30 私の中にあるもの

お前は優しい子だ、優しい子だと言われて大きくなりました。今になって考えると、たとえば欲しいものを我慢して誰々に譲っただとか、隣のぼっちゃんに叩かれても怒らず許しただとか、おそらくそれは自己犠牲の優しさだったのでしょう。


ですから、私は我慢というものだけはよく覚えました。しかしそうすると、どうにも自分というものを伸ばす機会がありません。そのはりぼての優しさだけが真っ直ぐに伸びてゆきます。それより他の私というものの芽は、周りの手によって、そしてやがては私自身の手によって、断ち切られてゆくようになりました。


ぷちん、ぷちんと芽を断つと、高く伸びるはずだったそれは、今度は横に横に伸びてゆきます。支柱をもらえない朝顔のようにゆるゆると力無く、ただ地を這うばかりです。


しかしながら、朝顔はそのまま枯れゆく運命ではありません。やがて他の場所に頼れるものを見つけるでしょう。それが何かといわれると、まあ私にもわからない。朝顔にだってわからないかもしれません。ただ、それでいいのです。朝顔は、新しい支柱を見つけたのですから。


…私は私を育ててこられなかった。後悔や失望、悲しみ、諦め、そのような感情が募ります。しかし、あの朝顔のように頼れるものを、いつか、どこかに私も見つけるのでしょう。それが何だか、今はわかりもしません。


もしかすると、それが希望というものなのかもしれませんが。

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