

 大きくて、純粋そうな目がとても素敵だ。


「リリスも割りとちんちくりんだ。胸がでかいだけだな」

 とレズビアが言う。


 誰がこんな姿にしたっていうんだよ。


 ふと、カーミラがぐっと僕に近づいてくる。

 彼女の頭の翼が、ぴょこぴょこと動いている。


 女とまったく縁のなかった僕が、こうして今日二回も女の子と接近している。

 こんなわけのわからない世界に連れてこられ、わけのわからない姿にされ、わけのわからない状況に置かれているけれど、ようやく僕にも春が来たってこと? あ、でも、レズビアのあれはノーカンだな。乳つねられたし。


 カーミラは僕の身体に触れ、

「ねえねえ、そのおっぱいちょっと触ってみてもいい?」


「きゃっ、もう触ってるし」

 カーミラが指で胸をつっついてきたから、思わず女の子っぽい声が出てしまった。


「すっごく柔らかい! ねえ、ちょっとだけ噛んでいい?」


「か、噛む??? だ、ダメに決まってるでしょ」


「ちょっとだけ。ほんとに先っぽだけだから」


「先っぽ? 何の先っぽ???」


 カーミラは口を開き、そこから覗く、鋭利な刃物のような自分の牙を指差した。


 ひ、ひえぇ……。

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