温泉旅行なのにほっこりできません!その3
結局俺はそれから約1時間程、ジェシカちゃんに大きな声では言えないような手ほどきを受けてしまった。
『ヒロキ、とても楽しかったね。勉強になりました! また後でね』
俺の部屋から出ていくジェシカちゃんは頬ではなく、最後は俺の唇にキスをして出ていった。
あそこまで彼女の求める演技に入っているのか、本気のキスなのかは分からない。
「柔らかかったな……」
俺はジェシカちゃんが部屋に戻った後も思わず自分の右手をまじまじと見つめていた。
──まだ、指先に先程の感触が残っている。でもこんな事、言ったら絶対バカにされるだろうし誰にも言えない……。
夕飯は19時に1階にある鶴の間へ集合となっている。
俺は備え付けのスリッパのまま館内を歩いていると、偶然にもジェシカちゃんを追っかけているカメラマン軍団に遭遇しかけた。
「ジェシカ=マキノがここの旅館に泊まっているはずなんだ。牧野教授が例の子とそのお兄さんと思われる人を連れて歩いていたからな……」
「もしもジェシカのスクープ写真が撮れたら大ニュースになるぞ、今日は張り込みだな」
「せめて同伴の子だけでも話が聞けたらな。牧野教授はガードが硬すぎて、個人情報保護に守られてるから居ても全く話が聞けないし」
ヤバいヤバい。
俺はカメラマン達の密談している声にバレないよう必死に顔を隠して歩いた。
俺がジェシカちゃんと同じくらいの歳だとバレている。それに例の子というのは雪だ。
それから何とか人目を避けて鶴の間に到着したものの、先程見かけたカメラマン達も別の部屋を予約して張り込みしているのか、同じ広間で普通にバイキングを楽しんでいた。
マジかよ、時間まで一緒とかタイミングが悪すぎる……!
「ヒロキ、どうしました?」
「へっ!? あ、いや……さっきジェシカちゃんを追いかけているカメラマン見つけちゃって……」
「oh......それはヒロキに迷惑かけるね、見かけたらジェシカ対応します! ヒロキ、無関係OK?」
ジェシカちゃんの方から無関係と言われるととても有難い。こちらで必死に言い訳を考えなくても全て偶然だと装えるからだ。
「そうして貰えると助かる……俺、年明けに大学受験かかってるし……」
「ねえねえ、ひろちゃん。ジェシカちゃんと何かあったの?」
「は?! 何も無い何も無い無いよ?」
動揺し過ぎて、思わず食べようとしていた肉が床に転がっていく。
それを目線で何気に追いかけていると、雪が唇を尖らせて俺を睨みつけてきた。
「……すっごい怪しい。雪が売店から戻ったらジェシカちゃんご機嫌だし、ひろちゃんはソワソワしてるし」
「そ、そりゃあ、有名人のカメラマンに見つかったらヤバいって誰でもヒヤヒヤするに決まってんだろ、雪の学校と違ってこっちは色々うるさいんだよ。この冬の過ごし方で大学受験資格剥奪されたら俺、一生雪を恨むぞ」
「うっ……それは嫌だよ……ジェシカちゃぁ〜ん」
「oh......ヒロキそれはとても冷たいね、よしよしユキチャン、ディナー終わったらレッスンしましょう!」
泣きわめいていた雪もジェシカちゃんによしよしされてすっかり機嫌を直していた。
頼むから大声で騒がないでくれ……今も多分、あいつらここのテーブルロックオンしてるだろ。
本来であれば牧野教授も同伴しているはずなんだけど、教授は緊急で大学から呼び出しの電話があったみたいで今晩はかなり遅い時間まで戻れなくなったらしい。相変わらず忙しい方だ。
「俺は時間ギリギリまでバイキング楽しんでいるよ。さっきからこっち見てるカメラマンが怖いから、ジェシカちゃんと雪は先に部屋に戻って」
「はぁ〜い」
粗方食べ尽くした2人は満足そうに部屋へと戻って行った。その後ろをやはりカメラマンっぽい男が2人付いていくのが見える。
……よく考えたら、あれは本当にカメラマンなのだろうか?
もしも変なファンだったり、ヤバいストーカーとかだったら、年頃の女の子2人だし危険に晒されるのでは?
でもジェシカちゃんが35階は貸切で俺達以外は入れないって言ってたし、あの大人が簡単に混ざれる可能性は無い。
それにこんな高そうなホテルなんだから、あちこちにきっと監視カメラがあるだろう。
「俺の考え過ぎかな……」
先程落としてしまった肉を補充し、スープを取りに行くと他の客人のヒソヒソ声も聞こえてきた。
「あれ、モデルのジェシカじゃね?」
「うっそ! 何でこんな所に居るんだろ、サイン貰わなきゃ!」
「お忍び旅行だとしたら──もしかして、噂の彼氏でも一緒に居るのかな?」
「やっば〜! 次見かけたら絶対写メっとかなきゃ。これって超ニュースじゃん!」
全然カメラマンだけの問題じゃなかったー!!
そりゃそうだよ、ジェシカちゃんは海外でも有名なモデルさん。しかも慣れない浴衣を惜しげもなくはだけさせて歩いてる。
そんなの、黙っていても目立つに決まってんだろっ!
俺は急いで今補充したばかりのスープと肉を平らげるとすぐさま自分の部屋へと戻る事にした。ここで俺だけ写メられてもヤバいし、また1階をフラフラしていたら雪達に遭遇してしまいそうだ。
くそう、折角美味しいバイキングだったのに、高級そうな肉の味も忘れてしまうほど俺は動揺していたらしい……。
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