四方山話

黒崎葦雀

第1話

 あがたの六地蔵が念仏を唱えたらしいぞ。

 

 川向こうのお堂では観音様が涙を流したという。


 川沿いの千本松には五位の鷺が飛び交っていたらしい。夜な夜なご威光を放って「行幸ぎょうこうあり、行幸あり」と鳴いているという。


 その川の支流に映る水月だがな、なんでも眺めていると桂の木が生えてくるそうな。例の桂男ってのも現れるらしいぞ。


 それを見たというのが下田の百姓なんだが、そいつの村のはずれにある空き家、そこに夜、灯がともるんだと。誰もいるはずないのに笑い声が聞こえたり、怒鳴り声が聞こえたりするんだとさ。


 それなら俺も聞いたことがある、上屋敷の方になるが、誰もいないはずの屋敷から藤色の着物を着た女が出てきたそうな。


 その女に声をかけたやつがいてな、「どちらへお出かけでござんすか」と聞いたら「西の社に参ります」と返事したそうじゃ。そいつはそれからひどい熱を出して寝込んでしまったっちゅうぞ。


 西の社っちゃあ、あそこのお稲荷さんかい? あそこは雨の降る夜には、宵闇よりも黒い甲冑を着た、おっかねえお侍さんが出るんだと。ああ、くわばらくわばら。


 そういや知ってるか? その社へ続く道の途中、ほれ、三本杉の辻んとこ。あれを上ってくるとな、月の光が両側から差してくるそうな。自分の影が消えたり、二つになったり、ときには勝手に動きだしたりするらしい。


 いやあ、おっかねえこんだ。



 





 ああ、もちろん全部噂でしかないんだがな。

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四方山話 黒崎葦雀 @kuro_kc

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