身代わり


「弘樹様、お願いがございまする」


「嫌だ。自分のクラスに帰れ」


「そんな殺生な〜!! 俺達マブダチだろ!?」


 俺はスポーツ推薦で体育大学への入学が決まっている磯崎に土下座をされていた。こいつの持ってくる話は確実に女絡みに決まっている。

 絶対に嫌な展開しかないので、俺は次は移動教室だからと無視しかけたが、あいつは事もあろうに俺の弱みを出してきた。


「……執事カフェの惨事バラすぞ」


「ふざけんなよ、俺あの日無給でチャラにしただろ!? 何で今更──」


 理系の教室は基本静かな奴らしか居ない。俺と磯崎がでかい声で喋っているものだから、理系一筋メガネくん達が一斉にこちらを睨みつけてきた。


 裏庭に呼び出されて俺はとんでもないお願いをされていた。


「俺が磯崎の身代わりでデートだと?! 無理に決まってるだろ、そもそも俺と磯崎じゃ顔の出来が違いすぎるし」


「いやいや、弘樹しか適任がいねぇんだよ。忍だとチャラ過ぎて詮索されかねない。弘樹は顔もイケイケ、身長は俺と1.8cmしか変わらない、優しくて穏やかで非の打ち所なんてねえだろ」


「そういう問題じゃないだろ、何でデートが被ってるんだよ、お前また二股かけてんのか!?」


「今回はS女の白波由希しらなみ ゆきちゃんな。SNSで知り合ったんだけど、めっちゃ可愛いんだよ、モロタイプ。今回やっと会えることになったんだけど、サッカー部のマネージャーとのデートとブッキングしちまってよ」


 そもそも二股かけている事をマネージャーは知っているのだろうか。確かこのS女の彼女(?)ができる前はまた別の後輩とイチャイチャしているのを相澤さんが目撃してキレていた気が……。

 磯崎はモテるんだが、かなりの尻軽だ。フットワークは半端なく軽く、好みの女性が居るとすぐに移り変わる。

 まあ、経験値は多い方が何とか……と言うが、だからって色々な子がこんな適当な奴に惚れて振られていく様も可哀想な気がする。

 ──もっとも、そんな事俺が言う資格も思う資格もない。俺だってクリスマスイブの帰り道に相澤さんに酷い言葉を投げてしまった。彼女とは本当にそれっきりのまま、クラスも変わってしまい連絡も取っていない。

 風の噂では彼女に年上の彼氏が出来たとか何とかで、その方が安心だ。


「というわけで、俺の代わりにS女学院に行って白波由希ちゃんとデートしてくれや」


「そんなの無理だって……お前みたいなトーク力だってねえよ」


「大丈夫大丈夫、由希ちゃんも大人しくて人の話を楽しそうにうんうん聞いている子みたいだし。それに、今回初めての顔合わせだから畏まる事なんてねぇって」


 そんな事言われても正直、不安しかない。そもそも、相手がS女学院というのが気になる。


「一応聞くんだけど、その子の歳は?」


「俺より3歳年下だから、今中学2年か3年生って所だな」


 非常にマズイ。S女学院と言えば雪のいる学校だ。例え学年やクラスが違えど男性が近くをウロウロしていたらすぐにバレるだろう。

 雪ではなく、その周辺の鼻が異常に利く。

 そもそも、磯崎はなんでそんな年下を引っ掛けたのか。不純異性交友ってやつじゃないのか? 俺の考え方が古いのか?




 ──────




 俺は磯崎に言われた通り、S女学院へ向かった。

 しかし、何があったのか待ち合わせ場所はSNSを通じて既に変わっているらしく、俺は再度磯崎からの連絡通りにとある寂れた空き地へと向かった。

 ある意味S女から離れられてこちらとしては好都合だ。のんびりと空き地で待っているとガラの悪そうな不良が4人ほど入ってきた。何となく嫌な空気を察して俺はこっそり入口から出ようとしたのだが──


「お前が磯崎雄介か?」


 不良はそれぞれ木刀やら何やら物騒な物を持っている。これはもしかして磯崎がその女の子にハメられたのではないか?


「いいえ、違います」


「変だな……由希ちゃんに言われた背格好と服装はテメェだろ」


「嘘ついたってわかんだよああ!?」


 どうしてこういう喧嘩っ早い奴は頭に血が上るのも早いのだろうか。俺はもう殴られるの覚悟でため息をついた。


「俺は磯崎に頼まれてここに来ただけなんです。貴方達こそ、白波由希さんの関係者ですか?」


「んなこたぁどうでもいい。おい、テメェでもいい。有り金全部出せや」


「無いですよそんなもの。どこから俺が金持ちに見えます?」


「舐めやがって……」


 ああ殴られる。ヤバいな再来月には全国模試があるからなるべく顔は避けたい。

 ぎゅっと瞳を閉じたが、不良からの攻撃は来なかった。


「あっ、ひろちゃん〜、何してるの〜?」


「……あいつら、前に絡んできた……?」


 なんとこの空き地は雪と麻衣ちゃんの帰り道だったのか! 俺は天の救いに思わず2人をみてホットした。


「げぇっ!? あの御方は……!!」


「麻衣様だ。まさか、この男麻衣様の関係者……」


 4人の不良が途端にざわつき始める。麻衣ちゃんは有無を言わさずに俺の前につかつか歩み寄って来た。


「弘樹さん、こいつらに絡まれていたんですか?」


「ああそうなんだよ。白波由希ちゃんの関係者かって。俺は友達に頼まれてその子に伝言を伝えに来ただけなんだけど」


「……だそうだけど。何、あんた達また私に殴られたいの?」


 麻衣ちゃんは不良4人相手にしても全く怯む様子もなくラケットを取り出した。完全にやる気満々だ。


「い、いえ! 麻衣様の関係者とは思っておらず!」


「殴られたい……あ、いや……またの機会に。では俺達はこれにて」


 不良達はそそくさと俺達に関与する事無く出ていった。

 ──どうやら磯崎はその白波さんという中学生に舐められていたらしい。

 あいつがここに来ていたら、今頃身ぐるみ剥がされていただろう。明日これを伝えて感謝して貰わないと。


「ひろちゃん、なんでこんな所にいるの?」


「ああ、友達からの伝言を伝えに来たんだけど、どうやらすれ違ったみたいだ。帰ろ」


 俺は雪がS女学院に居ることと、頼もしい麻衣ちゃんという友達がいる事に今日ほど感謝したことは無い。


「雪ちゃん、弘樹さんが居るなら大丈夫だね、また明日」


「うん! 麻衣ちゃんまたね!」


 麻衣ちゃんは何とガラの悪い連中が居るからとの事でいつも雪を途中まで送ってくれていたのだ。

 俺は優しい親友の存在に感謝し、久しぶりに雪と手を繋いで家まで帰った。


 こんな面倒事に巻き込まれるなら、もう磯崎の手伝いなんてしてやるもんか。

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