頭の角は「悪」のしるし

竹乃内企鵝

第1話 青い肌の少女

 二日酔いの身体で、ふらふらと津田沼駅前を歩いていた。


 頭が痛い。腰も痛い。漫喫のソファ席なんかに泊まったからだ。

 もうお昼ごろだろうか。雑踏を行く人たちは元気そうだ。


 ああ、燦燦と輝く太陽が眩しい。

 すっごく眩しい。

 超眩しい。

 尋常じゃないくらい眩しい。

 いやいやいや、これ眩しすぎるよ。

 何これ何これ。ちょっと待ってちょっと待って。

 まぶっ、まぶっ!

 まぶまぶまぶまぶっ!

 うおっ、まぶしっ!


 ………

 ……

 …


「成功だ。これで我々も救われる」

 どっかから声が聞こえてきた。


 まわりは真っ白だ。何も見えない、何も聞こえ……いや、聞こえはしたな。

 てか、ここはいったい……。


 霧が晴れるように徐々に視界が開けてくる。

 すると――


 目の前には少女がいた。

 ただ、普通の人間とは明らかに違う。

 顔色がものすごく悪そうだった。

 めっちゃ青い。尋常じゃないくらい青い。

 さらに、顔だけじゃなくて、肌も青い。

 そのうえ、髪の毛は紺色だ。

 病気ってレベルじゃない。


 しかも、頭に角が生えている。黒くて、尖ったやつだ。

 そして、黒マントを羽織っていて、手にはでっかいフォークみたいなやつを持っている。


 悪魔? うん、悪魔としか言いようがない。


「ようこそ、魔界へ」

 とその少女が言う。口から鋭い牙が覗く。


 ほら、やっぱり「魔界」とか言ってるし、絶対悪魔でしょ。

 何これ? 悪い夢? 昨日の酔いがまだ残ってるのか?


「状況が把握できないのも無理はない」

 再び彼女が口を開く。


「えっと、君は……?」

 そう言いかけたとき、自分の声にものすごい違和感を覚えた。

 女の子みたいなすっごくかわいい声になってる。人気女性声優みたいなかわいい声。この声でカラオケとか歌ったら楽しそう。

 ……って、そんなこと考えてる場合じゃない。

 

「うっ、うん」

 軽く咳払いする。

 あ、やっぱりかわいい声だ。ちょっとエロい感じにもなっちゃってる。

 何これ何これ。わけわかんないんだけど。


 青肌の少女はにやつきながら、

「そうだな、まずは自分の身体を見てみるがいい」

 と、僕を指差す。


 僕の身体?

 ふむ。視点を自分の胸元のほうにもっていく。


 そこには白っぽく輝く、大きなふたつのふくらみがあった。

 メロンみたいなそのでっかいふくらみが黒い布に包まれている。

 何だろう? おっぱいかな?

 僕、男だし、おっぱいなんてあるはずないんだけど。

 じゃあ、何ですかね? 虫刺され? にしては命に関わるレベルで腫れている。

 とりあえず、ためしにちょっと触ってみますか。


 ひゃああああああ!


 むにっ、むにっていった!

 やわっ! やわらかっ!


 これおっぱいだわ。童貞だからおっぱいなんて触ったことないけど、これおっぱいだわ。

 せっかくだからもうちょっと触って、いや揉んでみよう。


 ひゃっ、ひゃっ!


