第2話 エタる。それは最も恐ろしい言葉

 俺こと駒田翔吾はケータイ小説が大好きだ。


 小学4年生の時に出会ったケータイ小説は、アマチュアの素人が趣味で書く小説で、実体験をもとにした恋愛ものやクラスメイト全員参加型のデスゲームなどが流行った。

 しかし、当時の俺はファンタジー小説が好きすぎてファンタジー小説ばかり読んでいた。中学生になり、いくぶんマシなケータイ小説が書けるようになって卒業。

 趣味でケータイ小説をかく16歳のニートが誕生した。


 そのころだろうか。俺がレンチーさんに出会ったのは。


「AV撮影?」


「そうそうお兄のヌードを撮ったんだよ」


 AV監督気取りの妹と正気に戻ったレンチーさんが俺の部屋でくつろぐ。

 パソコンでケータイ小説を執筆する俺を横目に、女子トークに花を咲かせる。

 妹が自慢げにデジカメの映像を見せびらかす。


「ナイスですね! ムラムラ監督みたいなのが撮りたいの」


 妹はウナギ、ドジョウ、タコなどの魚介類を用意。

 レンチーさんにデジカメを向けて、こう言い放った。


「つっこませて!」


 どこにだ、おい!?


 AV撮影するっていうから全裸になってやったのに性懲りもなく悪事を働く。

 妹はコーラやビール瓶も用意していた。そのAV熱にレンチーさんは引き気味だ。


「ごめんね歩ちゃん。私は翔吾くんに話が合って」


 妹は顔を膨らませる。

 このままじゃ恩人レンチーさんの異物つっこみ撮影会が開始される。俺はあわてて妹を部屋から追い出す。

 ナイスですね! は本だけにしとけバカ妹。


 妹を追い出すとレンチーさんが今日の目的を話し始める。


「それで相談って何?」


「もちろんケータイ小説のことです」


 俺、駒田翔吾はファンタジー小説を書いていた。

 題名は『英雄たちの運命』。

 科学と魔術が交差する近未来都市。

 主人公はドラゴンの少女を保護し、12人のバトルロワイヤルに参加する。

 ぶっちゃけ聖杯戦争だ。

 途中、超空気砲の女の子が仲間に加わり、黄金の狂戦士マウサーと呼ばれる強敵を倒したところでエタってしまった。


「エタってしまって続きが書けないんです」


 エタる、とは。

 途中でやめちゃった……ということ。

 エターナル、果てしないということ。永遠に終わらない、未完のままというような意味だ。


 俺は『英雄たちの運命』の続きが書けず、レンチーさんに相談。

 美少女(自称)女子高生のありがたいお言葉を聞く。


「ケータイ小説家として成長したいなら完結させましょう」


「でも、オチが出てこないんです」


「俺ただ、でいいじゃん」


 レンチーさんが提案した俺ただとは、俺たちの戦いはこれからだエンドのことだ。


 以前、俺が連載していたSF小説のエンドは俺ただ、だった。

 地球で罪を犯した主人公が惑星に飛ばされてテラフォみたいな能力をもった守護者と一緒に生活する。

 ライバルの金持ちお嬢様に狙われ、たった3人の主人公サイドに対して惑星の住人すべてが敵にまわる。

 ライバルの金持ちお嬢様の守護者、最強の獣王とバトルになり、最後は勝敗を決することなく俺たちの戦いはこれからだエンドで完結させた。


「3万文字コンテストに参加したんですけど残念でした。そのときの受賞作お父さんデスゲームの管理人です、は面白かったですね」


「プロは違うよねー」


 レンチーさんのほんわか笑顔に癒される。


 レンチーさんとの出会いはケータイ小説だった。

 当時、中学を卒業した俺は『英雄たちの運命』でアクセス数1万を稼ぎ、つまり1万人にケータイ小説を読んでもらい、調子に乗っていた。

 だって1万人だ。

 ライトノベルの初版が1万部だとすると、アマチュアの無料ケータイ小説ながら、ライトノベルの初版と同じくらいの読者をゲットした計算になる。

 俺は調子に乗っていた。思わずファンタジージャンルで1位だった人にコメントを送った。


『レンチーさんの作品を読みました。めちゃくちゃ面白かったです』


 全員スター、というケータイ小説サイトでファンタジー1位だったレンチーさんは気さくな人だった。

 ナンパみたいな感じになってしまったが、俺はレンチーさんと何度もミニメのやりとりをした。

 レンチーさんのMMORPG小説は設定が細かくて面白い。俺は虜になった。

 ラインでやりとり。

 レンチーさんが1つ上の女子高生だったときは本当にたまげた。


『漫画の原作者おめでとうございます!』


 こうしてリアルで友達になったころ、レンチーさんはウェブ漫画の原作者としての道を歩み始め、小説も第3部に突入していた。

 1万アクセスが限度だった俺はレンチーさんにラノベのいろはを教え、今では俺がレンチーさんにファンタジー小説のいろはを教えてもらっている。


 レンチーさんはケータイ小説界のアマチュアの星なのだ。

 漫画原作者の彼女はエタった俺を助けてくれる。


「サボルくんには1万人の読者がいる。無料だからってケータイ小説家の辞書にエタるの文字はないの」


 無料とはいえ『英雄たちの運命』を未完で終わらせるわけにはいかない。

 この小説には山田維新という、とあるの浜面をモデルにしたキャラクターがいる。

 彼は橋本さんをモデルにした山田維新の会を立ち上げ、宗教をもじった笑教を信仰している。部活動の体罰問題も扱っている。

 ネタ的にも政治的にもやばいケータイ小説だった。


 あれ、これパクリ小説だから消したほうがよくね?

 レンチーさんと1万人の読者には申し訳ないが、俺は『英雄たちの運命』をパクリ小説だと自称している。


 美少女(自称)女子高生ケータイ小説家&漫画原作者のレンチーさんは、俺と違って全員スターで有料の小説を投稿し、金銭を得ている。

 もはやプロだプロ。プロのケータイ小説家。

 ほんわか笑顔の彼女は、アマチュアの俺に格言を呈した。


「エタる。それは最も恐ろしい言葉」


 プロだってエタる人が何人もいる。

 趣味で書いてるアマチュアの俺がエタるのも当然のことかもしれない。

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