目が覚めたら妹と彼女がいて納期まで一週間

ソウナ

第1話 妹と彼女と現実と。

「おにいちゃん、そろそろ出社じゃない? 起きる時間だよ」


 僕は夢の中にいた。夢と言っても、J-POPの歌詞で毎回10回ずつぐらい出てくる「君と夏の終わり」の次にくる夢ではない。夜眠ると頼んでもいないのに脳みその記憶をコラージュして現れる方の夢である。頼んでもいないのに僕の脳内の夢クリエイターたちは現実と創作をコラージュして夢を作り上げる。冨樫先生にもこれぐらいの頻度で新作を出して欲しいものだ。今日の夢は、そうだな、きっと昨今流行りの妹とかツンデレとかそういった類のライトノベルから構築されたものであろう。どうせならば、夢クリエイターたちも、もっと僕好みの空想をコラージュしてくれれば良いのに。


「僕は妹萌えじゃ無い。どちらかというと姉系のヒロインがタイプだ。チェンジで」

「お兄ちゃんが寝ぼけてる……これ私どこまで頑張らないといけないんだろう……」


 困り果てた顔の非実在妹にふとんをゆさゆさと揺さぶられる。少し不思議だった。夢というのは大抵、僕自身が「これは夢だ」と気づいた時点で綺麗に収束に向かうものだがそうなっていないし、ゆさゆさと布団を揺する感覚がやたらリアルだった。

 試しに、体を起こしてみる。

 頭は、泥のような眠気を感じている。

 目の前には、妹がいる。髪の毛が軽く赤茶がかっていて、目鼻立ちはきりりと整っていて、肌がとても白いからその大きな黒目がはっきりと目立つ。そのくせ、顔のパーツの全体のバランスはとても綺麗だ。小さな顔、大きなパーツ、バランス。福笑いにしたら難易度高そうだが、神様はよくここまで整えたものだ。


「確信した、どう考えてもこんな美人が俺の妹なわけが無い」

「いい加減私も怒るよ、おにいちゃん。いや、この場合は喜ぶべきなの? ええい、ややこしことは抜きにして早く目を覚ませー!」


 ついに布団を剥ぎ取られた。少し肌寒い。昨日「secret base」聞きながら夜道を帰ってきた覚えがあるし、「secret base」を聞きたくなるのは夏だし、ということで間違いなく夏だったはずなんだけど、なにこれ、異常気象? 目の前にはみたこともない美人の妹。遅れて鳴る携帯のアラーム。目覚ましアラームかと思ったら違った。メッセージ一件受信。ふむ、なんだろう。


 そして、その文字を見た瞬間に僕は一つの仮説を頭に浮かべることになった。ここは、もしかすると異世界なんじゃ無いだろうか。昨今ありがちな。この狂った世相に疲れた若い世代の癒しであるエンタメの王道、異世界転生なんじゃ無いか、と(昨日トラックに轢かれた記憶は無いのだけれど)。


 その根拠は三つある。

 一つ目は、目の前の見たことも無い妹。しかしこれは、もしかするとこれまで知らなかった従姉妹が突然泊まりに来て「おにいちゃん」呼びしてるだけかもしれないし、もしかしたら、父さんがこっそり作っていた隠し子かもしれない。いや、後者なぐらいであればむしろ異世界であって欲しいのだが。

 二つ目は、肌寒さ。昨日は夏だったはずだ。さすがにその記憶は僕の中で疑いようが無い。しかしこれは、クーラーの設定温度をいつのまにか下げすぎていただけかもしれないし、単純に異常気象なだけかもしれない。

 問題は、三つ目だ。僕はこれまで、この年まで、彼女がいたことが無いという事実をまるで勇者が生まれた時に受けた呪いのように憎々しく感じていて、それは一時も忘れたことが無いコンプレックスで、良くも悪くも、悪くも悪くも、僕のアイデンティティだったわけだ。僕自身の性格を決める根幹の一つだったわけだ。

 それを覆すメッセージが、僕の携帯に踊っていた。


 「昨日のデートの帰り、ちょっと冷たくなかった? 確かに選んだ夕食に文句は言ったかもだけれど、それぐらいで怒るのは器が小さいと思うよ、彼氏さん」


 なんか彼女がいることになっていた。そして昨日の帰りの振る舞いに文句を言っている。僕は携帯をひっつかみ、スライドしてメッセージを見た。そこに連なる過去のメッセージたち。勢いよくスライドすると、そこには過去にその「彼女」とやりとりしたメッセージが踊っていた。記憶に無い過去。記憶に無いメッセージ。


 「これからよろしくね。ナツのこと、大事にするね」


 よくわからないけれど、異世界にきてしまったらしい。ずれた時間の中で僕は、初めての彼女を作って、奇しくもJ-POPのようなメッセージを送っていたのだった。

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