 エロい声が口からこぼれでる。

 いやいや、こんなことをしている場合じゃない。

 

 さらに言うと、男の「大事なもの」がついている感覚もない。

 以上の情報をもとに総括してみると――


「お、女の子の身体になってる?」


「ご名答」

 悪魔少女が拍手する。


 やったね。何か景品とかもらえるかな。

 って、んなことどうでもいい。


「な、な、なん、なん、なん……」

 慌てすぎて意味不明な言葉が口から出る。その声もまたかわいい。

 でも、それが自分の口から発せられてるわけで、恥ずかしいやら、わけわかんないやら。


「今のお前のすばらしい肉体、見せてやろう」

 と悪魔少女が言うと、でっかいフォークみたいなやつの石突を、床にかつんと打ちつけた。

 すると突然、僕の真正面に鏡が出現した。大きな姿見だ。


 そこに映ったのは――


 やっぱり女の子だった。

 ただ、普通の女の子じゃない。


 髪の毛は、鮮やかなピンク色のロングヘアで、

 頭には、羊みたいな渦を巻いた角。

 背中には、コウモリみたいな翼が生えていて、

 そして、お尻には、先端がハートマークになった黒い尻尾。


 ちなみに黒の下着の上下を身につけている。

 それでおっぱいはめちゃでかい。ABCDEFGHIJK……おっぱい鑑定士じゃないからよくわかんないけど、それくらい?


 これも悪魔かな? うん、悪魔だよね。肌は青くないし、角の形状も違うけど、悪魔少女のお仲間的なやつだよね?


「どうだ?」


「どうって、何これ」


「今日からお前は淫魔族の女だ」


「え? 淫魔? って、サキュバスってやつ?」


「そうだ。いわゆるサキュバスというやつだ。スクブスとも言うな」


「何で? サキュバスなんで? わけわかんない。元に戻して」


「事情はゆっくり説明してやろう。そういえば自己紹介がまだだったな。私の名前は、レズビア・スウィンバーン」


「レズビアン?」


「レズビアンではない。『ン』はつけるな。レズビアだ。レ・ズ・ビ・ア」


「わかった、レズビア。で、君、悪魔なんでしょ?」


「当たり前だ。これで天使とか言ったら、宇宙の法則が乱れる。しかも、私は魔王の娘だ」

 レズビアと名乗った少女は、ドヤ顔で言う。


「魔王の娘? それでこんな悪ふざけするの? 戻して」


「お前もかわいい女の子になれたんだから、万々歳だろう」


「突然すぎて喜べないよ。てか、それに普通の女の子じゃなくて、サキュバスなんでしょ」


「そうだ。とてもエロいだろう。特にその大きな乳房」


「やめてよ。エロい女の子とか、自分が見るぶんにはいいけど、自分がなっちゃうなんて、わけわかんないし」

 僕はレズビアに詰め寄ろうとする。


「まあまあ、落ち着け」


「こんな状況で落ち着くなんてできないから。早く元に戻して」


「うるさいな。わらびもちみたいに、その乳にこれをぶすりとやるぞ」

 レズビアは、でっかいフォークみたいなやつの切っ先を、僕の胸に向ける。


「ひ、ひえぇ。こ、この悪魔め!」


「ふん、魔族の中でも私は悪魔族だからな。まあ、冗談はこのへんにしておいて、説明しよう」

 レズビアは得意げな顔で言う。

「まず、魔族が住むこの魔界と、人間共が住む人界は、長い間戦争を続けている」


「その人界っていうのは、僕のいた世界とは、違う世界なの?」


「ああ、同じ人間が住んでいるとはいっても、人界とペロンチョ界は違う世界だ。ちなみに、人界の人間共は魔法なんかも使ったりする」


「ペロンチョ界?」


「知らないのか? お前たちが住む世界のことだ」


「いやいや、そんな名前じゃないし」


「そんな名前だ。では、ほかに何というのだ?」


「え? それは……」

 たしかに自分の住んでいる世界の名前とか考えたこともなかった。でもその名前ふざけすぎでしょ。


「人界の人間共は小賢しいことに、戦争で優位に立とうと『伝説の勇者』を異世界から召喚しようとしたのだ」


「『伝説の勇者』……なんかちゃちい名前」


「話の腰を折るな」


「ご、ごめんなさい」


「それで人間共はどうやら『伝説の勇者』に適合する人物がペロンチョ界にいることを探り当てたようで、彼を召喚するための準備を進めていたらしい」

 そこまで言うと、レズビアは僕の目を見つめ、

「で、そのペロンチョ界に住む『伝説の勇者』に適合する人物、それがお前というわけだ」

 と、僕のことをびしっと指差す。


「いやいや、まさか。僕は普通のフリーターです」


「ペロンチョ界での地位や立場などはどうでもいいことだ。星の巡り会わせとか、千葉ロッテの先発ローテとか、東証株価指数とか、今期のアニメの本数とか、そういった諸々の要素で、適性が決まるらしい」


「何そのとりとめのない要素」


「様々なファクターが複雑に絡み合っているということだ」


「でも、まさか僕が『伝説の勇者』だなんて」

 さっき名前がちゃっちいとか言ってごめんなさい。


「小憎たらしいことに、あらゆる能力がカンストするほどの超ツエー力を持ち、誰もがうらやむイケメンで、美しい女どもを従え、魔族をばっさばっさと殺しまくる、そんな『伝説の勇者』にお前はなる予定だった」


「え? マジで?」

 まさか異世界召喚で俺TUEEEEEEEEEEEEEEEってやつ?


「ああ。我々の情報網によるとな」


「じゃあ、ちょっとその人界ってところに召喚されに行きます」


「それは無理だな。我々魔族としては、そんなふうに『伝説の勇者』としてお前が召喚されては困るのだ。だから、私がこうやってお前を人界の人間より先に召喚したのだ」


「いやいや、そんなことできるの? 先に召喚して妨害するとか」


「こうやってできてしまったのだから、できるのだろう」


「じゃあ、僕はどうなるの? どうすれば、元に戻してくれるわけ?」


「元に戻すわけないだろう。お前を元の世界に帰したら、人間共はすかさずお前のことを召喚しようとするだろうからな」


「そ、そんなぁ」


「本来はお前のことをぶち殺したほうが、我々魔族にとって安全かもしれない」


「ひ、ひえぇ!」


「しかしだ、生かしておけば何かに使えるかもしれない」


「何かって?」


「たとえば私のメイドとか」


「メイド?」


「ちょうど私のメイドが自己都合で退職して、空きができているところなのだ」


「そんな理由で? 僕をメイドに?」


「いやならぶち殺すまでだが」


「ごめんなさい、ごめんなさい。こ、殺さないで」


「大丈夫だ。私は優しい主人だ」

 レズビアは悪魔的な笑みを浮かべる。


「ぼ、僕はどうすれば」


「どうもしなくていい。私のメイドとして働いてくれればそれでいい。ちなみに、変な気は起こすなよ。私はこれでも魔王の娘。それなりに力はある。対して、淫魔族の女は魔族の中でももっとも弱い種族のうちのひとつだ」


「もしかして、僕が反抗しないように、サキュバスにしたってわけ?」


「もちろん、それもあるが、ごつい男の魔族を付き人に置くより、かわいい女のメイドを隣に置いたほうがいいからな」


「そんな個人的な理由……」


「お前がどう文句を言おうと、これはどうにもならないことだ。不慮の事故で命を落としたとかそう考えればいい。死んだ者には当然その先の人生はないが、お前にはこれから超かわいくて超エロい淫魔族として、そして私のメイドとしての人生がある」


「もういっそのこと殺して」


「よかろう。殺してやろう」

 レズビアはでっかいフォークっぽいやつで、僕の胸をわらびもちをぶすりとやるように突き刺そうとする。


「や、やっぱり殺さないで」


「そうでなければな。ところで、お前の名前だが」


「山田たかし」


「却下だ」


「却下も何も僕の名前なんですけど」


「かわいくない」


「かわいさを求められても」


「これから、お前の名はリリスだ。どうだ、かわいい名前だろう」


「ちょっとは元の名前尊重してよ」


「さて、さっそくメイド服を着させてやろう。行くぞ、淫乱クソビッチ」


「それ、まさか僕の名前? り、リリスでいいです……」

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